真夜中のヒーロー

九戸政景

真夜中のヒーロー

 誰もが寝静まった真夜中、車が一台も通っていない道路を二人の人物が乗ったバイクが法定速度を超えた速さで走っていた。


「はっはっは! 誰もいねぇ道路をかっ飛ばすのはたまんねぇな!」

「ホントだな! まあ、車や他のバイクが走ってても関係なく飛ばすんだけどな!」

「それな! 他の奴らに道を譲らせて俺達だけかっ飛ばす快感……叫びたくなるくらい気持ち良いんだよなぁ……!」

「それも気持ちいいが、追っかけてきたサツを撒いて、完全に逃げ切ったところでアイツらの悔しそうな顔を想像しながら飲む酒もまた格別だぜ?

アイツら、いっつも俺達を捕まえようと躍起になってるが、一向に捕まえられねぇから、その度にお偉方から叱られてるんじゃねぇか?」

「ははっ、もしそうならその姿を拝みてぇもんだ! きっと、その様を肴にしたら、良い酒を飲めそうだからな!」

「はっはっは! たしかに――」


 笑いながら運転している男性の顔が突然不思議そうな物に変わると、後部に座る男性は首を傾げる。


「おい、どうしたんだよ?」

「……なあ、後ろから何か来てないか?」

「後ろ……?」


 後部に座る男性が後ろを振り向くと、遥か後方から一台のバイクが近づいてきており、バイク同士の距離が徐々に近づいてきていたため、後部に座る男性は焦った様子で運転している男性に話し掛けた。


「お、おい……もっとスピード出せないのかよ!」

「これでもせいいっぱいだよ……! 後ろから来てるバイクがおかしいだけだって……!」

「嘘だろ……何なんだよ、あのライダーは!」

「と、とにかく曲がりまくって振り切るぞ……!」

「お、おう!」


 後部に座る男性が返事をした後、バイクはどうにか距離を離すためにカーブを多用したり細い道に入ったりしたが、迫ってくるバイクはスピードを落とす事無く追走した。

その間も距離は縮まっていき、埠頭へ入りこんだ頃、遂にその距離は数センチというところまで縮まった。


「くそっ……このライダー、いったいどうなってんだよ……!」

「わかんねぇよ! ちっ……こうなったらブレーキかけてアイツを事故らせるしか……」

「おいおい、そんな事したら俺達まで危ねぇだろ!」

「問題ねぇよ! その程度で事故る俺じゃねぇって!」

「お、おい……!」


 後部に座る男性が焦る中、運転している男性が急ブレーキをかけようとしたその時、焦りと緊張でかいていた汗でハンドルを握っていた手が滑り、バランスを崩したバイクがゆっくりと傾くと同時に男性達は揃って投げ出された。


「まずっ……!」

「う……うわぁっー!!」


 二人の男性が死を予感し、揃って目を瞑ったその時、追走していたバイクのライダーはため息をついてからゆっくりブレーキをかけ、スピードが下がっていく中でハンドルについているボタンを押した。

すると、バイクの車体から二つのアームが飛びだし、そのまま男性達へ伸びていくと、投げ出された男性達をガシッと掴んだ。


「え……」

「な、なんだよ……これ……」


 自分達を掴むアームを男性達が不思議そうに見る中、男性達のバイクは火花を散らしながら海へと落ちると、カッと光ってから爆発し、その衝撃で跳ね上げられた海水が男性達へ降り注いだ。

そして、男性達が海水を冷たそうにする中、男性達を掴んでいたアームはゆっくりと開き、バイクの車体へ収納されると、ライダーはエンジンをかけてその場を走り去った。

その数分後、埠頭には警察官を乗せたパトカーが数台到着し、男性達の連行や現場検証で警察官達が動き回る中、一人の警察官が不思議そうにポツリと呟いた。


「それにしても……あの犯人達は誰が捕まえたんだ?」

「なんだ、お前知らないのか? “真夜中のヒーロー”を」

「真夜中のヒーロー……ですか?」

「ああ、今みたいな時間に事件を起こす奴がいたら、どこからともなくバイクで現れる謎のヒーローだよ。

いつからか現れるようになったんだが、警察に通報や現場の状況を報告した上で犯人を無力化しておいてくれるから、俺達警察も仕事が楽になるんだ」

「そうなんですね……でも、そのヒーローって誰なんですか?」

「それが……誰も知らないんだ。ただ、噂では警視総監達は正体を知っているらしくて、真夜中のヒーローの通報や情報提供を信じて俺達が現場に向かわされるのはそれが理由らしい」

「それじゃあ……真夜中のヒーローは警察関係者なんですか?」


 若い警察官が問い掛けると、先輩の警察官は静かに首を横に振る。


「……わからん。だけど、知らないままで良いと思う」

「え、どうしてですか?」

「ヒーローっていうのは、昔から正体を隠している物で、正体を知っているのは限られた奴だけっていうのは良くある事だろ?

だったら、正体を知らない俺達は知らないままで良いんだよ。それが知る事が出来ない側の奴らの運命なんだからな」

「は、はあ……」

「ほら、この話は止めてそろそろ仕事に戻るぞ」


 先輩の警察官の言葉に若い警察官は渋々頷くと、現場検証をしている班に加わっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中のヒーロー 九戸政景 @2012712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説