真夜中ラバーズ
九戸政景
真夜中ラバーズ
「ただいま」
空がオレンジ色に染まる夕方頃、学校から帰ってきた俺がドアを開けて中に入ると、リビングから出て来た少し不機嫌そうな妹と目が合った。
「あっ……」
「……あ」
目が合った俺達はしばらく見つめ合っていたが、妹がふいっと視線を逸らし、そのまま体の向きを変えて歩いていってしまった事でそれは終わり、それに寂しさを感じていると、リビングから少し呆れた様子の母さんが出て来た。
「あら、おかえりなさい。今日も学校疲れたでしょ?」
「あ、うん……アイツ、なんだか不機嫌そうだったけど何かあったのか?」
「……ああ、気にしなくていいわ。あの子みたいな出来損ないなんてどうでも良いの。貴方さえちゃんとしていればそれで問題ないから」
「出来損ないって……」
「だって、そうでしょう? 小さい頃は成績も優秀でお母さん達の言う事をちゃんと聞いていたのに、突然素行も悪くなって言う事も聞かなくなって……ほんと、ここまで育ててきた苦労も水の泡ね」
「…………」
「ほら、あんな子は放っておいて、早くおやつを食べちゃいなさい。そしたら宿題とお母さん達が用意した課題も終わらせるのよ。貴方はお母さん達の期待に応えてくれればそれで良いんだから」
「……わかった」
返事をすると、母さんは満足そうに頷いた。その姿に小さくため息をついた後、俺は洗面所で手を洗い、リビングでおやつを食べ始めたが、先程の妹の姿がどこか寂しげに見えて気になり続けていた。
そして、少し経ってから父さんが帰ってきたが、聞いてくるのは俺の学校での生活や成績の事ばかりで妹について話題にする事は無く、その間、俺はため息まじりに答えながら、携帯に来ていたメッセージに返信をした。
その夜の夕食時でも両親の関心は俺にしか向かず、妹も食べ終わるとすぐにリビングからいなくなり、それに対して両親が反応する事が無かったのを見て、俺は辛さを感じながら夕食を食べ続けた。
夕食後、入浴を済ませて寝る準備を整えてから課題をこなしていたが、ふと気付くと時間はもう12時を過ぎていた。
「……そろそろだな」
独り言ちてから立ち上がり、部屋を出た後に俺は両親の部屋の様子を確認した。念のためドアを静かに開けてみたが、両親は音には気付いていない様子で寝息を立てており、その様子に安心してからドアを閉め、俺は部屋に戻った。
その後、外へ出る準備を手早く済ませてから携帯を軽く弄った後に再び部屋を出て、高鳴る心臓の鼓動を感じながら廊下を歩き、ゆっくり玄関のドアを開けると、そこには同じように外出用の服に着替えた妹がいた。
「待たせてゴメンな」
「ほんと遅いよ……お母さん達は大丈夫そうだった?」
「大丈夫、ぐっすり眠ってる。母さん達が飲んでるお茶にこの前から少しずつ混ぜていた睡眠薬がしっかりと効いてるみたいだ。明日は週末だし、俺が前に実験してみた結果から考えると、少なくとも明日の昼近くまでは寝てると思う」
「そっか。それじゃあ今夜は……」
「ああ。いつもより長くデートが出来るな。まあ、こんな時間だから開いてる店もあまり無いし、いつもみたいにファミレスに行くかコンビニで何か買ってどこか夜景の綺麗なところで食べながら話すくらいになるけどな」
「……それでも良いよ。本当は“あの日”みたいにお兄ちゃんと愛し合いたいけど、今はお金もあまり無いし、元々今回は外に行く事にしてたから」
「わかった。それじゃあ早速――」
「でも、その前に……」
妹は俺の言葉を遮るように言った後、目を閉じながらゆっくりと顔を近付けてきた。俺はそんな妹に愛おしさを感じながら頷いた後、妹の顔に両手を添えながら顔を近付けて唇を重ね、妹の唇の柔らかさや瑞々しさを楽しみながらしばらくそうしてキスを続けた。
数年前、俺と妹は血の繋がった兄妹でありながら真夜中限定の恋人になった。元々、俺達は小さい頃からお互いに惹かれあっていたようで、学校の授業で男女の身体の事や性について学んでからは、相手の事を想いながら自分の中の欲に心身を任せる夜もあったが、この関係が始まったきっかけは妹が両親からの期待で押し潰されそうになった事だった。
今となっては両親も妹の事を見放し、俺にばかり期待をかけるようになったが、それまでは妹も今の俺と同じように学校の宿題や両親の用意した課題をこなす日々を送っており、初めこそ頑張っていたものの少しずつ心が壊れていき、ヒステリーを起こして部屋の中で物を壊す事も少なくなかった。
俺自身もだいぶ辛さを感じていたが、それよりも辛そうな妹の姿を見ていられなくなっていたため、何か出来る事は無いか考えながら、ある日妹の部屋に行った。
すると、妹はポロポロと涙を流しながら俺に抱き付き、その小さな体を抱きしめ返していたが、ゆっくり体を離したかと思うと、突然自分の唇を俺の唇へと重ねてきた。
それに俺が驚いていると、妹は俺に対して恋心を抱いている事や秘め続ける事に耐えきれなくなった事を話してくれ、涙を流しながら再び唇を重ねだし、俺もそれを拒否する事は無かった。
俺自身も妹への想いは日に日に強くなっていたし、普通の恋人がするような事を妹と出来たら良いと思っていたため、この先の人生がどんなに辛い物になってでも妹と恋人になりたいと考え、自分の想いを妹にも話した後、想いを通じ合わせた俺達はこれまでの時間を埋めるように身体を重ねてお互いに深く愛し合った。
だが、血の繋がった家族が恋人になるのは一般的では無い事は知っていたし、両親に知られたら確実に引き離されるとわかっていたから、俺達は相談をして両親がいない日以外は二人が寝静まった真夜中だけの恋人になり、日中はそれを隠すためにお互いに話さないように決めて恋人として接する事が出来そうな日にはこっそり連絡をする事にした。
その後、妹は俺からの提案で両親からの期待に応える事を止め、勉強もそこそこに課題や両親からの締め付けは拒絶し始めた事で、両親からは出来損ないや失敗作だと言われるようになったが、妹自身は憑き物が取れたようにヒステリーを起こす事も虚ろな目で呟く事も無くなり、元の明るい性格へと戻っていった。
その事は俺にとってとても嬉しく、そのおかげで今でも両親からの締め付けに耐える事が出来ている。妹は心配してくれているが、愛しい恋人の存在があるから、いつも通りの俺でいられるのだ。
鼻で息をしながらキスを続ける事数分、どちらともなく顔を離すと、妹は頬を軽く染めながら俺の手を優しく握る。
「それじゃあ行こっか、お兄ちゃん」
「ああ」
妹の手を握り返しながら答えた後、隣にいる愛しい恋人に安心感を覚えながら俺達は夜の闇の中へと歩いていった。
真夜中ラバーズ 九戸政景 @2012712
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