第8話 デートですよ、デートっ

 玄関で待っていると、いつもの赤い着物ではなく、白に鮮やかな花が描かれた着物を身に着けた猫が飛んできた。一体どこでどうやって着物を変えているのかは不明だが、めいいっぱいのおしゃれをするつもりらしい。

「まずは神様にご挨拶ですね! 椿様に会いに行きましょう」

「椿さま?」

 人名か? 今から人に会うのか?

「はい。椿神社のことです。栄えさせてくれる神様なんですよ」

 神の領域に、果たして憑き物筋の自分と猫が行っても平気なのかと思ったが、猫は行く気満々なので反論はよしておいた。

 ここに来た際に借りたレンタカーに乗り込むと、猫は当たり前みたいに助手席に乗り込み、ちゃんとシートベルトもする。

おかげで政は猫をどうやって乗せたまま運転するかに悩まなくて済んだ。

 土地勘はあまりないが、スマートフォンの地図アプリに目的地さえいれればルートはすぐに出る。

 松山の道は今まで走ってきた道路と少し趣きが異なり、道の曲がり角など含めると特殊だ。

 安全運転第一に進むと神社の手前の道路に大きな鳥居があった。車ごとくぐったのでここらへんかと思えば、すぐにわかった。それくらい立派というか、大きい。

 駐車場に車を置いて政は降りた。猫はもたつきながらも外に飛び出した。


「……背負っていいですか」

「え、背負うって」

 身長差を忘れていたが、車から降りて境内へと向かう手前で政は猫を見失い、足を止めた。

 見ると後ろの後ろで猫が必死に歩いている。

 このままほっといたら確実に迷子になる。

「私、歩けますよ」

「迷子になった猫は家に帰ってこないといいます」

「まぁ!」

 猫扱いに怒るかと思ったが、照れたように俯いている。

「んふふ、帰ってきてほしいですねっ!」

 ああ、そっちか。

 単純に探すのが手間というだけだが、それはあえて口に出さないでおいた。

政は猫を右腕に抱き、豪華な門を見上げる。門には有名な会社名の印刷された提灯が飾られたのをくぐり、手を清めてなかにはいると砂利道が広がる。石階段をのぼって現れた赤の美しいそれに願うことは思いつかないが、猫が政の腕から飛び降りて嬉しそうに駆けていく。

「さぁ、祈りましょう」

「……はい」

 賽銭を投じて、賽銭箱の横に書かれた参拝の手順に倣った。特に祈ることのない政はすぐに顔をあげたが猫は真剣に頭をさげて両手を――前足を合わせたまま――動かない。

 なにをそんなにも祈るのかと思っていると猫の片耳がぴくりと動いて目を開けた。

「んっと、行きましょうか。おみくじしますか?」

「いえ。あとは」

「この近くにはおいしいお好み焼きがあるんです。その店は広島焼きと大阪焼きがあって、おいしいですよ。お野菜たっぷり!」

 ああ、けど、それともと猫が尻尾を振るう。

「うどんにしましょうか? 香川ほどではないにしろ、おいしいんですよ」

「……」

「なんですか?」

「食べるのが好きなんだなぁと」

「え、いや、にゃーん」

 恥ずかしがって誤魔化している。

 その反応は年頃の女の子とまったく同じだ。見た目は猫だが

 とりあえず目にはいった店に入ろうと政は決めたが、すぐに気がついた。

「俺以外は見えないんですよね?」

「はい」

「それなら一人分しか食べれませんが、食べなくていいんですか」

 そもそもこんな食いしん坊なのに食べないなんて出来るのか。食べ物に好みがないので猫のほしいものを頼んであげることはやぶさかではないが、食べれない相手の前で食べるというのもなかなかに酷ではないのか。

「ああ、それなら化けたらいいので大丈夫です」

「化ける?」

「はい。銀次郎さんのときもそうでしたから」

 祖父の名前が唐突に出てきたのに政は眉を寄せた。

「祖父と食事を?」

「え、ええ。おきぬさんが亡くなってから、ごはん私が作ってましたし」

 思えば、慣れた様子で家のことをしていた。

祖父が祖母を亡くしてもどこにも行かず、あの家にとどまりつづけた理由も合点がいく。男一人の生活はなにかと不便だろうが、猫が世話していたならなんとかなったのか。

「……家のことは、おきぬさんに教えていただきました」

「祖母に」

「はい。ごはんを炊くことも、味つけも」

 ふふっと猫が笑う。

「全部、いつかのときのために教えてくれたんです」

「いつか、とは」

「あーー。あそこのお好み焼き、おいしんですよっ」

 猫が明るい声をあげたのに政は急いで意識を前に集中させた。

 道路の端にあるお好み焼き屋を指さすので政はそこへと車をまわした。

 狭い、猫の額よりはまぁ大きい駐車場に車を止めて、なかにはいると、カウンターとテーブル席。

 女の店員が案内されテーブルにつくとすぐに水が二つ出てきた。驚いて政が顔をあげると、そこに黒髪の女が座っていた。その着物は猫が着ていたものと同じだ。

 黒々とした長い髪にはにかんだ顔。くりくりの瞳。可愛らしい年ごろの少女に政は内心大いに動揺した。

 不覚にも、可愛いと思ってしまった。本体は猫なのに。

「ふふ」

 悪戯が成功した子供みたいに笑う。

「驚きましたか?」

「はい」

 素直に頷いていた。

「お好み焼き、私は広島焼きが食べたいです。あなたはどうしますか?」

「同じく」

 店員がやってきたのに注文したあと、手持無沙汰になった政は視線を猫に向けた。彼女は嬉しそうに微笑んでいる。

 人になった己の姿を自慢したいのか、それともこうして外に出たことを楽しんでいるのか。

 考えに没頭していたら店員があつあつのお好み焼きを持ってきてくれた。

 テーブルは鉄板で、火をいれ、焼き立てが冷めないようにしてくれている。

 へらで割いて、小皿に移していく。

 豚玉はしゃきしゃきのキャベツと肉が実にマッチし、甘辛いたれとマヨネーズがほどよく食欲をそそる。見ると猫ははふはふしながら食べている。

 視線に気が付いて猫が顔をあげた。

「おいしいですか?」

「甘い味がします。あなたは?」

「私はおいしいです」

 政にはまだ甘いとしか判断できない味を猫が美味しいというなら、これは美味しいなのだろう。


「次、どこに行きます?」

 お店から出るとすでに猫の姿に戻っていた。助手席に座りシートベルトをしめて観光する気まんまんの猫に政は一瞬迷ったあと

「松山城はどうですか?」

「いいですよ、政さん!」

 スマートフォンでルートを確認し、ナビのおすすめの大きな道を走れば路面電車が走っていたのには驚いた。

 オレンジ色の電車は車すれすれに走るので、当たらないかと一瞬、ぞくりとした。幸いなことに電車のほうも車相手にかなり気を配っているのかかなりゆっくり動いて、汽笛を鳴らして存在をアピールしてくれている。

 城下の道は車も通れるが、人が多いと猫が口にするので、近場のコインパーキングに車を駐車してゆるやかな坂道を歩く。

 猫を抱えようとすると人の姿をとって、当たり前みたいな顔で横を歩く。

 左右に軒を連ねた店から顔を出した店員の呼び声が目を引く。

 松山は海も山も近いため、どっちの特産もあるようだが、ぱっと見た限りは魚がメインの店が多い。それに古本屋、アンティーク、あとみかん。

 みかんの専門ショップ。

「食べます?」

「……みかんを?」

「アイスとか、お酒とか、クッキーもあるんですよ」

 まるで自分が作ったかのように自慢する猫に政は眉間に皺を寄せて渋い顔をした。どうもみかんを加工しておいしいものができるというイメージがない。

 特産加工して扱うのは悪いことではないが、酒やクッキーにして食べられる味なのか。味わうことから縁遠い政には想像が出来ない。

 ほらほらと猫が手をひいてくるのに否定するより先に政は店のなかに連れられた。

 なかはシックな木造の作りで、棚にはいくつものみかんの種類が紹介され、ビールやらの加工商品が並べられている。

 カウンターにいる店員に注文するとカップとスプーンが添えつけられたアイスがすぐに出された。

目に痛いほどの鮮やかなオレンジ色で嘗めると、ひんやりとした酸味と甘みがする。

 ちらりと政が見ると、猫は一生懸命、ぺろぺろと嘗めている。

 猫がアイスを食べて平気なのだろうか。

 そもそもみかんなんて柑橘類は平気なのだろうか。

 疑問がいっぱい頭のなかに浮かんでいく。

「どうかしました?」

「……平気なんですか」

「え、なにがです? ふふ、甘いですねぇ。うう、ちっぱい」

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