不完全変態

ハヤシダノリカズ

第1話 灰闇

 硬質な足音が聞こえる。硬い床と硬い靴底から為る音、二人分のそれが聞こえてきた。

「しかし、博士。なぜ改造手術と同時に洗脳も済ませてしまえないのだ? いつも、洗脳の時は気を揉むのだぞ」

「それはそうでありましょうが、神経伝達系の劇的な変化への順応というのは難しいものでしてな。洗脳された後の薄らぼんやりした自我と精神では新たな肉体のそれに対応出来ずに、ただの肉塊のまま、動く事すら出来ずに朽ちる事を待つしか出来ないようでして」

 ボーっとした頭に知らない二人の男の会話が入ってくる。さっきの二つの足音はコイツ等なのだろうが、さて、ここはどこだ? 頭は上手く回らないが、二人の男の会話からはどうにも不穏なものが感じられる。


「して、博士。五号の特性は、諜報に向き、さらには単体での戦闘能力にも秀でたものだと聞いていたが、具体的にはどのような事が出来るのだ?」

「まずはステルス性能がありますな。簡単に言えば体表は光学迷彩の外骨格で、さらに、短時間なら内部の体温を外部に表出させない事で温度センサーにもひっかかりにくくなります」

「ほう。それは諜報活動にうってつけだな」

「また、筋力も優れています。三階建ての家の屋根くらいなら軽く跳び乗れるハズですし、素早く精密に動く事も可能なハズ。なにせ、元の身体が体操選手ですから、元の身体の運動センスと、新しいこの身体のスペックがあれば、どんな困難なミッションも楽々とこなしてくれるでしょう」

 体操選手?オレの事か。オレの身体がなんだって?元の身体?新しい身体?なんの事だ。オレは薄目を開けて辺りを伺おうとする。が、おかしい、瞼の感覚がない。


「しかし、複眼というのか、コイツのこの目で見える世界というのは、人間とはまるで違うのだろう?」

「私も自分の目を複眼に取り換えた事はないので、これは理論上の話になりますが」

「ふむ」

「トンボの目にはこう映っている、なんて六角形の連続したマス目に少しづつ違う映像が映っているというモノを見た事はありませんか?ボス」

「あぁ、何かで見た事があるような気がするな」

「ハードウェアとしては、あのような六角形の沢山のマス目に外部映像を取り込む機構になっているのですが、脳の処理でその無数のマス目の外部映像情報を統合して、人間であった時のようなイメージに変換できるハズなのです。その視野の広さは人間であった時の比ではありませんがね。この視覚情報の統合も、洗脳前でなければ不可能なのです」

「そういうものか」

「そういうものです」

 オレは意識を目に集中する。瞼を薄く開ける、という事は叶わなかったが、無数の光とカタチが、痛みにも似た刺激となって頭に入ってくる。なんだ、これは。これが、こんなものが、視覚情報なのか。

「ギッ、ギチッ、ギチッ」

 うめき声を上げたつもりが変な音がする。オレの身体の何処かから、きしむような叫ぶような音が漏れている。

「おっ、覚醒したようですな」

「おぉ。新たな仲間の誕生の瞬間だな。改造人間五号、我々はオマエを歓迎する」

「ギッ、ギチッ」

 博士と呼ばれる男と、ボスと呼ばれる男。この二人に聞きたい事は山ほどあるが、声が出ない。オレの身体の何処かから、何かがこすれる様な、声とは程遠い音が出ている。なんだ、これは。

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