真夜中は鉄の顔
眞壁 暁大
第1話
*
ある日世界に空いた小さな穴から、ヒトならぬものが湧き出した。
すわスプラッタ終末スペクタクルか、と思いきやそれらヒトならぬものは、おおむね無害。
ただ見た目が「ヒトから見て」気に入らないので、ヒトはそれらを湧き出した穴の周りに閉じ込めておくことにした。
もとい。
閉じ込めているばかりでは足りない。
せっかく空いた穴だから、そこにあれこれと放り込むことにしたのだ。
*
ヒトから「ヒトならぬもの」と認知されているからといって、ヒトに劣る何者かであると考えるのは早計である。
生徒児童からは「如来」と呼ばれているその男は、8つある四肢を丸めてその時を待つ。
<8本あるのに『四肢』というのも妙な話だ>
穴の集落のさらに外側からやってくる、如来から見ればヒトそのものにしか見えない「ヒトにとって都合のわるいヒト」の指導を担当するようになってからかるく苛立つこと、引っかかることが増えた。
ヒトの形や生態を形容した慣用句が、如来には当てはまらないのでいちいちチクチク癇に障る。相手は子供なのだからなにかしらの他意があっての言葉ではないことを理解していても、不快に思う気持ちまでは抑えられない。とはいえ気にしてもしょうがないのでやり過ごし方も覚えた。丸めていた四肢を思い切り伸ばしてまた縮める。そんな軽いストレッチがもやもやを払うのに効果がある。
「おっと」
如来の伸ばした真ん中の肢の一つが三脚の足を掠め、カメラがぐらついた。
慌ててとなりの肢で三脚を掴み、事なきを得る。
せっかくのベストポジションを他に譲るわけにはいかない。
ヒトの世ではかなり加熱した趣味であるところのこれは、占める撮影ポジションが物をいう。被写体を撮影するアングルがすべてを決めると言っても過言ではない。
如来はそこまでの拘りはなかったものの、それでもやはり被写体が見目麗しく迫力のある形で撮影できるアングルは限られているし、そうしたアングルを確保できる撮影ポジションが得られるのであればそこを占めたいという気持ちはある。
なので、珍しく同好の士が居た今日などはカメラの前から離れられないのだ。
一瞬でも離れてしまえば、さりげなく近くでチャンスを伺っている奴にまたたく間に場を奪われてしまうだろう。ヒトの場所争いほどの醜悪で他人に見せられないような惨状を来すほどではないが、同じ趣味を志すモノ同士の鞘当はある。ここには譲り合いの精神は微塵もなかった。
花冷えのする夜である。
丸めた八肢の指先は凍え気味で、幾度も指を屈伸させて血の巡りを良くしておく。
せっかくのシャッターチャンスに手がかじかんで撮り逃がすというのだけは避けたい。もちろんそうした不安のない自動連写装置付きの機材も用意してあるが、最良の画が撮れると見込んだポジションには自分の手でシャッターを切るカメラを据えている。
本人は知る由もなかったが、如来のこのこだわりは穴と穴を取り巻く集落の外側の、ヒトの世界の同好のヒトたちと全くおなじこだわりであった。やはりヒトとヒトならぬ者との差はあまりないのかもしれない。
汽笛一声。
如来には、背後の人影が身じろぎするのが分かった。
つられるようにして如来も振り向く。
ヒトの街からまっすぐに伸びて来る線路の上を、滑るようにして列車が突っ込んできた。今日で廃車になるとは思えぬほどの力強い走り。
そうして見る間にひときわ大きく鳴らしたかと思うと、ゆるゆると減速して町外れのホームで停車した。
如来の持つ望遠で捉えられたその姿は13両編成のようだった。
うち後ろの2両が客車のもよう。この客車にヒトの世界にとって不都合な「ヒト」や、ヒトの世界に漏れ出たのを送り返されてきた「ヒトならぬもの」が、ぎゅう詰めに詰め込まれているのが通常だった。
如来が指導している多くのヒトの子も、ほとんどがこうして穴の集落にやってきたものである。
その最後尾の2両の客車が切り離されてホームに残り、前の11両が再び動き出す。その先は穴へと続いている。
線路は穴のぐるりを時計回りに中心に向かっていく形で渦を巻いていた。穴の周縁を一周する手前、3/4くらいのところで途切れて先端が穴へと垂れているのが見える。
真夜中なのにそれが見えるのは、穴に垂れた線路の先端が、穴の中からの光を照り返して輝いているからだ。
この線路、元々はもっと長かった。
当初は穴の中心部に向けて5周ほど渦を巻いていた。
それが穴がじわりじわりと大きくなるにつれて内側の線路が穴の中に引きずり込まれていって、今では最初の施工された時点で渦の最外縁を形成していた円周が残っているだけ。それも完全な円周ではなく、朽ちかけている。いずれはホームごと穴の中に落ち込んでしまいそうな状況だった(それを見越して、より穴の外側にホームを新設して、新たなうずまき線路を敷設する計画も進められている)。
線路が何度も円弧を描いていたのは、穴の中に列車を勢いよく飛び込ませるため、加速をつけるためだった。穴の底の同じ場所に列車が堆積するのを防ぐための工夫だったが、いまはそれも機能しなくなって久しい。穴の縁を一周もしないうちに落ち込むのだから、かつてのような加速が得られるはずもない。
それでも列車は、限界まで速度を絞り出そうとホームで身震いしていた。如来にも望遠レンズのファインダー越しにその振動が伝わってくる。無人になった運転席の後ろで咆哮を上げるディーゼルエンジンの周りで陽炎が立ち上って景色が揺らいでいる。
運転席の外で何かしら作業していたヒトが飛び降りるやいなや、列車は動き始めた。
当初は重々しかった動きが、円周の1/5を超える辺りで急にぐんと伸びる。
警笛一声。
制御されているわけではない、野放図な加速の開始された合図だ。それでも脱線はしない。そういう風にできている。
「ヒトの世に不都合なモノ」をそれぞれ満載した10両の貨物列車は滑らかに線路を滑っていく。如来は必死でその姿を追い、シャッターを切る。
真夜中の花吹雪の中を、真っ暗な穴に向かって列車が走る。
ふわり、と先頭の気動車が宙に浮かぶ。2両目の貨物車、そして3両目の貨物車も。
鎌首を上げて宙に浮かぶそれらを、如来は一瞬たりとも逃すまいとシャッターを切り続けた。
5両目の貨物車が線路を離れる頃には、列車全体の上向きのベクトルも消えていた。先頭車は進路を穴の奥へと変えて垂れ下がり、それに続くようにして貨物車も穴へと落ち込んでいく。ギリギリまで上向きの角度を維持していたのはかろうじて5両目までで、6両目からは上向くこともなく、最初から引きずり込まれるようにして穴の中へと消えていった。
最後の車両はまるで穴の底から湧き出た拳に握りつぶされるように、線路を外れたとたん、くの字に折れて穴の底へとまっすぐに落ちていく。
一部始終をカメラに収めた如来は、万事うまく行った満足感に浸っていた。デジカメの方の写真を確認しながら、花吹雪をまといながら奈落の底へ落ちる列車がうまく撮れていることに安堵する。
これなら本命のカメラの方も期待できそうだ。
次にヒトの街から「要らない列車」が来るのはいつになるだろうか。
如来は出来ることならば、今日に勝るとも劣らないシチュエーションでまた撮りたいものだ、そう思った。
真夜中は鉄の顔 眞壁 暁大 @afumai
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