夜桜でするゲーム談義はきっと楽しい
和登
夜桜でするゲーム談義はきっと楽しい
─この気温だったらロングコートは要らなかったな。
宵の口を過ぎた頃、私は小走りで待ち合わせ場所に向かっていた。大学のまわりは街灯が少なく静かで信号も少ない。
春になったからかぬるい空気が肌に触れてなんだか変な感じだ。家の中の方が寒いかもしれない。
暗がりの先にやたらめったら光るコンビニを見つけると、入り口に後輩は立っていた。
「こんばんは、飲み物買うんですけどセンパイもどうっすか?」こちらが口を開く前の質問で、じゃあまあと応じるやすたすた店内に入っていった。
「こっちが呼んだんで」とホットコーヒー二人分と後輩だけ肉まんを購入する。
店を後にして後輩にリードされるまま道を歩く。夕飯がまだらしく、旨そうにほおばっている。「やー神ゲーでしたよ。ブレイブシリーズの集大成をみました」後輩は肉まんの香りをさせながら言う。
ブレイブシリーズは最新ゲーム機でプレイできる高難度アクションRPGシリーズのことだ。1週間ほど前に最新作が発売されていた。その時も熱いメッセージが届いていたが、もうクリアしたのか。
「一周目クリアに30時間、実績解除は7割って所ですけどもう評価を語っていい頃合いだと思うんですよ」
ゲームクリアをして間が空いてないためかハイな気分が伝わってくる。やれやれ、気持ちはわかるけども。
コンビニを離れた二人はまた少し暗い大学のまわりを歩いて行く。空に雲は無く満月が良く見える。
「やっぱり王道の剣士で始めたんですけど、魔法の種類が沢山増えてたので誘惑に負けないように頑張りました。城は薄暗くてほんと雰囲気ありましたよ。過去作と比べて落っこちることは少なかったですね」
そういいながら後輩は道の段差をヒョイと越える。目線は常にゲーム画面を向いているように見えるのに器用なものだ。
「剣士は武器がカッコいいんですけど結構歯ごたえがあって、剣がほとんど届かないボスなんかがキツくてキツくて」
ロールプレイを重んじる後輩の話を聞きながら、私は「魔法の使い所じゃん」などという無粋なツッコミを口をコーヒーでふさぐ。ホッとする温かさだ。
「でもですね、不満もないわけじゃないです。武器の種類が多すぎて後半は試すのが面倒になっちゃって、やっぱり集大成ってそういうところありますよね。それもまた良しなんだけど」
それにそれにと続ける後輩を遮って私は口を開いた。
「ねえ、今回の用事ってゲーム話がしたかったってこと?」呼び出される時に緊急と言われた手前、興奮ぎみに話す後輩の邪魔をしなかったが、口をふさぐコーヒーはすでに無い。
「それはそうなんですけど、ほら着きましたよ」
後輩が指差した先には川沿いに咲く桜並木が広がっていた。提灯によるライトアップはすでに終わっていたが、月明かりのおかげで桜が満開であることがよくわかった。
「SNSでトレンドになってて知ったんすけど、誰かと観た方が楽しいじゃないですか」でもゲームの話をしたかったのもほんとです。急な呼び出しですんませんなどと手で頭をおさえてペコペコをしている後輩を横目にして私は桜並木の方を向いた。
きっと明日には散りはじめるだろう満開だ。夜桜を眺めるのも悪くないかもと納得しようとした私に後輩は続ける。
「ラストダンジョンがこの桜並木みたいになってて、加えて月明かりもばっちしでブレイブシリーズの世界って感じなんですよ!すごくないですか?」
はいはい、まだ話し足りないなら桜並木を歩きながら聞いてあげよう。でも終わったらコンビニで肉まんおごって。そう言って後輩の真夜中ハイテンショントークの聞き役に徹することになった。
桜並木が目の保養になってくれるのが救いだろう。私たちの一日はまだ終わらないようだ。
おわり
夜桜でするゲーム談義はきっと楽しい 和登 @ironmarto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます