I love you が言えなくて
郷野すみれ
真夜中
――私の話す英語には、少しだけイギリス英語が混ざっている。
入学してから飛び込んだ、大学の英語のコミュニティ。
そこに通い始めた頃に初めて会い、その後人見知りの私にしては珍しく話が弾んだ先輩。別れる時に「名残惜しい」と思ったのが今思えば恋の始まりだったのかもしれない。
「あの……お名前は何ておっしゃるんですか?」
それまで名前を知らなくても何となく会話が進んでしまっていた。
「あっ、そういえばここのグループのチャット入ってる?」
「いえ……」
名前を聞いたら、流れでグループチャットに招待してもらうために個人チャットを交換できた。
名前と所属と、昨年度イギリスに留学していたこと。最初に会った時に知った情報はそれくらい。
そこのコミュニティでは会話のほとんどが英語だ。
日本の学校ではアメリカ英語しかやらない。イギリス英語は聞き取りづらい。私は、イギリス訛りになっている先輩の話していることを少しでも多く理解するためにイギリス英語を勉強した。イギリスで放映されている子供向けのアニメ、初心者向けのイギリスの配信……。
恋した相手は外国人ではなく、日本人だったけれど「英語を上達したかったら外国人の彼氏、彼女を作ればいい」というのは本当なんだな、と時折おかしく思った。
もっと近づきたかった、理解したかった。隣に立つのにふさわしい人になりたかった。
駅へ向かう道が同じ方面だったので、たまに一緒に帰った。その時に使う言語は日本語。同級生より話が合って、そんな貴重な時間が楽しくて、この時がずっと続けばいいのにと願っていた。すぐに改札口についてお別れだけれど。
告白して気まずくなるのが嫌だった。もしかしたら、コミュニティに行きづらくなり、最悪そのコミュニティすら失うかもしれない。それだったら、普通に会える方が良い。自分の感情を閉じ込めて、そこの誰にも、本人にも悟らせないようにして、知り合いの先輩、後輩の立場でいればいいから。
2つ違い。だから卒業するまであと、1年半。そのようにタイムリミットを定めていた。だが、コロナで大学がオンラインになり、会えなくなってしまった。
何か特別な用事があるわけでもないのに連絡を取る勇気は、私にはない。
好きなのか、憧れなのか。
その境目はいつも曖昧で、微妙だ。今までの恋愛を語ってみろと言われても、後から思い返すとあれは恋だったのか、それとも違うのかわからなくなり、押し黙ってしまう。何人に恋したの? 数えられない。数え切れないのではなく、わからないのだ。もしかしたら話すだけで満足してしまい、その先の、付き合いたいとかそういう欲求がないからかもしれない。
「話すと楽しいから、一緒にいない時もその人のことがふと思い浮かぶから」
それが同性の仲の良い友達と何が違うのかは説明できない。もしかしたら何も違わないのかもしれない。
オンラインではあったがコミュニティが再開し、後期に数回、顔を見られた。それだけ。特に何があったわけでもない。
真夜中にたまに「会いたい、話したい」と思って枕を濡らした。
「付き合う」行為はよくわからない。でも、このまま卒業してしまって繋がりが完全に切れてしまうのは寂しいなと思った。
春休みに友達に相談したところ、夜中のテンションで背中を押され、告白することに決めた。
事務連絡しかしていなかった個人チャットの画面を開く。卒業、大学院合格を祝う言葉と、告白のメッセージを送った。2年にも及ぶ片思いに決着をつけるのだ。
それから約1週間、返事はなかった。
やっときた返事は、懐古と感謝と謝罪と断りだった。
付き合っている人がいたらしい。
失望。
無意識にブロックする。
それと同時に私は頭の片隅で「またやってしまった」と思った。
今まで、異性からそういう対象に見られるのが嫌だったからだろう。なぜか彼女や奥さんがいる男性しか好きになれなかった。そういう目で見てこないから楽なのかもしれない。このままずっと横恋慕を続けていくのだろうか。
英語を話す時のイギリス英語。消したくても、すでに私の一部となってしまったもの。私の努力はいったい何だったのか。
「彼氏いない歴=年齢」
よく自虐で使われる。
私はもう20歳になってしまった。でも、彼氏がいないどころではない。告白すらされたことはないのだ。多分女性としての魅力がないのだと思う。そして、このままこうやって誰にも好意を向けられないまま生きていくのかなと感じる。
断りの文面が頭に反響する。洗面所で手を洗うと鏡の中には、野暮ったい私がいた。目も鼻も口も、顔も全部嫌い。鏡の私がこちらをキッと睨む。
「こんなんだから……振られたんだ」
目を閉じると熱い雫が頬を伝った。
I love you が言えなくて 郷野すみれ @satono_sumire
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