番外編

第53話 蛍が舞い降りた ~良平の恋~

 俺の名前は大山良平おおやまりょうへい。高校二年生だ。

 他人からは、よく冷静沈着と評される。

 自分ではよくわからないけれど、物事を分析したり、戦略を練ってからで無いと行動できないタイプだからかな。

 比較的なんでも器用にこなせるし、礼節に反しない程度の笑顔も心得ている。でもそれは、周りの人に色々言われたり、トラブルに巻き込まれるのが嫌だから、喜怒哀楽をはっきり出さず、薄っぺらな笑顔を張り付けているだけだ。

 

 そんな俺でも、親友と呼べる奴が一人いる。

 同じサッカー部の仲間で、名前は滝川葵たきがわあおい。彼は無口でぶっきらぼう。愛想笑いも無い。でも、彼のサッカーの練習を見ているとわかる。とても真面目で、コツコツと一つの事を極めるタイプで、情熱も持っている。案外中身は熱い奴だ。

 俺たちは何となく馬が合って、入部当初から仲良くなった。そのうち、彼の彼女の竹内陽たけうちようと、彼女の親友の山下茜やましたあかねとも親しくなって、俺たち四人は、毎日待ち合わせて一緒に帰る様になった。


 山下茜やましたあかね……彼女と会ったばかりの頃は、よくしゃべるし、よく笑って泣いて怒って、忙しい奴だなと思った。でも、見ていると面白いし、心地いいと言うか、自分ができない分、ちょっとすっきりする。

 よく観察していると、茜はその喜怒哀楽をほぼ他人のために使っていることに気がついた。だいたいは、ゆっくりのんびりな滝川と竹内の恋愛を心配して、ヤキモキしていることが多いけれど。いや、でもそれ以外のクラスや部活で関わる人に対しても騒いでいるか。境界線を引かないタイプなんだな。


 そのボランティア精神は、純粋にすげえと思った。


 でも、お前が思うほど、他人はそれを『ありがたい』とは思ってないと思うぜと、ちょっと冷めた目でも見ていた。

 人にはそれぞれプライバシーってものがあって、他人にとやかく言われたくないし、結局は自分で自分を変えるしかないんだ。だから、周りがあれこれ言うのは、大きなお世話ってもんだ。

 でも、茜はそんな事にはお構い無く、損得勘定抜きで突っ込んでいく。

 疲れないのかなと思った。

 いや、違う! 本当は疲れているんだ。傷ついてもいるし、震えてもいる。

 それでも、何かしてあげたいと思っているだけなんだ。


 じゃあ、傷ついた君を癒すのは……


 いつしか茜のことを愛しいと思うようになっていた。



 その日も、滝川と竹内のデートを盛り上げる会と称して、茜が蛍観賞を企画した。町の公園で初夏の一週間だけ、蛍を見ることができる場所がある。俺たちは夕方待ち合わせをして、目的の公園へ向かった。

 

 公園の遊歩道を歩いているうちに深まる夕闇。蛍観賞だから当然電灯などは無く、薄明かりの中で蛍が来るのを待つ。


 前を行く滝川と竹内を見ながら、茜が俺に耳打ちしてきた。

「いい。蛍が来たら、頃合いを見計らって、二人よりゆっくり歩いて距離をとって離れるわよ。二人だけのロマンティックな雰囲気を演出するんだからね!」

 俺は心の中で思う。茜の奴、気づいて無いんだろうな……滝川と竹内が二人きりになると言うことは、茜と俺も二人きりになるという事で、それはつまり茜の言う、ロマンティックな雰囲気に、俺たちもなるってことじゃないのかな?


「今だよ」

 そう言って茜が俺の腕をつかんで、歩みを止めた。前の二人は気づかずに、話しながら歩いて行く。

 お、二人ともいい感じじゃん。いつの間にか手を繋いでいるぞ。

 茜も気づいたらしく、満足げに呟いた。

「やった! いい感じ~」

 本当に茜は、二人のことばかり心配しているんだな。

 いつもは、そんな茜が可愛いし愛しいのだけれど、今日は何故か嫌だった。


 俺の方も見ろよ!


 周りから歓声が上がった。蛍がふわりふわりと舞い始める。最初は山際に沿っているだけだったのに、だんだん遊歩道の上も飛び始めた。

 目の前を横切る緑色の光に、照らし出された茜の横顔。

「茜!」

 思わず名を呼んだ。

「良平、どうしたの?」


 その時、また蛍が近づいてきた。二人で思わず手をかざす。

 そんな事をしても止まってくれるわけはないと思いながらも、止まってくれたら、なんかが起こるかもしれない……つい、そんな期待をしてしまう。


 その時、手を素通りした蛍が、何を思ったか茜の髪の毛に止まった。

「え!」

 びっくりしたように、固まって目を見開いている。俺はそっと手を伸ばした。茜の肌に触れないように、慎重に蛍を俺の手の中へ移し入れる。


 指の隙間から覗き込むと、蛍は一定のリズムで光を点滅させていた。その度に茜の瞳が緑色に輝く。茜は一生懸命蛍を見つめていたが、俺は途中から茜を見つめていた。

「良平、そろそろ離してあげようよ」

「そうだな」

「蛍さん、ありがとう!」

 茜は嬉しそうにそう言って蛍に手を振った。


 手に残る蛍の微かな感触に、背中を押された気がした。

「茜! 俺と付き合ってくれないか」

「え? いつ? どこへ?」

 

 いや、そうじゃなくて……


 振り絞った勇気がしぼみそうになる。

 暗くて本当に助かった。きっと俺は今、すごく情けない顔をしているに違いない。

 いつも、冷静と言われているのに、今の俺は何のも無く、思わずしまったのだ。

 だが、肝心の茜に俺の真意は伝わっていない。


 ええい! この状況、どうすりゃいいんだ。


 その時、またふわりふわりと蛍がやってきた。もう一度、茜の緑の瞳を見ながら言う。

「俺の彼女になって欲しいんだ。俺、お前のこと好きだから」

 茜がポカンとした顔になった。


 そんなに驚くことだったのかな……軽くショックを受ける。


 だが次の瞬間、茜の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


 え! 泣くほど嫌だったのか! 慌ててハンカチを探す。

「いや、いい……嫌ならいいんだ」

「ううん、そうじゃないの! 良平が私にそんなこと言ってくれるなんて思ってもみなかったから……だって、良平は頭もいいしスポーツもできるし、女の子から人気もあるし、私からしたら、雲の上の人で……あおいの友達だから一緒にいるだけで、私のことなんてなんとも思ってないと思っていたの」

 俺は胸をなでおろした。そして、少しだけ頭の回転が戻る。


 このチャンスを逃すな! 


「茜は俺のこと、どう思っているの?」

 とびきり優しい声で聞いてみる。

「え! ……カッコいいなって」

「それだけ?」

「……いい奴だなって」

「それだけ?」

「……いつも穏やかで優しいなって」

「一緒にいられたら嬉しいと思ってくれるかな?」

 茜は、多分真っ赤な顔をして(本当は赤いかどうか見えないけれど)、頷いてくれた。


 やっぱり、かわいいな。

 ちょっと誘導尋問っぽいけど、別にいいだろう。

「じゃあ、OKってことでいいよね! 暗いから、手を繋ごう!」

 

 俺って意外と、大胆だったんだな。自分で自分に驚きながら、茜の手を取る。

 二人で並んで蛍の舞を見つめた。

 胸がバクバクしているけれど、茜には悟られないように。

 いつも冷静で優しい奴。

 茜の前では本当にそんな人間になりたいから、俺もこれからは強くなろう。

 茜をそっと支えられるくらいに……


 一時間ほどで、蛍はまたゆっくりと山際へ帰って行く。

 ちょっとだけ余裕が出て、滝川と竹内の事を思った。二人も楽しめたかな。



    『蛍が舞い降りた』 完

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