第34話 夏休みの計画

「陽人、今日は柴田の家で一緒に夕食どうかな」

 朝仕事に出かける間際に、滝川が陽人に懇願するような顔でそう尋ねてきた。

 滝川のこんな困惑している顔は珍しいので、陽人は思わず笑いそうになって慌てて唇を噛み締める。

 

 女子高校生を連れてクラヴィス・アイランドへ。

 滝川が苦手な、全然似合わないシチュエーション。

 そんな計画が、今日現実のものとなりそうなのだ。

 

 本来なら部外者の自分が家族の団らんに加わるのは気が引けるのだが、その夕食で繰り広げられるであろう会話を考えると、滝川のその表情が納得できたし、ちょっと面白くて、陽人は遠慮することなく行くと答えることができた。


「クラヴィス・アイランド行きは、ようさんのやりたいことの一つなんですよね。だったら、迷わず行きましょう! 俺も一緒に行かせてください」

「陽人、ほんとにありがとうな」

 滝川は拝むようなしぐさで片手をあげると、ほっとしたような顔をして、仕事に出かけて行った。

 陽人が一緒に行ってくれる。それは滝川にとって唯一の救いのように思われた。


「陽人さん、いらっしゃい」

 みちるはすっかり慣れたように、陽人を下の名前で呼んでいる。

「お兄ちゃんも、早く。ママ、陽人さん来るから、すっごい頑張って色々作ったんだよ。私も、から揚げ揚げるのは、手伝ったんだからね。食べてみてね」

 ご機嫌で二人を食卓へ案内した。奮闘の甲斐あって念願がかなったので、ウキウキなようだ。

「はあー」

 滝川からはため息が漏れる。

「大丈夫ですか?」

 陽人が笑いながら声をかけると、

「いや、大丈夫じゃない」

 真顔で言い切った。

 

 食卓を囲んで一通り挨拶を交わす。父親のとおるは穏やかな笑顔を陽人に向け、母親の秀子ひでこは「お世話になっています」と頭を下げた後、嬉しそうに陽人のことを見つめると、「葵のことをよろしくお願いします」と付け加えた。

「いえ、お世話になっているのは俺の方で」

 陽人もテーブルにぶつかりそうなほど頭を下げた。


 柴田家の夕食は、お刺身やから揚げ、てんぷらに煮物にサラダなど、旅館の夕食ですかというくらい、バラエティに富んでいて、豪華だった。母親の秀子が相当気合を入れて準備したようだ。こんな大人数での食事は珍しくて、陽人は嬉しくなる。

「お口に合うかわからないけど、遠慮しないで食べて下さいね」

「ありがとうございます。すっごい豪華ですね。いただきます」


 みんなが一通り食べ終わって一息ついたところで、いよいよ本日のメインテーマが告げられた。


「お兄ちゃん、クラヴィス・アイランドね、二週間後の連休に決まったから、よろしくね!」

 みちるの言葉に、滝川は悟りを開いたような顔で「はいはい」と頷く。だいたいの進捗は聞かされていたので、予想はできていた。休日なら仕事も問題ないだろう。

 視線で都合を確認してきたので、陽人も笑顔で頷いた。


 案の定、母親の秀子が愚痴をこぼし始める。

「高校生で行くなんて早いと思うんだけどね。葵、運転はくれぐれも気をつけてね。みちるだけならこんなに心配しなくてもいいんだけど、お友達も一緒でしょ。何かあったら申し訳ないから、絶対事故にあわないように気をつけてね」

 何度も何度も滝川に念を押し始めた。

 その度滝川も、何度も何度も頷き返す。

 いくつになっても子供の事が心配なのだ。


「せっかく行くから、最後のパレードとか花火も見たいねってことになってね、由奈ちゃんがお父さんが勤めている系列のホテルを予約してくれたの。だから、お泊りもできることになったんだよ!」

「え!」

 鳩が豆鉄砲を食らったような滝川の顔。

「そんなこと、聞いてないぞ!」

「うん、だって、今日分かったんだもん」

「おまえ、茜の都合はちゃんと確認してあるのか?」

「それは大丈夫なんだけどねー」

 みちるは急に語尾を濁して頬を膨らませた。

「茜は聞いたのに、俺の都合は無視かよ……」

 滝川が小声で抗議するも、みちるはスルーして不満を言い出した。

たつきも一緒に来ることになっちゃったんだよ。もう、折角女の子だけで楽しむはずだったのに!」

 

 たつきというのは、茜の一番下の弟で、今年高校三年生のはずだった。茜の家は三人姉兄弟で、一番上が茜、それより二つ下の弟のさとると、少し歳の離れた弟の樹がいた。樹はみちるより二つ年上にあたるのだが、同じ小学校だったし、茜の家とはそれなりに交流もあったので、小さなころからお互い知っている。

「樹は今年受験じゃなかったのか?」

「そうだよ。だから、連休になっちゃったの! 本当は平日の空いている日に行きたかったのにさ。あいつたちの塾が休みの日になっちゃったんだよー」

「でも、茜に頼んだんだからしかたないじゃないか。どうせ行くなら、弟たちも行きたいって話になったんだろう」


 ということは、良平が樹たちを乗せていくんだろうな。まあ、大人数ならその方が気楽だな。


 滝川はちょっと肩の荷が下りたような顔になった。

「そうなんだけどね。分かってはいるんだけどね。邪魔なんだよねー」

 酷い言われようである。

「樹とは、俺もずっと会って無いからな。前に会ったのはまだ、小学生の時だな」

 滝川が懐かしそうに言うと、

「私も中学に行ってから会ってない」

 みちるも頷く。

「久しぶりに会えるのも楽しみじゃないか」

「全然。だってあいつうざいもん」

 滝川は思わず苦笑いして、男の子がうざくするのは、好きの裏返しだったりもするんだけどなと、ちょっとこそばゆい気持ちになった。今なら分かるんだがなと思いながら、若者たちの様子をじじくさい気分で眺めてやろうと、少し気持ちに余裕が出たようだった。


「陽人も、泊まりでも大丈夫かな?」

「俺は大丈夫ですよ」

「じゃあ、悪いけど、一緒に頼むよ」

「陽人さん、よろしくお願いします」

 みちるも嬉しそうに礼を言った。

 滝川は自分の不用意な一言が招いた結果を深く反省しながら、陽人の同行に深く深く感謝した。

 

 当日は柴田の家の車を使うことになっているのだが、五人乗り。

 前に滝川と陽人、後ろにみちるたち三人娘。

 陽人がいなければ、滝川は一人孤独に、未知なる生命体女子高校生に撃墜されるところだった。

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