第31話 笑顔の写真

「おはよう」

「おはようございます」


 次の日の朝、滝川はいつもと変わらずに起きてきた。

 そして、陽人はるとの顔を見るとぽつりと言った。

「陽人。色々ありがとな」


 その言葉は陽人の心に、安堵と達成感をもたらした。自然と笑顔が溢れ出る。

「そう言ってもらえて、すっごく嬉しいです!」

 滝川はその笑顔を眩しそうに見つめた後、またぽつりと言った。


「じいさんの言葉通りなら、陽人は俺の家族だな」

「え!」

「俺が陽人を支えられているかは分からないけれど、お前は俺を支えてくれた。だから、お前は俺の家族だ」

 陽人は心がじんわりと包まれるのを感じた。

 

 家族! なんて温かくて優しい響きなんだろう。

 俺に、もう一度家族ができたんだ!

 

 滝川が静かに続ける。

「あの日……陽人と初めて会った時、ゴミの間に隠れるように横たわっていたお前を見て、俺は自分を見ているようだったんだ。暴れて動けなくなって、心もボロボロで倒れていた俺を、あの時は爺さんが助け起こしてくれた。だから……今度は俺の番なんだなって……そう思ったんだ」

「滝川さん……」

「だから、お前に声をかけたんだ。放っておけなかった」


 陽人は、見知らぬ町の片隅で絶望していた、あの夜の自分に思いを馳せた。

 あの時の俺は、凄く寂しかったんだ。頼る人も無くて、本当は心細くてたまらなかった。

 

 今では遠い昔の出来事のように思えるあの夜の出会いは、茜の言う通りだったのだろう。陽人は心の中でその言葉を噛みしめる。

 そして、陽人も滝川に伝えたくなった。


「俺はお前と出会えて嬉しかった。ありがとな」

「それは俺も同じセリフですよ。滝川さんと出会えて嬉しかったです」


 僅かに緊張している滝川の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「滝川さんも、俺のこと支えてくれています。だから、滝川さんも俺の家族です!」

「そうか……なら、良かった」

 ふうーっと力を抜いた滝川。安心したように笑みを浮かべた。

 あまりにも自然に、ふわりと笑ったから―――陽人は思わず心の中でガッツポーズをする。


 陽さん、見ましたか! 

 滝川さん、笑いましたよ。スッゴくいい笑顔でしたよ!



 仕事から帰ってきて夕飯を食べた後、滝川はまた作業場に籠っていた。

 陽の机の余った端材を眺めて、あれこれ思案している。

 

 これで、茜にもなにか作ってやろう。

 多分、茜と良平の結婚は秒読みに違いない。新居にも使えそうな……例えばリモコンケースとかカトラリーケースとかぐらいだったら作れるだろう。


 普段は口にすることは無いが、二人には感謝してもしきれないと思っている。

 だから、少しでもその気持ちを込めて作りたいと考える。


 良平は俺が立ち直るのを待っていてくれたんだろうな。でないと茜が重荷を下ろせないからな。悪い事したな。

 お詫びに、良平ご所望の夫婦椅子めおといすでも作ってやるか。


『退院したらやりたいことメモ』 

 陽のアルバムに書かれていた願い―——


 今更だけど、あのメモの内容を二人にも、陽人にも協力してもらって実現していこう。

 茜と一緒に化粧品を買いに行くっていうのは、流石に無理だけどな。


 思い出して、苦笑いをする。


 アルバムに貼られている、陽と茜と良平と葵の四人の写真。

 それぞれメンバーが入れ替わり立ち替わり撮っている写真がたくさんあるのだが、正面から撮った写真になると、葵は笑っていない。

 というより、実は笑った写真はない。


 一枚を除いては―――


 アルバムの奥深く、こっそりと貼られていたその写真は、多分サッカー部の練習試合の時のもの。

 ゴールが上手く決まった後の、その一瞬をとらえた写真だった。


 陽の奴、いつの間にこんな写真撮っていたんだろう。

 

 写真の横にはハート型のシールと、『Love あおくん』の文字。


 これからは、少し笑顔の練習をしよう。


 もしもうまく撮れたら、このアルバムに追加してやるからな。


  陽!

  待っていろよ!

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