第30話 陽の手紙

 ようの両親が帰った後、滝川は一階の作業場で、手渡されたアルバムを見つめていた。

 死を覚悟した陽が、何を思っていたのか。

 今更知るのは怖い気もした。だが、思い切って開いてみる。


 一番最初のページには、退院したらやってみたいことを、びっしり書き込んだメモが貼られていた。普通の高校生の女の子が考える、やってみたいことが色々書かれている。


 こんなこと思いながら、闘病生活を耐えていたんだな……。


 滝川は、胸が締め付けられるような気がした。

 続けてページをめくる。そこから先は、両親、学校の写真、そして茜や良平、葵と撮った写真が、いくつもいくつも貼られていた。時々、コメントも書かれていて、思い出がよみがえる。

 それは特別なところに行った写真では無くて、帰り道だったり、公園だったり、そんな何気ない日常の一コマたちだった。


 こんな写真、大切にしていたんだ。


 懐かしい気持ちを胸に、ゆっくりとページを進めていったが、肝心の手紙は跡形も無い。


 あれ? 手紙なんか入って無いじゃないか。


 そう思って閉じかけた時、するりと後ろのページの隙間から手紙の頭が飛び出した。


 アルバムに空白のページが現れて、全ての写真が終わったかと思われた、その数ページ先に、こっそりと忍ばせるように貼られていた一枚の写真。

 そこに、滝川への手紙は挟まれていた。


 封筒には、『あおくんへ』と言う文字。


 陽がどんな気持ちで、そこへ手紙を挟んでいたのか、今となっては分からない。

 気恥しかったのか、アルバムごと渡して欲しかったからか。

 だが、そのせいで、滝川の手に渡るのがこんなに遅くなってしまった。


 やっぱ、陽の奴、ちょっとズレているんだよな。今頃こんな手紙よこしやがって!


 目頭が熱くなる。そっと封を開けた。

 陽の丸っこい字が目に飛び込んできた。

 それは時々、涙を堪えるように震えていた。



あおくんへ


 あおくんがこれを読む頃は、多分、私はもうこの世からいなくなっちゃっていると思います。

 あおくん、いっぱい泣いちゃってるね。本当はあおくん泣き虫だから。

 きっと、ああすれば良かった、こうすれば良かったって、いっぱい後悔しているよね。

 私もね、白状すると、後悔一杯だよ。

 あおくんと一緒にもっと色んなところに行きたかった。カラオケにも行きたかったし、映画も見に行きたかったし、旅行も行きたかった。

 二十歳になったらお酒飲みに行ったり、仕事の愚痴とか言い合って憂さ晴らしって騒いだりしてね。

 喧嘩もしてみたかったな。でも直ぐ仲直りするんだけどね。

 結婚式あげて、子育てして、かわいいおばあさんになって、いっぱいいっぱい一緒に居たかったよ。

 悔しいな。短すぎるよ。

 陽は欲張りだから、もっともっとって思っちゃう。

 でもね、陽はあおくんのことが大好きだし、あおくんも陽のこと、好きだよね。

 だから、幸せだったよ!

 

 今だからわかるんだ。

 私がたくさんの奇跡をもらっていたこと。

 優しいパパとママの子に産まれて、茜ちゃんと良平君という親友に会えた。

 そして、一番の奇跡はね、大好きなあおくんに出会えたことなんだよ。

 大好きなあおくんに会えて、いっぱい愛してもらって、いっぱい大切にしてもらったから、陽はもう太陽系一幸せ者なの。


 つまり、陽はね、他の人が一生かかってもらえる幸せを、この十七年間で貰いつくしちゃったってこと。

 だから、もう打ち止めなんだと思う。

 だから、あおくんは後悔すること無いんだよ。

 あおくんは、陽にいっぱいいっぱい幸せくれたんだからね。


 ありがとう!


 一つだけ、ずーっと不思議だったの。

 あおくんはとっても優しいのに、なんでそんなに不安が消えないんだろうって。

 小さいころの記憶が、あおくんをずっと苦しめているんだね。

 でもそれは、あおくんが、お父さんとお母さんのことがすっごく大好きだったから、その分傷が深くなっちゃったんだろうなって思ったんだ。

 あおくんのその傷が痛むとき、陽はもう隣に居られなくなっちゃった。ごめんね。

 でもね、もうあおくんは大丈夫なはずだよ。

 だって、あおくんは、こんなにいっぱい陽のこと大切にしてくれたでしょ!

 あおくんはもう、誰かを傷つけるより、誰かを大切にできる人なんだよ!

 それを絶対忘れないでね!


 あおくん、陽の代わりに、陽ができなかったこと、いっぱい体験してね。

 任せたからね!


 そして、いつか、陽と同じくらい大切な人を見つけてね。

 指切りげんまんだよ!



 あおくんが幸せなら、陽も幸せ。

 だから、もう振りかえらないで。

 今を生きてね。これからを楽しんでね。


 あおくんの笑った顔、もっと見たいな。

 陽はあおくんの笑顔がとっても素敵なこと知っているんだからね!

 だから、これからもあおくんの笑顔を待っているよ♡


                       陽より



 一階の作業場からは、静かな慟哭が漏れていた。

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