人嫌いの侯爵様と恋に落ちたメイドさんは、滅びた国の王女様でした

茜カナコ

第1話

 ある夜、デルタ侯爵は中々眠れず、中庭を散歩していた。

「おや、何か声がする?」

 デルタは声のする方に歩いて行った。すると、ガーデンベンチに座って、古い詩を口ずさんでいる若い女性がいた。デルタは一目で恋に落ちてしまった。


「こんな夜中に、私の庭でなにをしているんですか?」

 デルタが声の主に優しく尋ねると、女性はちいさな声で「失礼しました」と言って、逃げていった。

「……なんと美しい声の持ち主だろう。それにあの詩も古い物だった。ずいぶんと教養のあるお嬢さんのようだ」


 デルタは逃げていった女性が座っていたベンチに腰掛けると、足下に光る物を見つけた。

「これは? 貝細工のブローチか。ずいぶん高価な物のようだが……」

 デルタはそれを拾うとポケットにそっとしまった。

「さて、夜の散歩もそろそろ終わりにしよう」

 デルタは出会った女性の事を考えながら部屋に戻っていった。


「おはようございます、ご主人様」

「おはよう、シトロン」

 デルタは執事のシトロンに挨拶をすると、シトロンはカーテンを開けて外の風を部屋の中に入れた。

「今日はよく晴れて気持ちの良い朝でございます。昨夜は良く眠れていらっしゃらなかったようですが、夢見が良くありませんでしたか?」

「心配はいらないよ、シトロン。ちょっと夜の散歩に出かけただけで……」

 デルタは昨日拾った貝細工のブローチのことを思い出した。


「シトロン、これを見たことはあるかい?」

「……これは綺麗な貝細工のブローチですね。残念ですが、見たことはございません」

「そうか」

 デルタはため息をついた。

 シトロンは朝食をベッド脇のテーブルにならべ紅茶を入れるとデルタに言った。

「ご主人様、たまには舞踏会や狐狩りにも顔をお出し下さいませ」

「シトロン、私は他人の噂話や無益な殺生が苦手だと言っているだろう?」

 シトロンは首を横に振った。


「貴族たるもの、横のつながりは大切にしなくてはいけません」

「……わかったよ。では、こんどの舞踏会には参加することにしよう」

「分かりました」

 シトロンはデルタの部屋を出た。

「もしかしたら、あの女性に会えるかもしれないな」

 デルタは舞踏会に、拾った貝細工のブローチを付けていこうと決めた。

 

 デルタは食事を終えると、使用人をベルで呼んだ。

 やって来たのはメイドのフェアリーだった。

「お呼びですか? ご主人様」

「食事を片付けてくれないか? フェアリー」

「はい」

 フェアリーはテキパキと食事の片付けをしてから机を綺麗に拭いた。


 デルタは少し悩んだが、フェアリーに言った。

「今度の舞踏会に一緒に行ってくれないか? 一人で行くと噂話の付き合いと、賑やかな令嬢達をダンスに誘うのが面倒だ」

 苦笑いをしながらデルタが言うと、フェアリーはうわずった声で言った。

「え? 私がですか?」

 フェアリーは一度、息をのんだあとに続けて話した。

「私で良いのですか?」

 デルタはにっこりと笑って頷いた。


「ああ、フェアリーは昔は王女だったのだろう? 今は国が滅んでしまって、こんな偏屈な主人に仕えているが」

「偏屈だなんて」

 フェアリーはデルタの言葉に俯いた。その頬は少し赤い。

「分かりました。ご主人様にご迷惑をおかけしないよう、精一杯務めさせて頂きます」

 デルタはその言葉を聞いて、ほっと胸をなで下ろした。


 舞踏会の夜、正装したフェアリーを見てデルタはことばを失った。

 夜の散歩で出会った、古い詩を歌っていた『お嬢さん』がそこにいたからだ。

「あの夜に出会ったのはフェアリーだったのか? そういえばこれを落としただろう?」

 デルタは貝細工のブローチをフェアリーに渡した。

「はい、これは母の形見です。……驚かせてしまい申し訳ありません」

 フェアリーは困ったような顔でブローチを受け取りお辞儀をした。


「今日は、素敵な夜になりそうだ」

 デルタは胸の高鳴りを感じていた。

「そう言って頂けて光栄です」

 デルタはフェアリーと腕を組み、馬車に乗って舞踏会に出かけていった。

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人嫌いの侯爵様と恋に落ちたメイドさんは、滅びた国の王女様でした 茜カナコ @akanekanako

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