真夜中の幸せな夢

人紀

真夜中の幸せな夢

 こんなはずでは無かった。

 予定ではわたしとケンちゃんは既にベッドの中で愛を語らう――までは高望みにしても、何かこう、第一段階は進んでいるはずだった。


 初恋は実らないし、幼なじみと結ばれるのは小説の中だけだ――なんて、ツイッターで語られているのを見かけたけど、それはわたしとケンちゃんの二人には当てはまらないと、わたしは頑なに信じていた。

 母親同士が親友で、お隣同士のわたし達は、物心ついた頃から一緒にいた。

 ぶっきらぼうで、でも優しいケンちゃんが異性として好きだと思い始めたのは、いつだったか。

 正直、いつも当然に側にいてくれる存在だと思い上がっていた時期もあったけど、別の高校に進学して、町中をわたしの知らない女子と歩いているのを目撃した時、わたしは頭を棒で殴られたような衝撃を受けた。

 わたし以外の女の子と、ケンちゃんが付き合う可能性について。

 そんなものがあるなんて、わたしは、わたしは、本当に想像だにしていなかったんだ。

 その女の子は部活の先輩で、単に部活の備品を買い物に付き合っていただけと知ったが、わたしの危機意識は衰えること無く胸に残り続けた。


 だから、それ以来、少なくとも一月に一回は遊びに誘うように心がけ始めた。


 初めのうちは、少々困惑気味だったケンちゃんも、そのうち、自分から誘ってくれるようになった。

 一応、デートなのかな?

 夏祭りや学祭、クリスマスには繁華街のイルミネーションを見に行ったりした。

 告白をしたわけでも無く、告白されたわけでも無い。

 皆からは付き合っていると認識されつつも、面と向かって訊ねられたら言葉を詰まらせる。

 そんな日々を、過ごしていた。

 そういうのも、正直全然悪くはないし。

 楽しかったけど――それでも、家に帰って来て部屋で一人になったら、なんだか悶々としてしまうと言うか、不安になってしまうと言うか。


 だから、ケンちゃんが大学進学するのを機に、一人暮らしをすることになり、わたしは次の一歩を踏み出すことにした。


 一歩、わたしの初めてを捧げようと思った。


 こんなことを言うと重いというか、恥ずかしい子と思われるかも知れないけど、わたしの今までの人生で、一大決心だった。


 大丈夫、大丈夫のはず。

 わたしがお泊まりを匂わしたら、別に拒絶されなかったし。

 部屋も、凄く綺麗に掃除されてたし。

 部屋の片隅に置かれたコンビニ袋から、ゴゴゴゴムも見つかったし。(昨日発行のレシートあり)

 わたしに知られていないと思い込んでいるパソコンのブラウザーに隠された、エッチ関係のブックマークにも”初めてのエッチ”関係が沢山追加されてたし。

 何だったら、隠しフォルダーにある動画ファイルに、幼なじみ関係が三つも増えてたし。

 ……NTRが有ったのは、まあ微妙だけど。

 大丈夫!

 わたし達、きっと大丈夫!


「お、お風呂入るね」

 そう言いながら、洗面所に入った。

 そして、念入りに体を洗って、スウェットの上下に着替えた。

 エッチな何かを用意しようとも思ったけど、無理無理!

 そんなの絶対に無理だった。

 部屋に戻り、わたしが床に恐る恐る座ると、ケンちゃんも体を洗いに立ち上がった。

 取り残されたわたしは、心臓がバクバクと壊れそうなほど鳴っていた。


 でもそうだ。


 この時点までは、きっと良かったんだ。


 突然、肩を叩かれ、わたしはビクッと震えてしまった。

 見上げると、ケンちゃんが目を見開く顔がある。

 いつの間にか、お風呂から出たケンちゃんが、わたしを見下ろしてきた。

 湯上がりのケンちゃんの体からは、スウェット越しなのに湯気が立ち上がっているように見え、仄かに石けんの匂いが漂ってきた。

 わたしは混乱した。

 覚悟していた、していたのに「ひゃひ?」っていう訳の分からない声を上げ、訳が分からない間に顔が熱くなった。

 その動揺が移ったのか、ケンちゃんは慌てて距離を取り座ると、普段無愛想なくせにぎこちない笑みを浮かべて、「ト、トランプでもやるか?」とか言い出した。


 冷静に考えると、完全に駄目なフラグだった。


 駄目なフラグだったけど、その時のわたしは救いの手のように感じていて「う、うん!」と勢いよく頷いてしまった。


 それから、二人でトランプをやった。


 ババ抜き、神経衰弱、ポーカー……。

 明らかに二人でやるものではない、七並べや大富豪までやり出した。

 もう訳が分からない状態だった。

 妙なテンションで、「勝ったぁ!」「負けたぁ!」と言い合い、そして、速やかに次のゲームを始めた。

 ゲーム中は、これで最後にしよう! と思っているのに、いざ終わると何かにせき立てられるかのように次のゲームを始めた。

 それは、ケンちゃんも同じようで、「次は絶対に勝つ!」とか言って、カードを配り始めた。

 そうこうしているうちに、わたしは限界に達しようとしていた。

 眠気だ。

 眠くて、仕方が無くなったのだ。

 昨日は緊張のためにろくに眠れず、今日は遊園地で変なテンションではしゃぎすぎた。

 それに、時計を見れば既に、真夜中といって言い時間だ。

 うっつら、うっつら、体が揺れ始めた。

 このままでは駄目だ!

 わたしはそう思っているのに、まぶたがゆっくりと、確実に、開けていられなくなる。

「ケンちゃん……いいよ……」

 何かつぶやいた気がするが、もうよく分からなくなっていた。

 突然、ケンちゃんが立ち上がった。

 わたしが寝ぼけた顔で見上げると、真剣な顔をしたケンちゃんが言った。

「お、俺、こ、コンビニ行ってくる!」

 そう言うなり、出て行った。


 あ、これ、駄目なやつだ。


 わたしはゆっくりと眠りに落ちていった。


 目の前に、幼い頃のケンちゃんが眠っていた。

 ああ、夢か。

 なんて、何故か思った。

 別に何かがあるわけじゃ無いのに、何故かとても、幸せだった。

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