真夜中の盗賊

杜右腕【と・うわん】

第1話

 この世に人様が汗水垂らして稼いだ物を勝手に自分の物にしてしまう悪党は数多くいるのよ。

 掏摸すり、置き引き、ひったくり、空き巣、強盗、追剥おいはぎ強請ゆすり集りたかり、詐欺師、徴税人……。

 所謂いわゆる盗人と呼ばれる連中で、かく言うあたしも以前は空き巣と置き引きを生業にしていたものよ。

 今は更生して——と云うか更生させられて、冒険者をしているんだけど、職業は相変わらず盗賊シーフなのがちょっと微妙なのよね。今は悪い事してないのに、何となく世間から疑いの目で見られてる気がするし、どうして盗賊を選んだのかと訊かれて「昔取った杵柄です」とか正直に言ったらドン引きされるのは目に見えてるから、

「昔から勘が良くて、手先が器用だったから、それを活かして世の中の役に立ちたいと思って、この仕事を選びました~」

 とか言って誤魔化しているんだけど、まあ真面目で純朴な人はそもそも冒険者なんて選ばないから、信じるやつなんかいるわけない。

 ……と、思ってましたよ。あたしも。


「素晴らしいです! 神に使える身として、貴女の想い、良く分かります!!」

 と、感動に打ち震えるような声が掛かったのは、酒場でバーテンダーの爺ちゃん相手に「あたしは昔から勘が良くて~」とかネタ振りをしてたときだった。

 本来ならあたしの台詞に、爺ちゃんが「そんなやつがこんな場末の酒場に屯してる訳ねえ」とツッコんで笑いに変わるはずだったのに、唐突に割り込んできた若い男の声のせいで、あたしも爺ちゃんも馬鹿みたいに口を開けたまま固まってしまった。

「貴女なら私に力を貸してくださいますよね? ああ、神のお導きに感謝します!」

 そこにいたのは、スラッと背が高く綺麗なサラサラロングの金髪を肩口で切り揃えた神官服の若い男。

「ええと…………誰?」

 何とか脳を動かして尋ねると、男は輝くような笑顔で自己紹介を始めた。


 男はこの地域を管轄する教会の神官で、神官長からある使命を与えられて、この町に来たそうだ。神官長の話によると近くの山の中にある廃屋敷の一室が、年に一度だけ別世界に通じると云う話で、その別世界には神聖魔法に必要な聖石があるらしく、この若い下っ端神官は、それを取りに来たのだそうだ。


「で、何であたしなのよ。もっと強い剣士とか魔法使いとか、いっぱいいるのに!」

 あたしが愚痴ると、軽鎧からはみ出たあたしの服の裾を掴んで震えている下っ端神官——名前はデニスと云うらしい——が、震えながらも、

「だって真夜中に屋敷に侵入と云えば、適役はアデーラさんみたいな盗賊でしょう?」

 と、確信を込めて言い放ちおった。

「あのね、さっきも言った通り、あたしは空き巣と置き引きが専門だったの! どこの世界に真夜中に活動する空き巣や置き引きがいるのよ! っつうか、真夜中に活動するのは盗人の中でも強盗ぐらいよ!」

 あたしが小声でそう叫ぶと、デニスがきょとんとした声で

「でも、剣士や魔法使いだって、真夜中向きじゃないと思いますよ?」

 と、反論してきた。下っ端のくせに生意気な。


「……それに、他の冒険者、みんな恐そうだったし……」


 生意気デニスが何か呟いたけど、他のことに意識が逸れていたあたしは、それを聞き逃した。

 あたしの注意を引き付けていたのは、屋敷の階段を上った先の廊下の奥にぼぅっと浮かんだ白い影。

「あれ? 先客ですか? もしかして本職の盗賊?」

 間抜けなことを言うデニスに頭が痛くなる。

「あのね、いくら盗賊だからって、人のいない廃屋敷に何でわざわざ真夜中に侵入しなきゃいけないのよ。っつうか、盗賊は暗闇で発光しない!」

「じゃあ、あれは……」

 正体に気が付いたデニスが、ひいいぃっと若い女性のような悲鳴を上げた。

 その声に反応したのか、ゴーストがゆらりとこちらに向かってくる。

「さあ、デニス! 神官の出番よ! さっさと除霊して!」

 盗賊の素早さを活かして、あたしはデニスの後ろに回り込んで押し出そうとしたんだけど、驚くことにデニスはあたしに負けず劣らず素早くあたしの背後に回り込んで、背の高い体を縮めて、小柄なあたしの背中に身を隠した。

「無理ですよ! 僕は下っ端なんですから! 除霊なんて神官長クラスじゃなきゃ出来ませんよ!」

「うっそーっ!?」

「盗人にも種類があるように、神官にもいろいろいるんです!」

 くそっ! 納得しちゃったよ!

 仕方無い!!


 あたしだって本当は怖いんだけど、もうそんなこと言ってられる状況じゃないし、あたしは腰のポーチから虎の子の精霊石を取り出して、スリングショットでゴーストに撃ち付けた。


 薄桃色の精霊石は、ゴーストに当たった瞬間虹色に輝き、細かく砕けてゴーストにまとわりつき、徐々にその色を黒に変えて行く。

 それにつれて、叫び声を上げながら苦しそうに悶えるゴーストの存在が薄れ、消えて行く。



「まったく、えらい散財だわ! もらった報酬だけじゃ割に合わないわよ!」

 酒場でエールを煽りながら、あたしは目の前でペコペコ謝るデニスに絡んでいた。

 結局あの後は魔物も出ることなく、目的の部屋で無事聖石を手に入れた。そのついでにあたしも部屋の中の金目の物を……そう期待していたのに、部屋には聖石以外何物も無かった。

 他の場所は既に荒らされて何も残っていないのは分かっていたけど、普通、別世界なら何かすごいものがあっても良いんじゃない? まさか窓も扉も無い、壁も床も天井も全て同じ色のがらんとした部屋の真ん中に、聖石だけがぽつんと置いてあるとは思わないわよ。


「あ、あの報酬の割り増しは出来ませんけど、精霊石の分は何とか必要経費になるように教会に掛け合いますので……」

「本当でしょうねぇ? もし、ばっくれたら、あんたの教会まで行って言葉に出来ないような落書きしてやるからね!」

「それは勘弁してくださ~い! きっと補償はしますので~!!」

 デニスの悲鳴は夜空に溶けて行った。


 後日。

「さあ、今日は遺跡探査ですよ! ゆうべはよく寝られましたか? ちゃんと装備を確認しましたか?」

 今、あたしの目の前には、何やらいろいろ入ったリュックを背負い、ハイキングに出掛ける子供のように目を輝かせたデニスが、ニコニコ微笑みながら立っている。

「あんたは田舎の母ちゃんかよ……っつうか、何でこうなった?」


 デニスは確かに約束通り教会の神官長に掛け合ってくれたらしい。でも、神官長は狸親父だった。


「なるほど、確かにそのアデーラさんにはお礼をしなければなりませんね。とは云え教会には余分なお金は無いので、教会の代表として、あなたが誠心誠意アデーラさんのお仕事をお手伝いして、精霊石分をお返ししてください」


 そう言って、デニスをあたしのところに送り付けてきた。何となく無能な部下を押し付けられた気がする。


「さあ、アデーラさん! 今日こそ遺跡中のお宝をかっさらって大儲けしますよ!」

「神官がかっさらうとか言うな!」


 ……はあ、頭が痛い。

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真夜中の盗賊 杜右腕【と・うわん】 @to_uwan

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