彼の真夜中は暗く冷たい
かまくら
そこ
生まれた時からそこにいた
どんなことをして、どのように生きたか
そんなことを考えることもなくそこに
暗い昏い闇の中
そこにはたくさんのなにかがいた
自分以外のなにかがいた
たくさんのなにかは自分に反応を示すこともせず前を、横を、後ろを通り過ぎていく
そこにはたくさん、なにかがいる
自分より大きいなにかもいれば、小さいなにかもいた
あたりが見えないことは別に怖くはなかった
生まれた時から、この世界は真夜中だったから
父など知らない、母など識らない
もとより誰にも頼らず生きてきた
それが自分の普通だった
だから今日もそこにいた
弱く小さなからだを隠すようにそこにいた
そして明日も、そこにいる
……筈だった。
ある時ふと気になった
どこで得たかも分からない知識の中に、太陽という存在があることを
それは闇を割く極大の光
手に入れることの出来ない、誰も敵うものなどいない絶対的な存在
弱く小さく真夜中を生とする自分とは正反対の存在
故に、だから、気になった
その絶対的な存在が
本当にそんなものが存在するのか
真夜中しか知らない自分の思考が提唱する疑問
好奇心はそれを無視した
彼は、生まれて初めてそこから離れた
身を焦す熱に浮かされ、上へ上へと突き進んだ
知っている、太陽は上にあることを知っている
その小さなからだを一筋の線とし、ひたすら上へ進んでいった
疲労を身を包む暗い冷たさで誤魔化しながら
そうしてポツリと、光が見えた
何も見えない真夜中を生きてきた自分が、初めて光を視界に捉えた
あれは太陽だ
あれが太陽だ
間違いなんかではなく、太陽は存在したんだ
喜びという初めて抱く感情を胸に、そのポツリとした小さな光を捉えんと突き進み——
バクリ
……こうして、そこから…いや、底から離れた彼の小さな命は、太陽を見ると言う願いを叶えることも出来ず、真夜中のような深い海の奥へと消えていった
そんなことなど知るものかと言わんばかりに、小さな命で腹を満たした丸みを帯びた体型の彼は、頭上にある誘引突起をひらひらとさせ、泳いでその場を離れたのだった。
彼の真夜中は暗く冷たい かまくら @Kamakuratukuritai
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