#26「試験期間が始まるようです」

「――朝だよー、ねぇねー!! 起っきろー!!」


 中間考査初日の朝。

 いつものように勢い良く開け放たれたドアから、これまたいつものように、華恋が飛び出してくる。

 いつもだったらこの後、華恋が俺のベッドに向かってダイブ――なんて流れだろう。

 だが、今日のところはそうはいかない。


「――およ?」


 華恋は俺の部屋に入ってくるなり、既にベットから出て着替えを始めている俺を見て、目を見開いた。


「おはよう、華恋」

「……ねぇねが自分から起きてるなんて、珍しいねぇ……」

「たまにはそういう時もあるだろ」

「なんか気合い入ってるね」

「まぁな」


 別に学校の定期試験如きに気合いなんか入れたくはないが、今回ばかりは仕方がない。

 今後の俺の進退が掛かってるからな。


「……これでよし、と。じゃあ華恋、先に下に降りて待ってるぞ」

 手早く着替えを済ませた俺は、華恋を置いたまま部屋を出て、1階へとつながる階段を駆け降りていく。

「え? ちょっと、待ってよぉー!」


 1階に降りると、ダイニングでは既に朝食が用意されていた。

 いつも母さんが俺たちよりも先に起きて用意してくれている訳で、そう考えると母さんには頭が上がらない。

 俺は母さんに感謝をしつつそれらを味噌汁で流し込んで、さっさと学校へ向かう準備をする。


 玄関を出たところで、遅れて華恋もやってきた。

「もぉー、早すぎるよぉー」

「ああ、悪いな」

「あんまり張り切りすぎるのも良くないんじゃない?」

「そう言うお前は、いつも通りすぎるんだよ」


 俺は華恋の額を軽く小突く。

「あいたっ……! もぉー!」

「ほら、桃花と杠葉ちゃんももう待ってるかもしれないし、早く行こうぜ」

「ちぇー……」


 どこか不満げな華恋を急かしながら、俺は歩き出した。


 いつもの待ち合わせ地点に着くと、既に桃花と杠葉ちゃんはそこで待っていた。

 ……結構早く出たつもりだったんだけどなぁ。2人は一体何時からここで待ってるんだ?

 俺がそれを尋ねると、杠葉ちゃんは言った。


「私は、この朝の登校時間が好きですから。待ってもらうより待っていた方が、この時間を長く楽しめるじゃないですか。だから朱鳥お姉様は、全然ゆっくり来てもらって大丈夫ですよ?」

「それはそれは……」

 なんだか申し訳ない気がしないでもないが……そこまで言われると、もう俺からは何も言えない。


「……で、桃花の方はどうなの? まさか、同じ理由だとかは言わないわよね?」

「私は別に毎日この時間に来てるわけではないですよ? ただ、朱鳥様の性格的に、今日は早めに家を出られるだろうと踏んだだけです」

 こいつ……。

 完璧に把握されすぎてて、ホラーの域に片足を突っ込んでいる気がするのは気のせいだろうか。


「……それで、今日はいよいよ試験当日ですが、周防世莉歌には勝てそうですか?」

 桃花がそう聞いてきたので、俺は自信たっぷりに答える。

「愚問ね」

「ほう?」

「なんせ私は、もう既に必勝法に辿り着いてるから」

「なるほど……必勝法ですか。一応、後学のためにお聞きしても?」

「簡単よ。満点を取れば良い」

「……はい?」


 俺の答えが予想外だったのか、桃花は信じられないような表情で俺を見る。

 そして、それはすぐに呆れ顔に変わった。


「よく馬鹿と天才は紙一重と言いますが……まさかそれを、朱鳥様で実感することになるとは……」

「な、なによ……間違ってないでしょ……!?」

「ええ、確かに間違ってないです。もっとも、それを実践できるのは……朱鳥様以外はいらっしゃらないでしょうが……。とにかく、朱鳥様に相当な自信があるということだけは分かりました」


 なんだよ……そっちから聞いてきたくせによ……。

 それに相手の周防世莉歌は、前回の試験で学年3位だったのだ。それくらいのつもりでいかなきゃ勝てねぇだろ。


 すると桃花は、ほとんど独り言のような口調で、こう呟いた。


「期待してますよ……朱鳥様」


 ……ああ、任せろ。

 絶対に勝ってやるさ。


◇◇◇


 教室に到着すると、クラスメイト達はどこか浮き足立っているように見えた。

 もちろん、今日から試験が始まるからというのもあるのだろう。だが、多分それだけじゃないはずだ。


 俺と、周防世莉歌の対決。

 恐らくそれを、クラス全体が注目しているのだ。

 これは……ますます負けてられないな。


 席につくと雨宮さんに声をかけられる。

「ご機嫌よう、天王寺さん」

「ご機嫌よう、雨宮さん」

「今日からテストだね」

「ええ、そうね。雨宮さんは、自信はどう?」

「うーん……実はあんまり、かな……。今回のテスト範囲、結構広いから……。でも、天王寺さんは自信ありそうだよね?」

「ふふ、別に自信があるって訳じゃないわよ。ただ……あの子に負けるつもりはないだけ」


 周防世莉歌がどれだけ勉強ができるのかは知らないが、俺はただそれを上回ればいいだけなのだ。そう考えれば、意外と簡単なお話だ。

 

 雨宮さんは俺の答えに苦笑いした。


「あはは……。やっぱりあの子に勝つもりなんだね、天王寺さん」

「……無理だと思う?」


 俺がそう尋ねると、雨宮さんは首を振った。


「ううん。なんだか天王寺さんを見てると、本当に勝てちゃうような、そんな気がするの。だから……応援してるね」

「うん、ありがとう」


 雨宮さんも応援してくれることだし……これはますます勝たないといけないな。


 そんな感じで雨宮さんと2人で談笑していると、前の方から、ある人物がこちらにやってくる。


 ――周防世莉歌だ。

 彼女は数名の取り巻きを引き連れ、俺の机の前に立ち止まった。


「ご機嫌よう……随分と余裕ですわね、天王寺さん」


 周防さんは、座っている俺を蔑むような目で見下ろす。


「まぁ……その余裕が続くのも、今日まででしょうけど」


 なんだよコイツ……わざわざ嫌味を言いに来たのか?

 俺は、最大限の侮蔑を込めて彼女を睨み返した。


「あら、周防さん……そちらこそご機嫌はいかがかしら?」

「ええ……お陰様で、とっても」

「そう、それはなによりですが……その調子が、来週まで続くことを祈ってます」

「ちっ……。やはり貴女は……この私が叩き潰しておかないといけないようですわね」

「臨むところです」

「フン……せいぜい足掻くと良いですわ……」


 周防さんは忌々そうに鼻を鳴らすと、翻って自分の席へと戻ってゆく。


 どうやら周防さんは、相当自信があるみたいだな。

 だが、それくらい自信満々の方が……倒し甲斐がある。


 周防さんが席につくのとほぼ同時に、百瀬先生が入ってきて、朝のホームルームが始まる。

 このホームルームが終われば、いよいよ試験開始だ。

 さぁ……、いっちょやってやりますか……。

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