#15「反撃開始のようです」
気ままに過ごした週末もあっという間に終わり、再び面倒な1週間が始まる――そんな月曜日。
週が変わって例の嫌がらせが収まったのかと言えば、全然そんなことはなく。
教室に辿り着いた俺は当然の如く、クラスメイトから無視を決め込まれていた。
その光景を見て、俺は小さくため息をつく。
華恋や杠葉ちゃんとのお出かけで気分を良くしていた俺はすっかり忘れていたが……そもそもこっちの問題は、何も解決していないのだ。
――周防世莉歌。
常に数名の取り巻きを侍らせて、自分の机の前で踏ん反り返っている女。コイツが俺に嫌がらせをしている元凶だ。
なんでも、自分よりも目立つ俺のことが目障りらしい。
……そんな理由で嫌がらせを受けるこっちは、正直堪ったもんじゃないが。
俺は周防世莉歌に一瞥をくれながら、自分の席へと向かう。
そして座る前に、自分の椅子と机に目を凝らした。
……今日はどうやら、イタズラはされてないらしいな。
安心した俺は、ようやく椅子に腰掛ける。
隣の席の雨宮さんは、もう既に自分の席に座っていた。
「ご機嫌よう、雨宮さん」
俺が挨拶すると、雨宮さんも挨拶を返してくれた。
「うん。ご機嫌よう、天王寺さん」
気のせいか、先週よりも雨宮さんとの距離が縮まった気がする。
やっぱり、屋上で一緒にお昼を食べたのが良かったのか。
……何にせよ彼女が、完全アウェーのこの教室で、唯一マトモに話をしてくれる貴重な人物であることは間違いなかった。
だが、ずっとこの状況に甘んじて、周防世莉歌にデカイ顔をさせているわけにもいかない。
なんとか、打開する方法を考えなきゃな……。
そんなことを考えているうちに、ガラガラ――と教室のドアが引かれ、そこから百瀬先生が入ってくる。
「さぁ、皆さん、ホームルーム始めますよぉー。席についてくださぁーい……」
百瀬先生がそうクラスに呼びかけるも、一部の生徒は百瀬先生をガン無視して、お喋りを続けている。
主に周防さんと、その周辺だ。
……要するに、舐められているのだ、先生は。
この教室では、最早、先生よりも周防世莉歌の方が発言力が強くなってしまっている。
そういう意味で、異常なのだ……このクラスは。
もちろん百瀬先生に頼り甲斐がないというのも、原因の一端なのかもしれない。だが、聞いたところによると今回が初担任だという彼女に、そこまで背負わせるのは酷というものだろう。
「ああ……あのぉー、皆さん……」
おどおどと
「――先生」
「えっと……天王寺さん?」
「……早くホームルームを始めましょう。そんな人たちなんて、放っておいて大丈夫ですから」
俺の言葉に、キョトンとした顔をする百瀬先生。
そして、先週の忠告を無視して真っ向から周防さんに喧嘩を売る俺に、驚きの表情を隠せない雨宮さん。
更に、その奥で……周防世莉歌の冷たい視線を感じたのだった。
◇◇◇
ホームルームで周防さんに一発カマしたは良いが、その後はより有効な一撃を与えられないまま……気付けば、3時間目の授業に差し掛かっていた。
3時間目の授業は……体育。
この学校に転入してきてから初の体育だった。
ようやく来たか……と心の中で呟く。
俺は、無駄に武道漬けの毎日を送ってきただけあって、体力と運動神経には結構な自信があった。
体育は、満を持した活躍の機会というわけだ。
だが……その前に、一つ問題がある。
……着替えってどうすんの?
見ると、皆、教室で堂々と着替え始めていた。
え……?
マジっすか……? 俺男っすよ……?
……いやまあ、今は女だけどさ。
着替え始めるクラスメイト達を前にして呆然と立ち尽くす俺を見て、雨宮さんが不思議そうに声を掛ける。
「……どうしたの? 早く着替えないと遅れちゃうよ……?」
そう言う雨宮さんは、既に上半身を脱いでいた。
ブラジャーが露わになっている。
ち、直視できねぇ……。
「ご、ごめん……ちょっと立ちくらみしちゃって……」
「えっと、大丈夫……? もし辛いなら、保健室に行った方が良いんじゃ――」
「――大丈夫! 大丈夫だから……気にしないで」
「そう……? あまり無理はしないでね」
「うん……」
俺は、他の子の着替え姿を極力視界に入れないようにして……自らの着ているブラウスのボタンを外してゆく。
……っていうか、一体なんの拷問だよ、これは。
心配そうに視線を送ってくる雨宮さんの存在が、今は余計に辛かった。
だけど、ふと考えてみれば……男の頃の俺だったら、もしかしたらこの状況を喜んでいたのかもしれないな、と思った。
この心境の変化、果たしてどう受け止めれば良いのやら……。
◇◇◇
何とか
本日の授業はテニスとのことで、移動した先はテニスコートだった。
やはりお嬢様学校ということもあってか、コートの設備もかなりしっかりしていた。
実は天王寺の本邸にもテニスコートはあるのだが……もしかしたら規模はそれ以上かもしれない。
体育教師の指示で、それぞれ2人1組になって準備体操を始める。
孤立無縁の俺には、そもそも2人1組になれるかすらも危ぶまれたが、相方に雨宮さんが立候補してくれたお陰でそんな事態にはならずに済んだ。
「ごめんね……私なんかと組むことになっちゃって……」
雨宮さんがそう申し訳無さそうに呟く。
だが俺は、そんな雨宮さんに言った。
「むしろこっちこそ助かったよ。危うく1人で準備体操する羽目になるところだったし」
「……ありがとう」
何で礼を言う必要があるんだ? 礼を言いたいのはこっちの方なのに。
「……ところでさ」
「うん、なに?」
「周防さん、なんだか張り切ってるみたいだけど……何かあるのかな」
見ると周防さんは、いつものように数名の取り巻きを侍らせつつ、テニスコートの一角を占拠している。
その不遜な態度はいつにも増して目に余った。
俺がそう問うと、雨宮さんは「ああ……」と何かを察したように声を漏らした。
「……周防さん、テニス部だから」
「テニス部?」
「うん……しかもかなり上手くて、次期部長だとか、そんなふうに言われてるみたい」
「へぇ……」
あの周防世莉歌がねぇ……。
テニスは紳士淑女のスポーツだ。あんな性格の奴に本当に部長が務まるのかは、少々疑問ではあるが。
――だが、授業中の身のこなしは、確かにテニス経験者のそれだった。
それも、結構なテニス歴があるのが見て分かった。
……え? なんでそんなこと分かるのかって?
それは、俺もテニスには多少の覚えがあるからだ。
祖父さんと親交のあるテニス選手がいて、昔その人から色々手解きを――って、今はそんなことはどうでもいい。
――やがて授業が後半に差し掛かったところで、いくつかの組に分かれて練習試合をすることになった。
親しい者同士で組が作られていく中で、やはりというか、周防さんはいつもの取り巻きとつるんでいた。
「ど、どうしよう……私たちもどこかの組に……」
横で焦り始める雨宮さんを尻目に――俺は周防さんたちの様子を眺めながら、こう呟く。
「雨宮さん……私、良いこと思いついたんだけど」
「え……?」
俺は雨宮さんにそれだけを言い残すと――、周防世莉歌のいるテニスコートに向かって歩き出す。
――たぶん、これはチャンスだ。
元々、やられっぱなしは好きじゃないのだ。
編入してからここまで散々可愛がってくれたが、今度はこっちの番だ。
俺は周防さんの目の前で立ち止まった。
周防さんはこちらにやって来た俺に対し、怪訝な視線を送る。
「……何か?」
俺は周防さんの目の前に、ラケットを突き出して言った。
「周防さん、宜しければ私と――お手合わせ頂けませんか?」
さぁ――、ここから反撃開始といきますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます