#4「叔母は俺を利用したいようです」
翌日俺は、ある女子校の校門前に立っていた。
――
俺の叔母――天王寺八千代が経営している中高一貫校だ。
そこは学校の名前に詳しくないとしても絶対に一度は聞いたことがあるくらいには、名の知れたお嬢様学校だった。
……つーかさ、俺みたいな人間が、居ていい場所な訳?
とりあえず、流石に上下ジャージじゃまずいだろうということで、今の俺はシックな柄のドレスワンピースに身を包んでいた。
え? そんなものどこで調達したのかだって?
……そんなこと俺は知らん。母さんに聞け。
しかし着慣れない服を無理矢理着せられたせいで、自分で言うのもなんだが、違和感バリバリだった。
現に、登校中の生徒たちの注目を集めてしまっている。
通りすがる数名が、俺にチラチラと視線を送ってくるのが分かった。
俺の今の格好、そんなに変か……?
まあ、学校の前に明らかに生徒じゃない人物が突っ立っていたら、気になって見てしまうのも仕方ないのかも知れないが。
ああ……早くここから立ち去りたい……。
だが残念ながら、今日ここに来た目的を果たさない限りは、そういう訳にもいかない。
……えぇい。理事長はまだか、理事長は。
先程スマホのメッセージを通してこの場所で待てと指示があったのだが……それきり連絡が無いため、こうやって立ち往生しているほかなかった。
そうして校門前で奇異の視線に晒されること10分が経過しようとしていたところで、校舎の方から、ついにお目当ての人物が現れる。
理事長――
彼女は、パンツスーツ姿のデキるキャリアウーマンみたいな出立ちで、俺のところに近付いてきた。
理事長という割には、だいぶ若い見た目をしている。
そりゃそうだ。父さんの妹だとは言えど、確か父さんと10近くは離れていたはずだから。
……もっとも、それを考慮したとしても、だいぶ若作りしているように俺の目には見えるが。
天王寺八千代は、俺の目の前で立ち止まり、一言こう言った。
「……久しぶり、朱鳥クン……で良いのよね?」
「そういう貴方は、八千代オバサンで良いんですよね?」
俺は『オバサン』という言葉を強調して聞き返す。
それを聞いた八千代さんは、ニコリと笑った。
「……なるほどね。正直どこからどう見てもただの美少女って感じだけど、中身の生意気さは相変わらず、という訳か」
「そりゃどうも」
別になりたくて女になった訳じゃない。だから俺本来の人格をとやかく言われる筋合いもない。
「……まぁいいわ。とりあえず付いてきなさい。今後のこととか、色々と話しておきたいから」
そう言った八千代さんは、踵を返して校舎側に戻っていく。
「あ、待ってくれ……!」
それを思わず、俺は引き止めていた。
八千代さんは面倒臭そうに振り返る。
「……何?」
「ここ女子校だろ? 男が簡単に入ってもいいのかよ?」
俺が問うと、八千代さんは呆れたようにため息をついた。
「……そうね。なら一度帰って、自分を鏡で見てみたらどうかしら」
……あ。
そっか、俺って今……女なんだよな。
あまりにも現実感がなさすぎて、時々それを忘れてしまう。
「分かったら、黙ってついてきて頂戴」
八千代さんはそれだけを言って、スタスタと歩いて行ってしまった。
……ここまで来たら、八千代さんの指示に従うしかない、か。
いい加減腹を括れってことだ。
俺は意を決して、栖鳳女学院の校門をくぐった。
◇◇◇
八千代さんの後をついていった俺が通されたのは、学校の応接室だった。
「その辺に座っていいわよ」
八千代さんは、俺をソファに座るよう促す。
流石は名門女子校だ。置いてあるソファもしっかりとした革張りで、いちいち高そうだった。
俺がソファに座ったのを見届けた八千代さんは、自分もテーブルを挟んで向かい側のソファに腰掛けた。
「ふぅ……さて、本題の前にちょっとだけお話でもしましょうか。久しぶりの再会で、積もる話もあるだろうしね」
「積もる話、ねぇ……」
八千代さんと会ったのは、いつぶりだろうか。明確な記憶がないということは、それだけ昔だということだ。
……それこそ、俺と父さんの関係が拗れるよりも前かも知れない。
「兄様と上手くいってないらしいじゃない」
俺の考えていることを見透かすように、八千代さんが言った。
兄様――というのは、つまり俺の父さんのことだ。
八千代さんの言う通り、俺は父さんと上手くいっていない。
「どうでもいいだろ、そんなこと」
俺がそう言うと、八千代さんは声を出して派手に笑った。
「確かに! そうね、私にはなんの関係もない。ただ……大事な甥っ子ことだから、ちょっと気になってね」
よく言う。今までは我関せずを貫いてきたくせに。
「……あ、今は姪っ子か」
ちょこざいな。
「まぁ、それはそれとして……色々と大変だったみたいね」
八千代さんが俺を睨め回しながら、呟くように言った。
八千代さんの言う『色々』が、女性化の件を含んでいることは何となく分かった。
「別に、そんなでもないよ」
女になってから、まだ3日程度しか経っていない。
多分これから大変なことが増えていくのだろうが、今のところはまだそんな事態にも遭遇していなかった。
強いて言えば……小便の仕方に戸惑うくらいか。
もっとも、そこまで苦労せずに済んだのは……俺が女になってからここまで、トントン拍子で話が進んできたからに他ならない。
……思えば、この女子校編入の件だってそうだ。
「なんで八千代さんは……」
「うん?」
「……女になった俺に、手を貸してくれるんだ?」
そう尋ねた俺に、八千代さんは妙にニヤニヤしながら尋ね返した。
「さて、なんでだと思う?」
まさか……。
「もしかして八千代さんも、元男だったとか?」
「……貴方、馬鹿なの? そんな訳ないじゃない」
「じゃあ、なんでだよ……」
「……栖鳳女学院が、天王寺家のために作られた学園だからよ」
「なに……?」
栖鳳女学院が、天王寺の……?
そんなことは初耳だった。
「信じられないって顔ね。でも残念ながら本当よ。栖鳳女学院は元々、女性化した天王寺家の男子の受け入れ先として作られた」
つまり、俺が女性化した時にはすでに、この学園への編入は決まっていたと……。
だからなのか、と俺は納得した。
だからこうまで、話が簡単に進んだのか。
「……と言っても、それも昔の話。貴方がそうなるまで、天王寺家の女性化は数十年現れてなかった。もうとっくに形骸化してるの。……だからこの話が来た時、正直言えば私は、貴方の編入を断ることも出来た。でもそれをしなかったのは……何故だかわかる?」
「……さあ?」
「父様に恩を売るためよ。そして……兄様の弱みを握るため。天王寺家での立場を、兄様よりも優位にするためよ」
この女……。
八千代さんと俺の父さんの間に何らかの確執があるのは知っていたが……。
「そんなこと……アイツの息子の俺に話しても良いのかよ?」
「別に良いわよ。貴方も兄様のこと嫌いなんでしょう? だったら私に協力して頂戴。それに……」
八千代さんは、不敵に微笑んだ。
「今の貴女は――息子じゃなくて、娘でしょう?」
……何となく勘付いてはいたが、確定だ。
つくづく女ってのは……面倒臭い生き物だと思った。
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