#3「やっぱり女性は大変なようです」
祖父さんから虐待まがいの稽古を受けた、その後。
全身の痛みがようやく和らいできた俺は、華恋と約束した通り、母さんの要件を聞くためにに自宅へと向かう。
道場があるのは本邸。
現在本邸には祖父さんと、その側近などの一部の人間しか住んでいない。そして、その他の親族は各地に点在している別邸に住んでいる。
だが、俺と華恋、そして母さんは――その別邸にすら住まうことを許されていなかった。
俺たちが住んでいるのは、天王寺家の管理の手からは離れたところにある、質素な貸住宅だ。
何故そんなところに住んでいるのか、理由を話すと長くなるが――、一言で言うならば……俺たちは父さんに見放されたのだ。
もっともそれを とやかく言うつもりはもう無い。
なんだかんだ、3人で上手くやれていたから。まぁ、苦労させっぱなしの母さんには、申し訳ないと思うことも多いが。
俺たちのいま住んでいる家は、本邸からは十数キロは離れたところにあった。
そこへと戻るために、俺は電車に乗って移動する。
おそらく本邸の人間に頼めば送り迎えの車を出してもらうことも可能なのだろうが、俺はそういう所謂特別扱いみたいなものが嫌いだった。
平日の昼間ということもあってガラガラの車内で、俺はドカっと大袈裟なモーションで席に腰掛ける。
ふう……。
電車が発進する時の小刻みな振動が、疲弊した体に染みて妙に心地良い。
ったく、あのクソジジイ……好きに痛めつけてくれやがって……。
これでも俺は、剣道でも全国レベル、合気道だったらその辺の師範とならタメを張れるくらいの実力はある。……いや、決して自惚れじゃなくて。
だが、それを手玉に取ってボコボコにするってんだから、あの老いぼれは困るのだ。
もう、何度嫌になって逃げ出そうと思ったことか。
それでも一度も逃げ出さなかったのは、あの男を一度でいいから跪かせてやりたいと思ったからだ。
まぁ、もっとも……女になっちまったことで、余計に遠ざかってしまった感じもするが。
なんにせよ、このままじゃジリ貧だ。そろそろ本気であのクソジジイに一泡吹かせる方法を考えないとな……。
……そんな感じで物思いに耽っていたところ、俺はふと、妙な居心地の悪さを感じる。
その居心地の悪さの原因を探すため顔を上げて……そして気づいた。
俺の斜向かいの席に、中年のオッサンが座っていた。そして、そのオッサンの視線が明らかに俺に向いていたのだ。
……いや、正確には俺の胸元に、だ。
それに気付いた瞬間、ゾワッ、と全身に鳥肌が立つ。
いや、キモっ……!!
男だったの時のジャージをそのまま着ているせいでサイズが合っていない&稽古後のわずかな体力で無理矢理腕を通してきたために、服が乱れて地肌が見えてしまっていたのだ。
それを気にも留めなかったのは、確かに俺の落ち度かもしれない。
けど、こうもバレバレの視線を送ってくるあの男もそれはそれでどうなんだ?
女の人って、いつもこんな視線に晒されながら生活してるのだろうか。
初めて女性の大変さが分かったような気がした。
俺はオッサンをギッと睨みつけて威嚇し、胸を隠すように腕を組んだ。
そして、天を仰ぐ。
俺、マジでこれから女として生きなきゃなんねえの?
ああ……何というか……早くも前途多難。
◇◇◇
そんなこんなで。
俺がやっとの思いで帰宅すると、華恋が言っていた通り、母さんが俺のことを待っていた。
「……どうしたの? そんなげっそりした顔をして」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……何というか、早くも洗礼を浴びたって感じ」
「……? まあ、いいわ。それで朱鳥……貴方に話しておきたいことがあるのだけれど」
そして母さんは、俺を呼び出した理由を話し始める。
「朱鳥には……来週から、別の学校に転校してもらおうと思ってるの」
「別の学校か……」
そりゃそうだ。女の姿になってしまった今、元の学校に在籍し続けるのには無理がある。
それに……元の学校には親しい人間も全くと言っていいほど居なかったからな。俺としても、別に転校に対しての異論は無かった。
もっとも、転校の都合がつくのは、もう少し先の話だと思っていたんだが……まさか女になってから1日2日でそこまで話が進むとはな。
そこは、流石は天王寺家の人脈と言ったところか。
「……別に転校するのは良いけど、ワザワザ呼び出してこんなこと言うってことは、もう転入先の目処もついてるんだよな? 俺はこれから、どこに通えばいいんだ?」
俺がそう問うと、俺のあまりの淡白さに母さんは少し驚いたようだが、やがて答える。
――だが、母さんの口から出てきたその言葉は、俺の想定していなかったものだった。
「それだけど……まずは、
八千代叔母様……?
まさか、その人物の名が出てくるとは。
父さんの妹で、俺から見ると、叔母にあたる人物。
確か学校を経営していて、理事長をやっている。
いや、だけど、確かその学校って……。
「まさか……」
俺が声を漏らすと、母さんは静かに頷いた。
「朱鳥――貴方には来週から、
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