寝たふりをしていたら、何故か告白されていました

香月燈火

1.ただ寝たふりをしていただけなのに修羅場に立ち会ってしまった

「あー……眠い……」



 野暮ったい前髪を軽く手で横に流しながら、校舎の陰になっているベンチで仰向けになりながら目を細める。いい具合に太陽が校舎に隠れているというのもあって、とても気持ちがいい。流石に冬場でこんなところで寝たら間違いなく風邪を引くだろうが、今みたいな夏入りする前くらいのシーズンだと適度に風も吹いててまさに最高の位置と言える。

 昨日なんかは一夜漬けしてしまったのもあるから、このまま眠ってしまいたさすらある。いっそ、このまま昼休憩中だけ寝てしまうか? アラームで起きればいいし。



 なんて考えている時、静かだった空間に離れたところから声が聴こえてくる。どうやら仲良く談笑中のようだが、その声は段々と大きくなってきている辺り、近づいてきているようだ。

 というか、この声はどっかで聞いたことがあるな……



「ってこれ、藍里の声じゃん……」



 声の主の正体を理解し、うげ、と顔を顰める。なにしろ、俺にとっちゃ犬と猿みたいな仲だからな。

 藍里千波あいさとちなみ。俺と同じ高校1年生で、同じクラスの女子でもある。頭もそこそこ良く、見た目に関しては綺麗というよりも可愛らしい顔立ちをしていて、学年でも1、2を争うくらいの美人であるため、男子達からもかなり人気がある。

 ただ、男子には誰に対してもめちゃくちゃ素っ気ない態度を取るため、今のところ芽がある人は居なさそうだ。一時期は彼氏が居るんじゃないかなんて噂もあったが、それは女子がそれとなく聞いても鼻で笑っていたから、多分ないと思う。

 そんな高嶺の花な藍里だが、何故だか俺に対してはやたらと突っかかってくる。美しい薔薇には棘があるとは言うが、この薔薇は俺にだけ棘を刺してくるからタチが悪い。藍里とは中学1年生の頃から同じ学校だったが、今では横を少し通り過ぎるだけでも睨みつけて逃げられるくらいだ。まだ中学に上がってすぐくらいの時はそんなことも無かったはずなんだが……



 絡まれるのも面倒だし、このまま寝たふりでもしてやり過ごすか……と思い、背もたれの方に身体を向ける。



「あれ? あそこで寝転んでるのって佐野さの君じゃない?」



 誰かが寝ている俺に気がついたらしく、俺の名前を呼ぶ声が聴こえてきた。この声は確か同じクラスの志賀さんだったか。藍里とはかなり仲が良く、いつも一緒に喋ってるのはよく見かける。やっぱり、来てたのは藍里達だったんだな……やっぱり、やり過ごして正解だった。



「あいつは本当……相変わらず自堕落なことね。こんなところで寝ても、馬鹿だから風邪引かないのかしら」



 いつも通りというなんというか、寝ている俺に向かって嘲るようにそんなことを言ってきやがった。確かに夜遅くまで起きていることがほとんどなせいで昼休みはいつも教室で寝てることが多いが、別に自堕落って言われるほどじゃ……自堕落ですねこれすみません。でも、成績に関しては俺とお前どっこいどっこいだから、その理論だと藍里も馬鹿になるぞ?



「相変わらずちなみんは素直じゃないなぁ。口ではそう言って、本当はこんなとこで寝ちゃって、風邪引かないか心配なだけなくせに」

「何言ってるの、そんなわけが無いでしょ。どこをどう聞いたらそんな解釈になるわけ?」



 藍里がそう言うと、何故か声の主はその場から移動せずにピタリと止まった。おい待て、よりによって俺の近くで談笑はやめてくれ。起きるに起きれないじゃないか。

 楽しそうに志賀さんは言うが、流石に俺もそこは藍里に同意する。さっきのをどう取ったらそんなふうに聴こえるのかが不思議で仕方がない。



「でも私、知ってるよ? ちなみん、本当は佐野君のことが好きなんでしょ? だって、そうじゃなかったらわざわざ追いかけるように同じ高校に行こうなんて思わなかっただろうし」

「は、はぁ!? そ、そんなわけないじゃん! 別に、あいつのことなんか……私の玩具なだけよ! そう、あいつなんか玩具と一緒なの!」



 志賀さん、言うに事欠いてとんでもないこと言いやがって。ほら、藍里もめちゃくちゃ怒ってるし……ん?追いかけるように?

 何やら藍里からとんでもない罵倒が飛んできたような気もするが、俺は何やら話の雲行きが怪しくなってきたことに少し困惑しながらも気付いていた。



「ふぅん……じゃあ、佐野君は私がもらってもいい?」

「え?」



 藍里から気が抜けた驚きの声が漏れる。ちょっと待て志賀さん、それは一体どういうことでしょうか??



「だって佐野君、確かに一見すると髪の毛ぼさぼさで顔も隠れてるし眼鏡だけど、よく見たら可愛らしい顔だしね。多分、本人の性格的にわざと隠してるんだと思うんだけど。それに成績だっていいし運動神経も悪くなくて、人当たりだっていいから。私、佐野君は結構優良物件だと思ってるんだよね」

「それは……」



 ……志賀さん、割とよく見てるんだな。俺の顔うんぬんは置いといて、確かに、俺の今の姿は目がほとんど隠れるくらいに前髪を伸ばしてるし、その前髪が目に入らないようにと伊達ではあるが黒縁のオシャレ性皆無な眼鏡もかけてるからお世辞にもいいとは言えない。これは中学の頃に変にちやほやされて面倒なことがあったからわざと隠すようになったんだが、中学は別の学校だった志賀さんは知らないと思うんだが。



「だ、ダメ! 佐野君は私の玩具だから……」

「流石に、玩具呼ばわりは可哀想だと思うよ? それとも、ちなみんに佐野君は何かやったの?」

「や、やってないけど……」



 お、おお。いつもは強気な藍里が今日はタジダシだ。流石は藍里の親友と言ったところか……いいぞ、もっと言ってくれ。


 

「それに、別に私が佐野君に告白しちゃっても、別にちなみんに止められる義理もないよね? 佐野君とちなみんってほら、犬猿の仲だし? 好き合ってるわけでもないんだから。だって、別にちなみんは佐野君のことが好きでもないもんね?」



 おい志賀さん、なんでそこの話を掘り返したよ。そんな 話、言われずとも有り得ないに決まって…… 



「す、好きに決まってるじゃない!」



 る……?

 は?



「私はあいつが……佐野が好きなのよ! だって、その為にこの高校に来たんだもん! でも、佐野の前じゃ素直になれなくて、つい意地を張っちゃって……何か悪い!?」



 待て……待て待て待て待て!?

 え、何? 告白? よりによって、こんなタイミングで? 絶対これ、寝たふりなんかじゃ聞いてはいけない話だったよな!?

 人生最大級の衝撃に思考を働かせられないでいる俺を放置して、2人はどんどん話を進めていく。



「うんうん、よく言えました。でも、あんまり叫ばない方がいいよ? その、誰が聞いてるかも分からないから、ね? それに、佐野君だって起きちゃうかもしれないし」

「あっ」



 藍里は多分だけど本人がここに居るのをすっかり忘れてヒートアップしていたんだろう。焦ったような声をあげる。

 すまない志賀さん。起きちゃうも何も、最初からがっつり起きてます。なんなら、今の藍里のセルフ告白だって夢にしたいくらいには意識もはっきりしてます。

 くそ、まじで夢であってくれればよかったのに……



「ほら、行こ? こんなとこで喋ってたら、いつ佐野君が起きてくるかも分からないよ?」

「う、うん……」



 いやだから、もう起きてるんだってば。今頃顔が真っ赤になってるのが想像出来るくらい恥ずかしそうに藍里が頷くと、ようやく2人はこの場から立ち去った。声が聴こえなくなってから数分待ち、俺は身体を仰向けに動かす。

 さっきまであれ程眠かったというのに、いつの間にか眠気は完全に飛んでいた。



「あー、くそ。もう寝れないじゃんこれ……」



 不思議と火照る顔といつもより拍動する心臓を誤魔化すように愚痴るが、今は俺一人しか居ない。

 結局、昼休みが終わるまで俺は一睡も取ることは出来なかった。

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寝たふりをしていたら、何故か告白されていました 香月燈火 @Aoi_hibi_Mikami

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