第16話 グルメなティア婆(最高の食材の島へ)☆☆

「く、苦しい。離して……」

「いーや離さぬぞ。何百年待っていたと思うのだ。今度こそ絶対に逃がさぬ。油断すると、またすぐ何処かへ行ってしまいそうじゃからな」

「いきなり力まかせに抱きついてくるとか、訳わかんないってぇ」

「あのサンドイッチは間違いなくルシフェルの味じゃ。やっと、!」


 えっ、ここは「ただいまー」とか言うべきなのか?

 でもそうすると、この過激な抱擁ほうよう攻撃以上に、もっと悲惨なことになりそうな気が……


「おいゼブルよ、吾輩は聞きたいのである。この展開はお前の予想にはあったのか」

「当然です」

「ほう、魔王様が泣きだして、一緒にサンドイッチを食べて、しまいには自分から勇者に抱きつくと? 吾輩が思うに、いかにも貴様、怪しいのである」

「むむむ、そう言われると、さすがに、『号泣』『サンドイッチ』『突然の抱きつき攻撃』の3連コンボまでは考えが及んでいませんでしたが」

「だったら全く予想など出来ていないではないか! 吾輩ここは怒るべきではないのか?」

「いえいえ、大方は全て想定内ですとも。まず派手な喧嘩けんか、仲直り、そして以前よりも更に強いきずなが結ばれる、これこそ旧文化のすいが生み出した一子相伝の秘奥義、『雨降って地固まる』の術でございます。もしかして、バベルさんは御存知ありませんでしたかな?」

「かーっ、相変わらず口の減らぬ奴である」

「最後は夕陽の射す浜辺を、それまでの一切を見守っていた我々も一緒に走る、そんな『しちゅえーしょん』ならば、もっと『めでたしめでたし』、『はっぴいえんど』だったのですが、まあ、そこまでの贅沢ぜいたくは言えませんからな」

「「…………」」


 くそーっ、呑気のんきな会話をしやがって!

 それに、「雨降って地固まる」の術とか、どこかで聞いたようなことを!


(…………)


 こっちは何だか知らないけど、突然とんでもない力で抱きしめられて、それどころじゃないっていうのに。


(諦めろ。ガイアの剛力に捕まってしまったのだ。逃げる事はかなわぬぞ。落ち着くまでしばらくは物理耐性を上げて我慢するしかないであろうよ)


 あ、背中からメキメキと、決して人体から鳴ってはならない音が。

 う、うら若い身空みそらで、マダ死ニタクナイ……


「瞬間転移で逃げればいーだろうに」

「ワタシは確信した。アスラはやっぱり、とびっきりのバカ」



 気の遠くなりそうな数分間、ひょっとするともっと長い時間が過ぎて、やっとガイアさんが少し落ち着き、手を放してくれた。

 ふぅ、なんとか死なずにすんだ。

 すると今度は私の両肩をつかんで、激しく揺すりながら言う。


「まさか妾のことを覚えておらぬのか? 記憶を失っておるのか?」


 覚えているも何も、今日が初対面でしょうに。

 私はたぶんキョトンとしたような、もしかすると少し迷惑そうな顔をしていたんだと思う。

 目の前の彼女の顔がどんどん不安そうな、またもや泣き出しそうな表情になった。

 これはマズイ。すぐさま何とかしなくては。

 こういう時は無言は最悪だ。

 とりあえず話を続けるのだ、うん。


「え、ええと、まだよく事態が把握はあくできてなくて」

「それはどういう意味じゃ? やはり、このガイアのことを……」

「ガイア様」


 執事――――っ! 今度は良くやった!

 絶妙のタイミング。ナイスセービング。

 少し見直したぞ。


「勇者様はまだ覚醒しておられぬ御様子なのです」

「ルシフェルが戻って来てはおらぬと言うのか?」

「いいえ、申し上げてきた通り、ルシフェル様がアスラ様の中に居られるのは間違いありません。ただ、その人格が表面化してはおられないのでしょう。ルシフェル様の完全なる御帰還には今少し時間がかかるかと」


 だ・か・ら! そのルシフェルがまず訳わかんないの。

 戻る? 人格が表面化?

 いったい何のこと。


(ここまでにぶいとは)


 だいたいルシフェルとかゼブルとかバベルとか、「ル」の付く名前が多すぎる。

 ん? ルシフェルって、やっぱり人の名前なんだ。

 ファラフェだったら「あらぶ」の料理の名前だけど。

 あ、そうだ、料理と言えば、すっかり忘れてた。


「ガイアさん」

「ん、何じゃ? ルシフェル、ではなくて今は確か『アスラ』だったか」

「今日の料理、トマトのミルフィーユは凄く美味しかったですよ」

「本当か!」


 まあ、この時のガイアさんの嬉しそうだったこと。

 不安そうな顔だったのが一瞬で華やかに、花が開いたみたいになった。

 私だってめるところはちゃんと褒めるのだ。

 そうしておかないと気持ちが悪い。


「そうか、やはりそう思うか!」

「はい。トマトもチーズも今まで味わった中で最高のものでした」

「うんうん。分かる者には分かるのじゃな」

「それからフルーツも、大振りで色が綺麗で、味も素敵でした」

「そうであろう。あれはある所から分けてもらった特別の品なのじゃ」


 と、ここでガイアさんは急に思い立ったのだろう、執事さんに、


「よし、妾は今からの所に行って来る。この者たちも一緒じゃ。ゼブルは留守を頼んだぞ」

かしこまりました。ですが、転移のための魔法陣はこの有様ありさまでは使えません。いかが致しましょう?」


 まあね、二人でやらかしちゃったからね。

 魔王城崩壊。だったら魔法陣も跡形もないよね。


「問題ない。先方の座標は承知しておる。距離は多少あるが、この人数に合わせた小さなものなら構築も瞬時に終わるし、必要な魔力も微小じゃ」


 言い終わると同時にガイアさんの両手がほのかに光り、クレーターの地面に彼女を中心に、手と同色の光の紋様が描かれた魔法陣が現れる。


「さあ、参れ」


 招かれて陣の中へと進む。

 すると、黒猫ちゃんがついて来る。


「え、一緒に行くの?」

「当たり前である。魔王様の居られる所、必ず吾輩、バベルありなのだ。そうでなければ、緊急の連絡や魔王様に危険が及んだ時にどうする。お役に立つ事も、お守りする事も出来ないではないか」

「守るぅ? 猫ちゃんがぁ?」

「何だ、その疑いの目は。それに『猫ちゃん』ではない。何度言ったら覚えるのだ。従魔筆頭のバベルである。やはり頭が少し弱……」

「行くぞ!」


 ガイアさんの言葉と同時に、身体がわずかに浮き、私たちは暖色の光に包まれて…………


(ティア婆か、久し振りで少しは懐かしくはあるが)



 ………… そして、光が薄れると


!」

「違うのである。ここは魔王城より更に遠く北方に位置する絶海の孤島である」

「じゃあ、この陽気はいったい?」

「大規模に気候を操る魔法はティアばあ様の最も得意とするところである」


 言われてみれば遠くに見える海の青が深く濃い。

 いつか旅の途中に見た南の海の色とは全く違う。難破船が何隻も海底に沈んでるって言われても誰も驚かなさそうな暗い色だ。

 空も、この島の近辺以外は重い雲が垂れ込め、凍えそうな嵐でも吹き荒れてるみたい。

 でも、島だけ見れば全く楽園の風景。

 少し肌に痛いぐらいの強い日光が射してるけど、空気は湿度が低くって、気持ちのいい微風が吹いている。

 大きな果樹園が幾つもあって、そこで働いている人の数も多い。

 ガイアさんが教えてくれる。


「あれがティア婆自慢の果樹園じゃ。数も多いが、そこで育てている果物の種類もそれぞれ違う。島全体や周囲の気候を大きく操るだけではなく、場所ごとに細かく気温や雨の量を変化させて、様々な果物に最適の環境を恒久的に作り出しておるのじゃ。ティア婆にしかできぬ芸当じゃな」


 ふーん、大規模なだけじゃなくて、そんな難しい複雑なこともできるなんて、ティア婆って魔力も技術も凄い人なんだな。


(お前の「どっかーん」とは大分違うであろう)


 まあね。でも私は(美)少女で、相手は「婆」って言うぐらいだから。

 歳だけじゃなくて経験も全く違うのは当たり前だよ。

 私の場合は今後の成長に期待ってことで。


(ふん、なかなか言うようになったではないか)


 少し先に、左右に広く羽を広げたような形の居館が見える。

 驚いたことに全体が金色だ。

 迫力にちょっと見とれた。

 そこに向かう道を歩きながら、いろいろと話を聞いた。


「果樹園だけじゃなくて、畑も立派っすね」(モヒカン氏・談)

「その通り。世話の行き届いた広大な畑であろうが。作物の種類も多種多様だが、特に見事なのはレタスなどサラダ用の野菜じゃな」

「ワタシは不思議に思う。それで何でサラダはあんなことになったのか?」(メガネ嬢・談)

「それはこ奴のせいじゃ」


 これを聞くと、猫ちゃんは咄嗟とっさに斜め上を向いて口笛を吹きだした。

 ぷぷぷ、猫が口笛とか、笑える。

 古代文化の時代なら「すまほ」で動画を取って、「いんすた」に「あっぷ」したいぐらいだ。

 きっと相当の数の「いいね!」がつくだろう。


「従魔の筆頭、つまり管理者の癖に、配下の虫型の魔物の監督が杜撰ずさんだったのじゃ。妾が気付いた時は貯蔵庫の葉野菜の大半が、キャタピラー、つまり大芋虫の魔物じゃが、そいつらに既に食い荒らされておったわ」


 げっ! 芋虫の魔物とか、できればお目にかかりたくない。


「もう一度ティア婆に頼むのもバツが悪いので、慌てて仕方なく、街で青果をあきなっている者に命じたらあのザマよ。キャタピラーも商人も、勿論もちろんバベルも後ほど月に代わってオシオキじゃ」


 「月に代わって」って、この場合いらないんじゃね?

 でも気になる。魔王城に納入する野菜がアレとは。

 街で売ってた食材も大抵は鮮度に問題があったし、流通過程に大幅な改善の余地がありそうだ。


「トマトと果物は別の貯蔵庫に入れてあったので無事だったのじゃ。おお、そう言えば、ティア婆はトマトは何やら特別の育て方をしているらしいぞ。確か、原産地の気候を再現したとか言っておったな。後で聞くと良い」


 よーし楽しみだ。絶対に聞き出すぞ。


「それからチーズじゃが、ここから見て居館の反対側に牧場があって、そこで作るバターもチーズも、これがまた……」


 その居館が遠目ではわからなかったけど、近づいてみると


 


 魔王城もさすがだったけど、その数倍は楽にある大きさだ。

 煉瓦れんがの一つ一つが金色のうろこみたいで、建物全体はまるで今から飛び立とうとしているドラゴンの威容。

 正面真ん中が大木以上の高さのある巨大なアーチ形の玄関になっている。


「ティア婆、ガイアじゃ。めずらしい客人を連れてきたぞ」


「おお、ガイアか。久し振りじゃなあ」


 そこら一帯に響くような大きな声が聞こえ、続いて、、とゆっくりとした足音がして、その一歩ごとに地面が激しく振動する。


 なんだか凄いものが見れそう。ワクワクしてきたぞ。




・・・・・・・・・ ◇◇◇・・・・・・・・・




 ティア婆の正体は、いったい?

 もう予想がついてる読者さんも多いかも。

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