眠れない夜に
バネロ
第1話
いつ雨が降り出してもおかしくない鈍色の曇天の下、クリーム色の傘を片手にぶら下げながら彼女は歩いていた。
私はそれを数メートル離れたところから見ている。
見張っていたわけではない。
たまたま彼女が家の前を通り過ぎたのだ。
正直どうでもいい存在。
ただ、何となく妙だな、と思った。
彼女は高校の同級生。
登下校が一緒になったことは一度もない。
それもそのはず、うちの近所は市街地から離れた森の中で、辺りには3軒ほどしか家がない。
こんなところに、何しにきたんだ?
そんな疑問が自然と浮かんだ。
一瞬、自分に用事でもあるのかと思ったが、そんなことが有り得ないくらい縁もない。
そうこうしているうちに、彼女は森の奥の方へ消えていった。
私は、少し心配になったものの、すぐに忘れて読みかけの本に目を落とした。
その夜、高校から電話があった。
彼女が行方不明になったのだ、と。
私が今日見かけたことを伝えると、うちの周りはすぐに大騒ぎになった。
警察や地元民の捜索隊、高校の同級生や先生たちが森を練り歩き、大声を出して彼女を捜索した。
私も、それに参加した。
最後の目撃者としての責任を感じてもいた。
自分が見つけなきゃいけないような気さえしていたのだ。
そして、彼女は発見された。
雨に濡れたせいか、ひどく衰弱した様子で、木のウロの中にうずくまって震えていた。
荷物は何も持っていなかった。
私は見つけた瞬間、つい、
「大丈夫?傘、傘はどうしたの?」
と言ってしまった。
なぜ濡れているのにささないのか、という意味で言ったのだが、彼女はひどく驚いた顔で、私に言った。
「傘なんて、持ってきてないよ……。」
その瞬間、別の誰かの視線を感じたような気がして、背筋が凍りついた。
自分が見た彼女は誰だったのか。
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