壊れた世界の治し方
@Yuzu0609
第1話
再び、この世界に小さな歪みが出来た。瞬く間に、歪んで捻れて壊れていく。私はそれを眺めていた。何もできずに、ただただ眺めていた。歪みが出来た原因は、たった一つのピーナッツ。彼が好んで食べるピーナッツは、拾えと言わんばかりの眼差しで私を見つめている。私は彼に怒りを込めて尋ねてみた。
「いつ、拾うの?」
絞り出した声は震えながら宙に舞う。彼は、震えた空気を避けるように、そっけなく答える。
「何を?」
震えた空気が辿り着く頃にはもう、私の心は決まっていた。私は静かに言葉を落とす。
「別れよう。」
彼は落ちた言葉もピーナッツも、拾うことなく背を向ける。
しばらく空気が固まって、沈黙の時が流れる。聴こえてくるのは雨の音。パラパラ細かい雨音は、次第に野太く絶え間なく、ザァザァバラバラバキバキ鳴り始める。大雨の予報ではあったが、これほどまで強いとは思ってもいなかった。私は、洗濯物を干したままだが、取り込まずに出て行こうかと思い始める。天気は私の心を表現したかのように、暗く澱んだ空のまま、一筋の光も見えていない。
分厚い雲が風に吹かれ、のそのそと動き出したとき、彼がそっと重たい口を開いた。
「後悔しない?」
未練ったらしい男だと思いながら、強く頷いた。強く頷いたつもりだった。しかし身体は『後悔』の言葉に対して、反射的に震える。頭の中で、思い出が映画のように流れては、ボヤボヤっと消えていく。たった3年の付き合いだが、思い出は軽く10年分、いやそれ以上にもなると思う。でもそれは思い出でしかない。思い出は過去に残ったまま、所詮色褪せていく記憶であると思う。日に焼けないように、埃を被らないように、大切に大切に保存している思い出は色褪せることはないのかもしれない。私たちの思い出は、過去に放置され、振り返る事なく、汚れて破れ、細かく散っていくのだろう。いつか無くなる思い出なら、今ここで捨ててしまおう。震えを無理やり捻じ伏せて、私は笑顔で吐き捨てる。
「ぜぇーんぜん。まーったく後悔しないよ」
彼に背を向けた途端、目が湿っていくのを感じた。
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