掃き溜め【曇り空と晴れない心】
七氏野(nanashino)
曇り空と晴れない心【ショート3作】
空回り
別にお腹が空いているわけじゃなかった。けれど、自分の中にある葛藤や、苛立ちを抑え込むためにはこれしかないだろうと、僕は半ば自暴自棄になりつつ駅前で買った冷えた弁当を胃袋にかきこむ。
今日、彼女と別れた。
理由なんて聞かなくてもわかっている。いつもそうなのだから。やっぱり友達がいいや。その言葉はとっくに聞き飽きていた。
自分の積み上げてきた時間、思い、それらを彼女はなし崩しにして消え去った。
納得しがたい結末は、今の僕をまた苦しめて、弁当を流し込むスピードだけを速めさせた。
苦しい、辛い。心身ともにそう感じて、逃げ込むようにコップ片手に水道の方へと駆け寄った。流し込んだ水は、生温く喉につっかえた。
そんなことをしているうちに、慌ただしいバイブレーションが響く。携帯を開いて確認すると、友人の名前が表示されていた。
「聞いたぞ」
第一声はそれだった。それだけで彼の優しさを知るには十分だったし、さらにそれだけで、僕の胸を締めつけるには事足りるものだった。
友人は、僕の愚痴を一から十まで聴き入ってくれた。時折相槌を打ちながら、同意をしながら。そんな会話が心地よく、何から何まで感情を吐き出してしまう。
「俺さ、お前の気持ちもわかるぜ」
友人は唐突に告げた。
「でもさ、やっぱり恋愛関係って持ちつ持たれつだろ。彼女がお前のことを友達がいいって言ったってことは、お前にも至らないところがあったんじゃないか」
そうだな、そんな言葉で返した気がする。ただその言葉に嘘はなく、僕自身に何か駄目だったところがあったということは、僕にだってわかってはいた。
けれど、僕にとっての問題の本質は別にあって、それは友人とは相容れない、思考の深い溝がそこにはある。だから、僕は言っても無駄だとその思いを封じ込めた。
友人との長電話を切って、部屋という空間に人気が消えると、僕はそっと溜息を吐いた。
毎回そうだ。友達がいい。その言葉で僕の一方通行の恋は終わっていく。愛だのと言う前に、遮られる。
そこでまた、僕は無意味な問いかけをしてしまうのだ。
僕って一体何なんだ。
誰が僕を必要としているのか。僕の僕にしかない魅力って。僕は今まで何かに誰かに果たして影響を与えられていたのか。僕は何が秀でているのか。誰が僕を大切に思ってくれているのか。
考えればきりがない。言ってしまえばすべてがマイナスの、陰湿な疑問。それらが自分の思考をまわりまわって、加速していく。友達に聞いても、ネットに問いかけても、答えなんて出ない。意味なんてない問い。そんなことに無駄に時間を費やすことに、僕は没頭していくのだ。
苦しい、辛い。また自分で自分を悩ませて、必要以上に追い込んで、やがて果てる。そんなことの繰り返しで、僕の人生は構築されているのだろう。
いつもそこで、一旦は堂々巡りが終わる。いや、終わらせると言った方が正しいのかもしれない。こんなことで神経を擦り減らしていても仕方がない、そんなことは僕自身、一番わかっているのだから。
立ち上がって、離れた場所にあるラジカセに手を伸ばす。いつも決まったCDが入っている。慣れた手つきで、お気に入りの番号にした。
流れ出る音楽は、どうしようもなく情けない男の叫びが綴られている。それが心地よいメロディーに溶け込んで、僕の癒しになる。
これはきっと、変わらない僕の悪癖なのだろう。いつまでも無意味で答えなんて出ない問いかけに、神経を使う。そして疲れ切ったところで、現実逃避するかのごとく、またいつもの同じ曲を聴き出すのだ。また近い未来にあるであろう、同じような問い。僕はそんなものを見ないようにして、そっと今の問いを切り捨てる。空回りしていく自分を、強引に抑え込む。
それはきっと、僕が自分というものを保つための、自己防衛なのだ。
窓越しに、夕日が沈んでいくのが見える。景色はどんどん暗闇に染まっていく。僕はそれに抗うようにして、気分を高揚させるのだ。
そしてきっと、明日朝日が昇るころには、僕はまたつまらない葛藤を繰り返し、意味のない後悔を続けていく。そんな人生に、僕はきっと没頭していく。
僕の空回りは、きっと、まだまだ長引く。
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