田原総一朗の死の年

秋野てくと

第1話「ファウンド・フッテージ」

 テレビ局の試写室に二人の男が居合わせた。

「初めまして。テレビ東京・映像ディレクターの阿蘭あらんです。今日はご多忙のところ、わざわざお越しいただき感謝しております」

「田原です。よろしく」

 男たちはがっしりと握手を交わした。力強い握手だ、と阿蘭あらんは感じた。とても90歳近い老体のものとは思えない。その顔貌には山の稜線のように深いしわが刻まれている。温和に垂れた目じりは一見して好好爺こうこうやの印象を与えるが、ひとみに宿る眼光は鋭かった。このひとみの持ち主には覚えがある。テレビマンである阿蘭あらんは、これまで何度も彼らと接してきた。それは報道という現場の最前線に生き続けてきた者たち――ジャーナリストと呼ばれる人種である。彼らこそは政治・犯罪・醜聞――人が好奇を抱くあらゆる対象を、人々が望むままに群がり狙う猛禽類。魔窟の住人だ。


「『田原総一朗の遺言』の節には前任者がお世話になりました。あれから田原さんの作品はうちの局の若いものの中でちょっとしたブームになったんですよ。倉庫に眠っている60本あまりのテープたち――田原さんがテレビ東京のディレクター時代に撮影した一連のドキュメンタリーです。どれも時代を象徴する貴重な資料でした」

「ああ、それは違う。時代といってもね、あれは当時も問題になったんですよ。当時のテレビ東京は開局したばかりの、東京12チャンネルといって、言ってみれば主流からは外れた番外地。テレビ番外地です。そんな中でも僕は好き放題にやらせてもらった。数字(視聴率)は取れてたし、そのうえで僕は同期の中でも出世とは無縁の立場にいた! だからこそ許された。許された、というのも変な話です。結局は会社を辞めるか! と言われて、ええ、それなら辞めてやりますよという話になったわけだから」

 今日こんにちでは『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』といった政治討論番組の司会・ジャーナリストとして知られる田原総一朗だが、彼の原点はディレクター時代に製作した数多あまたのドキュメンタリーにあった。「僕は土俵をつくるだけだ、そのうえでどう相撲を取るかは任せる」と公言し、いわゆる制作側の仕込み・やらせといったいかがわしさを肯定した田原ドキュメンタリーは、全共闘(全学共闘会議)・永山則夫連続射殺事件・ポルノ女優といった当時のタブーにも鋭く切り込んでいく作風と、被写体を徹底的に追いつめて本音を引き出すという過激さから、後発の和製ドキュメンタリーに強い影響を与えることになった。そして今からさかのぼること2010年、テレビ東京の倉庫から発掘された田原ドキュメンタリーは特別番組『田原総一朗の遺言』として放送されることになったのだ。

「『田原総一朗の遺言』というのも刺激的なタイトルでしたね」

「僕は人生は80年だと思ってたんだ。この年になるまで生きてるなんて思ってもみなかった」

「そうだ! 田原さん、寿おめでとうございます」

「喜寿じゃない。米寿、88歳。喜寿は77歳だろ」

「あっ、失礼しました……」

「あの番組をやったときには、もう何年もしたら死ぬんだと思ったら、遺言でも遺さんとやってられないと思った。それがこうして生きてる。こうなったら番組も本も死ぬまでは書いてやるぞ、やってやるぞと思った。水道橋(博士)には、未だに会うたびにいつ死ぬんですか、遺言書いたでしょ、なんて言われるけど」

「水道橋博士は『田原総一朗の遺言』の司会をされていましたからね(笑)」


 なごやかな雰囲気になったところで阿蘭あらんは本題を切り出した。

「それでですね。今日、わざわざ田原さんにご足労いただいたのは、実はこれまで見つからなかった田原ドキュメンタリーのテープが倉庫で発見されたからなんですよ」

「そういう話だったな。でもわざわざ僕が観なきゃいけないものかね」

「内容が内容なんです。正直なところ、こんなものが実在したと信じられないという思いが強い。そこで田原さん自身に確認していただこうと」


 2016年――テレビ東京・BSジャパンは、1985年より30年間のあいだ拠点としていた港区・虎ノ門から、港区・六本木へと本社を移転した。これから阿蘭あらんが田原に見せるビデオテープは、その移転作業のなかで倉庫から発見されたものだという。


「田原総一朗・1975年作品。テーマは――『天皇論』です」


 

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