真夜中には甘くあまく

熊坂藤茉

月明かりとホットチョコ

 マグカップの中でほこほこと温まったミルクの中へ、ぽちゃりぽちゃりとチョコレートの粒を落していく。ビターな味わいのチョコレートが沈んだそこへスプーンを立て、静かにくるくると掻き混ぜた。きちんと二人分用意することも忘れていない。


「……うん、ちゃんと溶けてますね」


 綺麗に混ざったのを確認すると、片方へはラムを数滴。もう一方はストロベリージャムを一匙。どちらも好きな味だから、迷うようなら半分ずつでいいでしょう。そんな風に考えながら、盆の上へとマグカップを載せ、そっと寝室へと足を運ぶ。


 時刻は深夜25時。真夜中の飲食は健康的とは言えないけれど、少しくらいなら可愛いモノだ。


「んみゅ……」

「お待たせしました――ああ、大分眠そうですね」

 ぼんやりとした表情を浮かべながら、寝室のベッドで身体を起こしている恋人へと声を掛ける。起き上がりはしたものの、随分と睡魔に口説かれてるようだ。

「んー……おいしいにおいがしますよー……」

 眠たい目をこすりながらこちらへと顔を向ける姿が、酷く愛らしくて愛おしい。とはいえ寝乱れてがばがばになったままの寝間着から見える肌が、大変に目の毒だ。

「ホットチョコレートを作って来たんですが、ラムとストロベリーは」

 盆をベッドサイドのチェストへと置いて、大変涼しげな状態になっていた胸元を整えてやれば、身じろぎしつつも素直に衣服の乱れを直させてくれる。恥じらいと若干の憤懣を含んで伏せられたその視線すらも、今の自分にとっては御褒美のようなものだった。

「……すとろべりーちょっとのんだららむ……」

「はい、どうぞ」

 衣服を整え終わった所で、ストロベリージャム入りのホットチョコレートを差し出す。そっと受け取り、ふうふうと冷まして嚥下していくその所作。ベッド横の窓から差す月明かりに美しく照らされるそれに、尊いモノを見つめるような視線を向け続けた。

「……おいし。らむもいいです?」

「ええ、そしたらストロベリーはもらいますね」

 マグカップを交換して口に運べば、ストロベリージャム特有の甘みと酸味にチョコレートとミルクの柔らかさが調和して、ほわりと心が温かくなる。

「ふふ、らむおいし……」

 先程以上にとろんとした表情を浮かべる恋人は、こくこくと中身を飲み干していく。

「一気飲みはよくありませんよ」

 ぷに、と頬をつついてやると、くすぐったそうに身じろぎした。ああ、こんな些細な仕草が可愛らしくて仕方がない。


 自分もマグカップを飲み干して、空になったそれを両方共ベッドサイドの方へと置いてやる。そろそろあちらも睡魔の限界だろう。明日は休みではあるけれど、時間も時間なのだから、そろそろ改めて床に就いて――そう思っていた時だった。


「あのね……」

 ベッドに横になった恋人が、こちらの袖をきゅ、と小さく引いている。少し迷いを含んだそれに、どうしただろうと視線を向ければ、小さな声が唇からこぼれてゆく。

「からだおこしてたらね、さむく、なっちゃった」

「そう、ですか?」

 今し方ホットチョコレートを飲んだばかりだし、そもそもその前は〝二人でぽかぽかとあたたまっていた〟のだから、飲み干してからの時間を考えたとしても寒くなるとは考えにくい。

「よるはほら、ひえるし……」

「まあ……確かに……?」

 互いにどことなく歯切れが悪いという感覚はある。そんな真夜中特有のしん、とした。けれども耳の奥で静かに、確かに震える空気の音と共に、その言葉を聞き取った。


「だから……あったかくして、ほしいな」


 再び引かれる袖。幾度となく聞き続けている、己が恋に落ちる音がした。

「……いやあ、うん。翌日休みで余裕がある真夜中とはいえ、真夜中なので」

「んぅ……?」

「寝かし付けでなく〝おかわり〟を頼まれるのは予想していなかったんですよ。ほら、あなたはあんまりおねだりしな、こらこら人の腕に爪を立てない立てない」

「ばかー……」

「ええ、恋人馬鹿ですよ」

 ぷくりと頬を膨らませる様子に苦笑しながら、リップ音と共に口付けを落とす。

「でもまあ、確かにそうですね」

 既に真夜中ではあるが、そもそも夜は長いのだ。どうせ寝坊するのなら、この優しい月明かりを楽しんでからでも構わないだろう。


「あたたかい夜に、しましょうね」


 愛しくて優しい、あたたかな真夜中を、君と共に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中には甘くあまく 熊坂藤茉 @tohma_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ