上半身はギャル、下半身は魚の人魚が家にいます。

星来 香文子

人魚姫ちゃん(888歳)


 落ち着いて聞いて欲しい。

 信じてもらえないとは思うが、今、俺の部屋には御年888歳の化け物がいる。

 いや、化け物といっても、気持ちが悪いとか、そういうんじゃぁなくて、人魚だ。

 上半身はそうだな、中学生か高校生くらいのピチピチのギャルなんだけど、下半身が完全に魚のそれなんだ。


 それが、今、俺の部屋のバスタブに浸かりながら、焼き鳥を両手に持って、塩とタレを交互に口に入れている。


「うむ、やはり焼き鳥を食べるのにはこの二刀流が一番だなぁ。もう一つ手があれば、酒も飲めるのだが…………そうだ、猫の手を借りよう。おーい、猫又」

「はい、なんでしょう姫様」

「酒を持ってここに座れ」


 ああ、言い忘れていたが、尻尾が二本ある猫又って白い化け猫もいる。

 猫又はこの人魚の付き人、というか猫マネージャーだ。

 そもそも、この化け物どもが俺の部屋に住み着くようになったのは、全部こいつのせい。


「ぷふぁぁ!! やはり、酒はうまいなぁ……800年以上経っても変わらぬ! いや、むしろ色々と改良されて今の方が断然うまいか!! はっはっは!」


 猫又が人魚の口に酒を運び、人魚は本当に美味しそうに勝手に人の家でくつろいでいる。


「おい、人間! お前もボーとしていないで、どうだ? 一緒に入って飲まないか? どうせ今日も、大して面白くもない漫才で客をすべらせてきたのだろう?」

「勝手に決めないでくれ! すべってなどいない!!」

「姫様、そもそもこの男のお笑いライブは人気が全くありません。漫才を見に来る客さえおりませんよ」

「あぁ、そうだったな!! はははは!!」

「うるさい!! いいからさっさと出て行けよ、化け物が!!」

「姫様に向かって、化け物とは失礼な!! こんなにお綺麗な方に、なんてことを!!」


 そう、猫又の言う通り、確かに人魚はめちゃくちゃ綺麗だ。

 そしてかわいい。

 そんなことは知っている。

 お笑い芸人のしながら、焼き鳥屋でバイトをしている俺はこの人魚が人魚だと知らずに、推していたのだから。

 という名前でアイドルとして活躍していたこの人魚を。


 ある日俺は急にバイトのシフトが変わって、楽しみにしていた新曲の『私だけのヒーロー』リリース記念ライブに参加できなくなって……

 それでも姫ちゃんがいた場所に行きたくて、推し活の一環で真夜中ではあったがライブ会場まで行った俺は、偶然見てしまった。

 姫ちゃんが人間の姿から人魚に戻り、マネージャーだった男が尻に2本の尻尾を生やしている姿を。


 死にたくなければ、家に泊めろと猫又におどされて、もう1ヶ月経つが、こいつらが出て行く気配はまるでない。

 1Kのアパートで広いとは言えないこの部屋に、どうしてこんなにも居座っているのか、全然わからなかった。

 それに、この化け物と出会ってから、どうも第六感ってやつが目覚めてしまったようで、今まで見えなかった変なものが見えるような体にもなってしまったし……

 本当に迷惑だった。


 テレビで事故物件でロケをさせられた時なんて、俺一人見えすぎて、何度失神しそうになったことか。

 本当に見えているのに、リアクションがでかすぎてわざとらしいにもほどがあるって怒られたんだぞ。

 俺は本当に怖かったのに!!


「まったく、猫又の言う通りだぞ? 私はこんなに美人で、可愛くて、スタイルだって抜群だろう? ほら、Gカップだぞ?」

「……どんなにでかかろうと、そんな恥じらいもなく見せられたらなんとも思わねーよ!! 人間をなめるな」

「チッ! とにかくだ、私はまだこの家から出て行くつもりはないぞ」

「だから、なんでなんだよ!!?」


 本当にそろそろ出ていって欲しい。

 死にたくはないが、毎日毎日このわがままな人魚に付き合わされて大変なんだ。


「それは……今は言えないと言っているだろ? 一緒に飲まないなら、さっさと布団に入って寝ろ! 酒が不味くなるだろう? 私は今日も朝まで飲むぞ?」


 毎回これだ。

 結局、なぜここにいるのか、なぜ出ていかないのか理由を聞いても答えてはくれない。


「この酒乱人魚めっ!!」


 俺はおもいっきり浴室のドアを閉めて、電気を消してやった。


「おーいこら!! 消すな!!」


 そう叫んでいたが、もう知らない。

 猫又につけてもらえ。


 そう思って、寝る前にテレビでも見ようかとあの人魚がどこか適当なところに置いたであろうリモコンを探していると、前に見慣れないノートがローテーブルの下に落ちているのを見つける。


「……日記?」


 手にとってみると、表紙には『姫の日記2022』と書かれていた。


「そういえば、なんかコソコソ隠しているの見たことあるな……」


 日記なんて書いていたのか、888歳がマメだな……

 一体何冊目になるんだろう?と、思いながらパラパラとページをめくってみる。


『3月1日/やばい、やばい、ついに出会ってしまった! あの人の生まれ変わりだ!! どうしよう、好き』


 ん?


『3月3日/やっば!! やっぱりあの人だ!! もうまじで確信しちゃった!! 800年ぶりじゃん!! やばばば』


 んんん?


『3月16日/もう、なんども誘惑してるのに、全然通用しない。なんで? 私って魅力ない? こんなにかわいいのに……やっぱり、人間と人魚じゃダメなのかな?』

『3月18日/素直に言っちゃう? 私がここにいる理由。でもでも、そんな今更恥ずかしい。どうしよう……』

『3月21日/やーもう、どうして、こんなに好きなのに、言えないんだろう……やっぱり猫又の言う通り、寝てる間に襲っちゃう? でもなぁ、私の裸見てもなんの反応もしてないし……』


 んんんんんんんん!!!!?


『3月28日/はぁ、久しぶりの恋すぎて、どうしたらいいか完全にわからなくなっちゃった。やっと会えたのに離れたくないな……800年ぶりの出会いだよ? 別れたくない』


 これは、まさか——……いや、まさかじゃないだろ、確実にこれ……!!



「————やっと見つけたか、この鈍感男め」

「ね、猫又!?」


 読むのに夢中になっていた俺は、猫又が後ろにいることに気がつかなかった。

 猫又はニヤニヤしながら、日記を俺から取り上げて言った。


「姫様はずっと、お前を探しておられたのだ。800年もの間、お前の魂が生まれ変わるのをずっと待っておられた。これでわかっただろう? 姫様がなかなか言い出せないから、わざとわかりやすいところに置いて置いたのに、お前も見つけるのが遅すぎるぞ」


 この猫又、なんて優秀なマネージャーだろう。

 俺は日記を持って、もう一度浴室のドアを開ける。


「こら、人魚!」

「な!! お前、なんでそれを!! 読んだのか!?」


 日記を持っている俺を見て、人魚は真っ赤に顔を染めた。

 やっぱりこれ、マジなんだ。

 おれ、人魚が探していたやつの生まれ変わりってやつなんだ。


「ちゃんと聞いてやるから、どういうことか説明しろ」

「うぅ……わかった」


 最初は口を驚いてパクパクしていたが、人魚は恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに、800年前の出来事を話してくれた。


「あれは800年前……お前の前世は、私の——————……」





 終


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上半身はギャル、下半身は魚の人魚が家にいます。 星来 香文子 @eru_melon

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