【KAC2022】 真夜中に話すのも悪くない

東苑

旅行先だとだいだいすぐに眠れない



 四月。

 高校に入学して間もないある日。

 わたしたちは二泊三日の研修旅行で地元を離れていた。


 旅行初日の夜。

 割り当てられた部屋にて。


 時刻はとっくに零時を回っている……けど。

 ど、どうしよう。

 眠れない。

 わたしは隣で寝ている幼馴染みをちらっと見る。


育美いくみ~、眠れないよ~」


「…………」


「お~い、育美も起きてるでしょ~?」


 わたしは幼馴染み――育美の布団に侵入する。


「もしかして本当に寝てるの?」


「…………なんで私も起きてると思ったの?」


 じーっと見ていたら、耐えかねたかのように育美が口を開く。

 ただ目は閉じたままだ。


「だって育美、小学校のときも中学校のときも旅行の初日はいつもそうだったでしょ? 枕が変わると眠れないって」


「うん、なんかね…………で、いつまで私の布団にいるつもり?」


「わたし、抱き枕がないと眠れないんだよ」


「じゃあ布団でも丸めたら――ひゃっ!? ちょ、ちょっとなに抱きついてるのよ!」


「よいではないか~、よいではないか~」


「よくないわ、アツいわ! こんなことしてたら余計眠れなくなるでしょ!? 早く自分の布団に戻りなさい」


「もう黙って目を閉じてるのも飽きちゃった」


「…………はぁ、しょうがないわね。はい」


 育美がごろんと寝返りを打って背中を見せる。


「背中ならいいよ。ただし変なとこ触ったら……はがす」


「わ~い、育美の身体ってひんやりしてて柔らかくて抱き心地いいんだよね~。極楽、極楽」


「みんなそうでしょ。ってちょっと! 堂々とどこ触ってるのよ!」


「え、太ももだけど? ぷりっとしてて触り心地ヤバいよね」


「私の話聞いてた!?」


「太ももは変なとこじゃないでしょ?」


「聞いてた! いやでもダメ! な、なんか触り方がやらしい!」


「それは育美のこと心の底から大切に思ってるからだ――」


「――ちょっとあなたたち! こんな時間になに騒いでいるの!」


 ぱっと部屋の電気がつく。

 絡み合うわたしと育美を見下ろしていたのは委員長ちゃんだ。

 わたしたちのクラスのまとめ役でよく自主的に生活指導してる面白い

 言い忘れたけどこの部屋は四人一組で使っている。育美と二人きりではないことをすっかり忘れてた。


 とりあえずわたしと育美が仲良しであるとアピールしておこう。育美にべったりくっつく。

 そんなわたしたちを見て、委員長ちゃんはかあっと顔を赤くした。


「あ、あなたたち一体なにして……!?」


「い、委員長さん! 誤解してるわ、あなた!」


「そうそう、ちょっとじゃれ合ってただけだよ、委員長ちゃん」


「いや合ってないから! うららが一方的に、だから! もう、委員長さんに怒られたじゃない!」


「……ねえ、その呼び方やめてもらえる?」


 委員長ちゃんはすっと胸に手を当てる。


「わたしのことはすめらぎ委員長と呼びなさい」


「委員長はいいんだ……ほら、麗、そういうことだから自分の布団に戻りなさい」


「え~。ていうか、すめらぎ委員長ちゃんのほうが大声出してる。不公平だ~」


「それはあなたたちがうるさくしてたからでしょうが!」


「え、私も!? 絡まれただけなのに……」


「あ、あのー……」


 と、遠慮がちに声を出したのはこの四人部屋最後の住人――あやちゃんである。

 文ちゃんはアニメや漫画大好きな文化系女子だ。高校からの付き合いだけど一緒にお昼ごはん食べたり、帰ったりする仲。

 そのはっきりとした口調からどうやら文ちゃんも眠れなかったみたいである。


「リンちゃん、とりあえず電気消さない? さっき近くの部屋が先生に突入されてたみたいだし」


「そうね。先生方に見つかったらたいへんなことになるわ」


 再び部屋が暗くなり、みんな自分の布団に入る。

 そしてすぐに声を出したのは意外にもすめらぎ委員長ちゃんだ。


「……あやさんもまだ起きてたんだ」


「実はずっと麗ちゃんたちの話聞いてたんだ、えへへ。それにいつもこの時間はフィーバータイムだから、眼が冴えて仕方ないよ」


「フィーバー……ああ、それって夜中にやってるアニメのこと? 前に言ってたわね」


「うん! 深夜アニメ!」


「……もしかして文さんがたまに授業中うとうとしてるのってそのせい?」


「あー……その可能性はあるかもしれないね」


「どう考えてもそれしかないでしょうが」


「ていうかリンちゃん、授業中 私のこと見てたんだね」


「た、たまたま視界に入っただけよ!」


 真夜中の顔も見えない中での会話。

 二人の遠慮のないやり取りにもしやと思う。


「もしかして文ちゃんと皇委員長ちゃんってもともと知り合い?」


「あ、それ、私も思った」


「うん、小学校から。リンちゃん小学生の頃からオーラ―あって、こんな子いるんだなーって」


「目の錯覚でしょ、そんなの。よく話すようになったのは中学からよ。学年一位を争うライバルだったの、わたしと文さん」


「え、二人ともすご!」


「一位を争うライバル……なんだか少年漫画みたいでワクワクしてくるね~」


「こんなのほほ~んってした感じで油断させてテストになると高得点とるんだから、文さんは」


「文、恐ろしい子……!」


「育美ちゃん!? わたしはただ平穏なオタ活を守りたかっただけだよ。テストでやらかしたらアニメとか漫画とか没収ってお母さんとの契約があって。わたしゃそんな契約しとーなかったけど、マスターを選べないのがサーバントの辛いところだね」


「マスター? サーバント? またわけがわからないことを……。そう言えば、麗さんと育美さんよく一緒にいるけど二人も中学一緒とか?」


「幼稚園入る前からだよ。育美はわたしが育てました」


「いやいやなに言ってるの。私のほうが世話してるでしょ」


「本当に仲良さそうね……だ、だからってさっきみたいなことは周りから見えないところでやってもらえないかしら?」


「だからさっきのは誤解だって、すめらぎさん!」


「委員長を忘れてるわよ……育美、さん」


「あ、今 リンちゃん、しれっと名前で呼んだ!」


「あ、あやさん!? そこ拾わないでよ、恥ずかしいでしょ!」


 ばっと皇委員長ちゃんが上体を起こしたのがうっすらと見える。


「はいはーい! じゃあわたしも凛ちゃんって呼んでいい?」


「じゃあ私も! 凜って呼んでいい?」


「い、育美さんまで!? べ、別に呼び方なんて好きにすればいいんじゃない?」


「凜ちゃん、委員長呼びで揃えてほしいんじゃないの?」


「そんなの、もうあなたが凜ちゃんって呼んでるじゃない」


「あ、そう言われればそうだね。ごめ~ん」


「まったく文さんは。別に謝るようなことじゃないでしょう…………えっと、その、なんていうか」


 凜ちゃんは少し口ごもった後にこう続ける。


「今こうやって話せてよかったわ。いつも口うるさいでしょ、わたし?」


「リ、リンちゃんがデレた!?」


「で、でれ? とにかくこれから一年よろしくお願いします、って話。言っておきますけど、テストの一番は譲らないから! これは宣戦布告よ!」


「こういうところがマジリスペクトなんだよね、リンちゃん」


「凜ちゃんカッコいい~!」


「凛ってこんなにアツい感じだったんだ」


「な、なにか問題でも?」


「「「ありません!」」」


「そう、ならよろしい」


 嬉しそうに声を弾ませて凜ちゃんは再び横になり――


「……たまには夜更かしするのも悪くないわね」


 ぽつりとそう呟くのだった。

 それに対して誰もなにも言わなかったけど、嬉しくなって思わず笑顔になったのはわたしだけじゃないはずだ。


 そしてその後部屋はしんと静まり返って、わたしもすぐに眠るのだった。


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