第2話 回収業務。その1

―― AM 8:00、『タカシ&アイリス』ラプラタ沖30キロ海中 ―― 


 水深90メートルの海底を這うように、二人乗りの潜水艇が進んでいる。

 しばらく進むと、サーチライトの先に一隻の沈没船が現れた。

 先日、マフィア同士の銃撃戦で沈んだ密売人のレジャーボートである。


「タカシさま。ご準備を」


 セミロングの灰金髪をクルっとまとめ、ワンピースの水着にパーカーを纏ったアイリスが、隣に座るタカシに伝えた。

 ウェットスーツ姿タカシは、助手席から立ち上がり、船外活動の準備を整えるために船尾へと向かう。


「アイリス。ギリギリまで船に近づけてくれ」


 タカシは小型リブリーザーを咥えながらアイリスに答えた。


「おまかせ下さい、タカシさま」


 アイリスは巧みな操船技術で沈没船から2メートルまで近づける。

 防水バッグを持って船外に出たタカシは90メートルの水圧を苦もせず沈没船に取りつき、水中溶断機を用いて、鋼板で補強された船体に侵入口を開けてく。

 ――大人が入れるだけの穴ができると、タカシは船内に侵入し船倉を目指す。

 船倉には多数の貴金属が散乱していて、タカシは一つずつバッグに詰めていく。

 ……しばらくして、防水バックを満杯にしたタカシが潜水艇に戻ってくる。


「アイリス、戻ろう。」


 アイリスはタカシが助手席に座るのを確認してから、潜水艇を発進させる。

 潜水艇は海中を5キロほど進み浮上。

 海上に出ると中古メガヨットを改造した潜水母艦『裕福なサメ』が待っていた。

 アイリスは慣れた操舵で潜水艇を格納庫に入れると、貴金属が詰まった防水バッグを抱えたタカシと一緒に上がってくる。


「成果はどうだった、?」


 出迎えたセリョーガが期待に満ちた声で尋ねる。


――セリョーガ――

 崩壊した連邦の元水兵で『裕福なサメ』の操舵士兼整備士であり、水に浮かぶものなら何でも扱うことができる海の男だ。そして陸に上がるのを極端に嫌がる。


「パラジウムが30キロだから、200万ドルぐらいかな?」


 ウェットスーツを脱ぎながら、タカシは答えた。

 結局、屋敷を追い出されたタカシとアイリスは日々の糧を得る方法として、国に帰れず彷徨っていたセリョーガに誘われ回収業を始めた。

 幸い、この島の海域では密売人たちの船がよく沈むので、仕事には困らないのだ。


 ――密輸品の大半はハッパや白粉だが、たいてい海水に浸かって売りものにならない。だから、貴金属を中心に回収している。――


 医療目的で合法化されているはずの麻薬に対しても、なぜか禁忌感を抱いているタカシは、前世の影響を感じているのかもしれない。


 ひと仕事を終えたタカシは、グラサンにアロハとショートパンツのラフな格好に着替え、アイリスは水着にパーカを羽織った姿のままソファーに座り、それぞれ好みの飲み物でのどを潤しながらくつろいでいる。……澄んだ空と潮風が心地よい。



―― AM10:00『タカシ&アイリス』裕福なサメ船上 ――


「キャプテン!3キロ後方から3つの船が接近中だ。……島の陰に隠れていたらしいな。」


 セリョーガの緊張した声が、タカシとアイリスの優雅な時間を終わらせた。

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