ブラザーズアローン ~世界に選ばれざる《独り》の兄妹~

@flyas

第一章 居場所を求めて

第0話 プロローグ:夜明けの丘

 この世界で、自分たちに何ができるのだろう。


 辺境の地で過ごし、世界のことなど何も知らず、自ら関わっていこうともしなかった自分たちが――。


 まさか、こんな形で突如旅立つとは思いもしなかった。


 未明、東の空がうっすらと明るくなってきた頃。

 海を一望できる小高い丘に一組の男女が腰を下ろしていた。

 何か話しているわけでもない。ただじっと、地平線の彼方から日の出を待つように海を見ていた。

 

 男女の一人、青年は全身がひどく傷つき、もう一人の少女は軽く身体を震わせ、目に軽く涙を溜めている。

 丘に生えた大木に背中を預け、少しでも楽な姿勢になろうと青年はあえいでいた。


 昨晩のこと、“ある出来事”をきっかけに兄妹は住み慣れたこの都を離れることを決めた。

 今思い出してもゾッとする、下手をすれば死につながった事件。

 

 ふと頭に思い浮かんできてしまう情景から、気を紛らすように海を見つめた。




 旅立つといっても、うまくいく自信はまるでない。


 今まで、自分たちなりに、がむしゃらになってやってみて、それで大切な居場所を失ってしまった。


 本当に、こうするしかなかったのか?


 悩みは尽きない。

 彼らにその答えはない。旅立つと言っても行く当てもなく、ただ流れに身を任せるだけの冒険でしかなかった。

 決意したものの、それが最善だとも思い切れず、ただ時間だけが過ぎた。




 やがて地平線から太陽が顔を出し始める。

 輪郭を徐々にはっきりさせていく雲と光り始めた海がその陽を彩る。


 まったく、人が沈んでいるのにどうしてこんなにきれいなんだ?

 疲れきった心で、その美しさがかえって忌々しく感じる。 

 

 改めて経緯を振り返る。これまで脅かされた自分たちの生活を取り戻そうとしてきたのに、結局はその全てを失った。


 こんな時、《普通》の人ならどうするのだろう?

 兄妹の頭にふとそんな疑問が浮かぶ。


 《今》までの積み重ねが《過去》だったとして、それを台無しにされてしまったら?

 《今》という時間の延長が《未来》だったとして、それが突然方向転換を迫られたら?

 

 この答えが出せる人がいたら尋ねてみたい。

 限られた人としか接していない兄妹には知る由もない。




 だがそう思いにふけっていると、数少ない知人から言われたことを思い出した。


「ほら、知らないでしょう? 知らないって本当にもったいないことだと思うの」

「中には現実を見て本気でのし上がっていく奴もいる」

「まーた! あんたたち、またそうやって聞くことしかできないのかいっ⁉」


 太陽がさらに大きく顔を出し、やがて兄妹の顔に光が当たり始める。

 同時に、不思議と塞いでいた心が少しずつ動き出した。

 荒かった呼吸は落ち着き、少しずつ深呼吸に変わる。

 

 知らないことを人に尋ねる。自分たちはずっとそうしてきた。

 だが、それだけではいけないんじゃないか?

 自分の目で、この世界で何が起きているのかを見なければいけないのでは?


 そうか、自分たちはこれまでの結果で居場所を追われたと思うばかりだったから旅立つことに納得できなかったのだ。

 兄妹はようやくそのことに気が付く。


 組織に従うこと、よその人と手を組むこと、予想外の窮地に対応すること。

 それらを、自分たちなりの《やり方》で乗り切る。

 言葉では難しくて説明のしようがない立ち回りを身をもって体験してきた。


 今これからやろうとしているのは、その延長だ。


 そう思えば、旅立つことに意味を帯びてくる。

 自分たちだけが持つ《力》で、どこまでやれるか。どこまでこの世界を知ることができるか。


 その可能性を探しに行く旅にすればいい。

 決して、逃げる行為じゃない。


 それなら、これまでだって決して悪いことばかりじゃなかったはずだ。

 

 絶望しかなかった心に、期待と不安が入り混じってなんだかぎこちない。

 それでも今の自分たちを受け入れようと、兄妹は顔を合わせ、頷き合った。


 疲弊していたのに、緊張して傷が痛くて、ベッドのシーツの擦れすら耐えられなかった身体にようやく安堵と眠気が広がってくる。


 あともう少し、この先の旅のために掘り起こせる経験はなかっただろうか。

 二人は軽く目を閉じ、ひとつの決意を固めた時からの出来事を振り返る――。

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