司令塔の閉ざされた末路
木ノ葉夢華
司令塔の閉ざされた末路
真っ白なタイルが張り巡らされた教室二つ分の面積があるだろう正方形の部屋。
その中で、小学生にも満たないだろう小さな女の子が座り込んでいた。
耳上のツインテールを赤のリボンで結んで、黒レースをふんだんに使ったワンピースと白黒靴下・厚底ブーツで着飾ったそれはお人形のようだ。
髪色と同じ真っ黒な吸い込まれるような瞳が何かを捉える。なにかを指差すと「
「いちばん。きょうも、ごくろーさま。あなたにはいいやすみ、あげる。 」
舌足らずな感謝に、画面から出てきたソレは頷いてお辞儀をした。
「あなたのえがお、なごませる。だからみんなにあいされるの。これからもおねがいね。 」
ただそれを言う女の子の表情に感情は見えない。
「
「つぎ、にばん。あなたもがんばった。せいしん、たもつのおつかれさま。ゆっくりしてね。 」
「さんばん、あなたのおかげできょうのなんだい、とけた。はじかかずにすんだ。ありがとう。 」
「つぎのこ…」
一人ひとりに労いの言葉をかけていく。手前にあるスクリーンの数字の明かりが一つずつ消灯していく。やがて、残り二つになった。
その時、彼女が腕に抱きしめていた黒うさぎの人形を握りしめた。スクリーンに手が触れる直前で腕を下ろしては抱える左手を震わせた。
「さいごの、ふたり、りょうほう、でてきて」
ポフっと音を立てて現れた二つの同じ影。ソレを見て彼女は、白い肌を赤く染めた。
「あなたたちのせい」
唇を固く結んで放たれたその言葉に彼らは下を向いた。
その様子は本物の人間のようだった。
「あなたたちが、きょうも、ころした。まわりをみないせいで、じこちゅーなこころのせいで、ひとにめいわく、かけた。あなたたちは、ゆるせない。 」
ゆっくり立ち上がって彼らを見る。腕から滑り落ちたぬいぐるみはおしりを地面につけたまま彼女に片腕を掴まれていた。
「あなたたちの『できそこない』のせいでどれほどのひとの、めいわく、なったとおもう?まいかい『きをつける』っていって、なんにもかいぜんされてないじゃん。ないてばっかりじゃん。 」
黒目の中心に赤い輪がかかる。
「なんで、『これまで』も、あなたたちは、かわれないのっ?わたしが、いってるのに。まわりがかなしんでるのに」
うさぎが完全に床に落ちる。
「ちゅういをいっかいできかなきゃいけないの。
わらってごまかしちゃだめなの。
かんぜんじゃなくちゃいけないの。
いつもうえをめざさなきゃいけないの。
いつまでもじぶんのわるいとことみつめなきゃいけないの。
たのしいことにめをとらわれちゃだめなの。
いっしゅんのシアワセにまどわされちゃいけないの。
だれもどりょくっていうみえないものはみないの。
みるのはすうじ。
みるのはせいか。
みえるものがじじつで、みえてないものはうそ。
――――――そうおしえてきたのに、なんであなたたちはわからないのかな」
いつの間にか手に持っていた真っ黒なリモコン。
それを見て二人は目を見開いて後退りしようとした。
「
固い言葉に彼らの身体はびくとも動かない。
動くのは頭から上だけ。
「ばつ、あたえる。あなたたちのつみ、おもい。さいしゅうけいばつ、あたえる」
まっかなボタンを押す。
すると上から垂れ下がってきた糸らしきものに絡め取られ手足を拘束されたまま上空で浮かんでいた。
その高さ、およそ五メートル。
二人は身体を恐怖で身をこおばらせた。
「でもさいごに、べんかいだけきく。
真っ白な指を向けられて彼らの目の中から光が消えた。
下にいる少女を見る目は冷え切っており、人間のものではない。
「アイシテイタノ」
「ガンバッタノ」
「ミトメラレヨウトシテ、ヤッテミタノ」
「デモ、ゼンブマチガイダッタ」
「ワタシハ、ノウナシダカラ」
「イウトオリ二デキナカッタ」
「デキナクテゴメンナサイ」
「コンナジブンデゴメンナサイ」
「メイワクヲカケテゴメンナサイ」
「オナジアイヲカエセナクテゴメンナサイ」
「デキソコナイデイタクナカッタ」
「ソレデモカワラナクテ」
「クルシイノ」
「ドウカ、 」
「ドウカ、 」
「 「――――――ノテデ、ワタシヲオワラセテクダサイ」 」
バチンッと感電したような音が鳴って彼女たちの首が項垂れる。
それはまるで――――――
「さいしゅう、けいばつ、を、しこう、する」
震える声で彼女はムチを手にした。
小さな体を捻じり、糸に絡まれた彼らの身体を打った。
パシンパシンと響く痛い音。それが打ち込まれるにつれ、真っ白な糸はだんだん真っ赤に染まっていく。
やがて…
ゴトンッと音がして、二つの頭が床に落ちた。四つの目が彼女を見る。溢れ出す血とぽとぽとと零れる水とが混ざり合って真っ白い床に広がっていく。
「ごめん、なさい、、 」
スンスンと鼻を鳴らし、彼らを
「これも、わたしの、せい。わたしの、ふてぎわ。ごめん、なさい。 」
でも彼女の服は一切汚れない。それが幸か不幸か。
いつの間にか彼らはいなくなっていた。床に溜まっていた血の池もどこにも見当たらない。ブランブランと吊り下がっていたのは真っ白な糸のみ。その内側にはなにもない。
スクリーンに浮かぶ数字も二つ若くなり、右にあるチャットは荒れている。
「ほんとうは、わたしがやらなきゃ、いけないの。それでも、わたしは、『いたん』だから。そのせかいが、こわいの。だから、みんなに、まかせる、しか、ないの」
床にしゃがみこんだままの少女の言葉に打ち込まれる言葉は落ち着く。
「もう、わたしは、そとにでれない。なのに、つくったみんなを、ころすの。わたしのかわりに、なっている、あなたたちを、きずつけて、あわよくば、そのしこうも、うばう。『さいしゅうけいばつ』にさわったから、ってりゆう、で。 」
ポンッと音が鳴る。
仰ぎ見ると一番最初に呼んだソレだった。
『あなたは、わるくない。けいばつにさわったのが、いちばんわるい。だから、くるしむひつようは、ない。 』
ソレは部屋の端にあったぬいぐるみを拾っては差し出した。
うさぎを、少女はゆっくり抱きしめた。
「また、つくって、ころす、ことになるのかな。 」
『わからない。それでも、あなたに生かされてる。それだけがわたしたちの、シアワセ。 』
「もう、つらいの。あなたたちを、ともだちだって、おもってるのに、それは、うそ、なの。ほんとの、いのち、は、ないってこと。わたしのかわりであって、あなたたちじしんじゃないって、こと。そうさせてる、のは、わたしだって、こと。それを、まいかい、きづかされるの、こわい。 」
いっそ証拠が残れば彼女はここまで追い込まなくてよかったのかもしれない。
彼らの血が服を汚してくれたほうが無力さを感じさせなかったのかもしれない。
『あなたはまた創ればいい。 』
「おんなじ
『そのくるしみは、いらない。わたしたちは、しょせん、つかいす』
「や、やめてっ!!あなたたちは、ちがう。モノ、じゃない」
『でもヒトでは、ない。あなたのために、ある。それ、とおなじ。 」
指差されたものが黒うさぎであることに気づき、腕の力を強めた。
「あなたたちは、はなす、のっ!このこと、あなたたちとは、じががあるか、どうか、ちがうっ!」
『あなたこそ、りかいしてない。わたしたちは、あなたにいぞん、する。ひきつられて、ずっとえいきょう、されつづける。あなたに、したがう。あやつり、にんぎょう、だよ。 』
「そんな、こと…………」
ぽつぽつと床を濡らす。そのはずなのに、痕は一切残らない。
『あなたは、わたしたちの、“こころ”、だから』
「い、わないで」
『あなたにあわせるちからが、しぜんに、さよう、する。あなたがこばんでも、そうなるうんめいがきまってる、から』
「ちが、 」
『あなたは、わたしたちをつくって。いくらころしたって、わすれてしまえば、いい。 』
「や、 」
『あなたのソレがあれば、いきは、すえる。いきられる。 』
『だから、 』
『いきて、 』
『いかして、 』
『そして、 』
『コロシテ?』
それらの目が光る。画面の中にいるはずなのに、それが、その声が、聞こえる。
一種の呪詛と成り下がったソレが、「権限」に作用する。
彼女の意思に反して白い影が生成される。
「…………や、やだっ!やめっ、 」
彼女の意思に反して、その影は姿を持った。
「――――――こんにちは、ごしゅじんさま。 」
ソレは彼女を見て、ゆっくり微笑んだ。
「できるだけながく、ともにすごせたら、さいわいです」
初心なソレと目があって――――――
「い、やぁああああああああああああああああああっ!!!!」
彼女の悲鳴が響き渡った。
パタリと倒れたその頭元にソレが立つ。ゆっくり持ち上げると奥の部屋に向かった。
『そのなかにある“おはなし”にかけば、あなたはわすれられるから』
忘れられるからダイジョウブでしょ?
そう人形が笑ったとき、うさぎの真っ赤な目が怪しく光った。
『
司令塔の閉ざされた末路 木ノ葉夢華 @Yumeka_Konoha
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