第19話
フェルは心臓が飛び出すかと思った。ここで黙っていては怪しまれる。低い声で答えた。
「はい?」
「見かけない顔だが……どこの所属だ?」
フェルは頭の中が真っ白になった。無意識に右肩に掛けた正義の剣を握りしめる。
(まずい……。バレる)
後ろの兵士も近づいて来る気配がする。フェルは額に汗を浮かべた。
(この男を剣で黙らせるか?それとも走り抜ける?そんなことしたら物見のボルチャーに蜂の穴にされる。でもここで諦めたくもない……)
フェルの頭の中で様々な思考が浮かんでは消えていった。どれも最適な選択とは思えない。
「……お前、顔を見せて見ろ」
騎士の手がフェルのフードに伸びた時だ。けたたましい鳴き声が城の外から聞こえてきた。
血相を変え、城外を周回していた騎士が二、三名ほど駆け込んでくる。
「大変です!巨大な狼……魔獣が!魔獣が城外のすぐ近くに現れました!」
「なんだって⁉」
フェルの顔を確認しようとした髭の男が驚いた声を上げる。
(魔獣……!まさかそっちから来てくれるなんてね)
フェルはフードの中でほくそ笑むと混乱に乗じて門の外へ飛び出した。
「外は危険だ!城内に戻れ!」
男の声を背に、フェルは魔獣の鳴き声の元へ向かう。
城壁の外は見晴らしのいい草原地帯になっていた。両脇には木々が立ち並んでいる。市民の住まう町は城の建つ高台を少し下ったところにあったので人への被害はでない。フェルは思い存分暴れることができると意気込む。
獣の低いうなり声が聞こえる。只の狼の唸り声ではない。他の動物の声も混じったような……奇妙な音を発している。
「久しぶりだな!化け物!」
フェルが声を上げると唸り声の主が視線を向ける。生気を感じさせない、赤く塗りつぶされた眼球に黒い毛並みの狼がいた。微かに腐敗臭がしてフェルは顔を顰める。
大きさは普通の狼の三倍はあった。フェルの身長を軽く超え、大きな口は人間を丸呑みできそうだ。爪と牙は鋭利で極端に発達していた。悪神イノスが造り出した生き物は凶悪で強力だ。
やっと剣のブレイドを見ることができる。剣が抜けないのは魔獣と戦うという正義を実行していないからだとフェルは考えていた。
そう思ったのも束の間。
(……剣が抜けない)
何度か鞘をガチャガチャと動かすのだが正義の剣はびくともしない。フェルは思いきり舌打ちした。
「こんな時に!役立たず!」
フェルは正義の剣を地面に振り下ろす。魔獣は確実にフェルとの距離を縮めている。
(……やるしか……ない)
絶望的な状況なのにフェルに恐れはなかった。体中が熱いのに不思議と頭の中は冷え切っている。
再び正義の剣を構え直し、鋭い水色の瞳を向ける。
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