第9話

 イノークが鞘から剣を抜いているのに対し、フェルは鞘のまま構える。

 どう見てもフェルと大剣の大きさが合っていない。よろめいてしまいそうな大きさだがフェルは微動だにしなかった。

 その姿を見て周りに控えていたイノークの取り巻き達が鼻で笑った。


「正義の剣に認められてないからだぞ!」

「剣の方が大きいんじゃないか?そのままイノークにやられちまえ!」


 フェルは『正義の剣』のブレイドを未だに見たことがない。

 言い伝えによるとこの剣は意思をもっているらしい。正義に適った行いであればブレイドを拝むことができるのだという。また、主人の手から離れておびただしい数の魔獣を打ち滅ぼし、主人が呼べば戻ってくるという話も聞いたことがある。

 数々のいわれを聞いてフェルは心の中で笑った。神秘を信じるような考え方を毛嫌いしていたからだ。


(馬鹿々々しい。ただ古いから抜けなくなってしまっただけだろう)


 大きくて扱いにくいばかりでなく、ウゾルクの誇りという厄介なものまで背負わなければならない。フェルにとって正義の剣は厄介な代物だった。


 イノークが剣を上段に構えフェルとの間に距離を詰める。フェルの喉元目がけて突こうと剣を真っすぐに伸ばしたところをフェルの大剣が薙ぎ払う。鋭い金属音が響き渡った。

 イノークが本気で殺しにかかっているのにフェル達含め、子供達は冷静だった。何故ならウゾルクの剣術において『一撃』が重要だったからだ。

 ウゾルクの剣術は魔獣との戦いを引き継いだものだった。力の出し方も戦い方も荒々しい。力を急所に集中させ、一撃で息絶えさせる。だからイノークが容赦なく殺しにかかってきても何も不思議ではないのだ。


 右側に払い、がら空きになったイノークの左半身、こめかみを狙う。

 フェルが勝利を確信し笑みを浮かべる。


 イノークは短剣から手を放しその太い腕でフェルの剣を受けたのだ。


 人間の肉体とは思えない低周波の音が響き渡る。まるで鉄、金属同士がぶつかったようだ。


 フェルが鞘を抜いた状態だったら取らない戦法である。驚くフェルの左脇腹に右足で蹴りを入れる。

 咄嗟にフェルが右側に体全体を移動する。蹴られた左脇腹にかかる力を軽減した。フェルが痛がるような様子はない。ただ蹴られた衝撃から体勢を元に戻そうとしていた。


 お互いに距離を取ったところでフェルが口を開く。


「イノーク。さっきのは禁じ手じゃないか?完全にブレイドに触れてた。あの時点でお前は重傷だよ」

「ああ?それを言うなら鞘から剣を抜けない時点でお前の負けだろ!」


 再び剣を交わらせようと二人が動こうとした時だった。


「そこで何をしている!これだから野蛮なウゾルクの者共は好かんのだ……」


 凛とした声に二人の動きが止まる。外廊下から此方に向かって歩いてくる人物がいる。

 目の前に現れたのは白いマントを羽織った華やかな男だった。マントには獅子の描かれた盾の紋章が描かれている。男は短髪で、前髪だけ長かった。暗めの金髪が風で揺れ、その長い前髪から薄緑色の瞳を覗かせる。背後には同じマントを纏った騎士が複数名引き連れていた。

 腰には細身の剣であるレイピアが下げられ、肩には鉄の弾を飛ばす武器ボルチャーが掛かっていた。


「……誰?」


 フェルの呟きにイノークが呆れ声を上げた。


「お前、本当に何も知らないんだな。ウゾルクに帰った方がいいんじゃないか?アイオス騎士団の長、サルシェ様だ」

「これが王に無礼を働いた小娘か……。全くもって王の隣に相応しくない」


 フェルを見下ろす目は冷たかった。

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