第10話

「イザリオ様より城内を案内するよう申し遣わされたのだが……。早速乱闘か?」

「いえ、これはウゾルク式の稽古です」


 イノークがその場に膝を突き、頭を下げた。それに続くようにフェルを除く、ウゾルクの子供達は頭を下げる。


「随分と見苦しい剣術だったが……。まあいい。フェル、とっとと此方に来い」


(王と違った腹立たしさがあるな。あの邪魔な前髪、切った方がいいんじゃないか)


 フェルは唇を噛み締めると黙ってサルシェの元に駆け寄った。冷遇には慣れたものだ。王の騎士になるというのに王城内を把握していないことに後から気が付く。

 フェルはサルシェが肩に掛けているボルチャーを眺めた。


(これがボルチャーか。本物を目にするのは初めてだな)


 視線に気が付いたサルシェが鼻で笑う。ボルチャーをフェルの目の前にちらつかせて見せた。


「お前のような田舎者にこれは珍しいか。ウゾルクはずっと剣に拘っているからな。ボルチャーに手を出すのも時間の問題だろう」

「……ウゾルクは剣を造ることを神に宿命づけられていると信じています。ボルチャーを作るなんてことしない。そのまま時代に飲まれていくんだ」


 フェルの悟ったような物言いをするとサルシェはせせら笑った。


「それは気の毒に。此方もウゾルクが目障りだったんだ。過去の栄光を元にデステアルナ国王に縋りついている。いまや騎士団の殆どがデステアルナの民だからな」


 デステアルナの民は黄金色の髪、目鼻立ちのくっきりとした顔立ちが特徴的な人々のことを指す。一方ウゾルクの民は鉄資源を思わせるような髪色、顔立ちはデステアルナの民ほどはっきりとしていない。両者は川を隔てて東西に分かれて位置している。北と南にも領地が広がり、それぞれ『北の騎士』と『南の騎士』と言われる領主が治めていた。


 デステアルナの外に目を向けると北に強大なスノウフ国が控えている。土地を巡って争っていた時期もあったが現在は安定した状況にあった。それはスノウフ国とデステアルナ国の間に山脈が連なり頻繁に攻め込むことが困難だったからだ。


 ウゾルクという地域は不思議な立ち位置をしていた。

 国と言えば規模は小さいし、文化も姿もデステアルナ国とは大きく異なる。それにも関わらずデステアルナ国と認識されていた。自治はウゾルクの者自身が行っている。

 ウゾルクは文字を持たないためデステアルナのものを使用していた。ウゾルク独自の言葉はあったが今ではほとんどの人がデステアルナの言葉を使用している。

 神話や歴史の殆どが老人たちによる語りで伝えられてきた。最も今ではその語りでさえデステアルナの言葉になってしまっている。

 

「いつかウゾルク騎士団はこの国から無くなるでしょう。ウゾルクの剣も……」

「……変わった奴だな。お前は」


 冷静に未来を分析するフェルに思わずサルシェが口ごもった。水色の瞳が曇りがかったように暗い。気を取り直すように軽く咳払いをする。


「……とっとと城の中の構造を覚えろ!一度しか教えないからな」


 そう言って先を急かした。

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