悪役令嬢は必死に戦った!

すらなりとな

真夜中の密会

 優美な宮殿の中。

 イザラの目の前で、王子クラウスが倒れる。

 クラウスは、イザラの婚約者だった男だ。

 そして、冤罪をかけられたイザラを信じるどころか糾弾した男でもある。


 別に、そのことを恨んではいない。

 冤罪事件をきっかけに、貴族でいられなくなり、名を捨て、修道院に身を隠すこととなったが、それは今までの自分を見つめなおすきっかけともなった。

 むしろ、修道院での新しい生活の中で、イザラは元婚約者のことなど、忘れかけてすらいた。

 だが、クラウスは、再びイザラの前に現れた。


 隣国の姫君として。


「大丈夫か?」

「ええ、お気遣い、ありがとうございます」


 めまいに倒れそうになったイザラを支えたのは、タイタス。

 イザラが身を寄せる修道院のある、辺境領の跡取りだ。

 隣国と接する領土の令息らしく、生粋の騎士として育てられ、再びクラウスと相まみえるにあたって、護衛をしてくれている。


「人を撃ったんだ。無理はするな」

「はい、でも、大丈夫ですわ」


 何とか呼吸を整えながら、銃を下ろす。

 そう、今しがたクラウスを撃ったのは、イザラである。

 もっとも、銃、と言っても殺傷力のある銃ではない。

 護身用の麻酔銃である。


「あー、タイタス。どちらかというと、クラウスが姫になっていた方を『気にするな』というべきではないかね?」


 言いずらそうに話しかけてきたのは、ラバン。

 クラウス王子のいとこにあたり、順位は低いながらも王位継承権を持つ。

 イザラ達がこの宮殿に来た本来の目的は、ラバンが隣国の姫君とお見合いをする、その付き添いだった。


「その姫君がクラウスだったというのに、お前は動揺していないな?」

「予測はしていたからね。当たってほしくはなかったが」


 言いながら、ラバンは倒れたクラウスに向き直る。

 ここは、宮殿の中でも、姫君の私室とされている部屋。

 部屋の中にいるのは、現在六名。

 すなわち、倒れているクラウスと、それに対峙するラバン、イザラ、タイタスの四人、そして、クラウスの護衛についていた、二人の隣国の兵士である。

 ラバンは、兵士に向かって問いかけた。


「さて、本物の姫は、どこにいるのかな?」

「心配にハ、およびませン。彼女ハ、大切な取引材料ですからネ」


 が、ラバンの問いかけに応えたのは、七人目の声。

 とっさに周囲を見渡すイザラの前を、黒い影が通り過ぎた。

 同時、剣戟の音が、響いた。

 足元に、ナイフが転がる。

 目の前には、いつの間にか抜刀していた、タイタス。


「いやはヤ、この投げナイフハ、かなり練習したのですガ、あっさり防がれてしまいましたネ」

「ナイアッ!」


 ラバンの叫びに、イザラは目を見開く。

 ナイア、というのは、クラウスに取り入っていた、錬金術師の名前だ。

 イザラの冤罪というのも、この錬金術師が、禁制の薬をイザラの部屋に放り込み、罪を擦り付けたからに他ならない。


「なるほド、麻酔銃で特効薬を打ち出しましたカ。これハ、興味深イ」


 そのナイアは、ナイフでラバンとタイタスをけん制しつつ、護衛二人を盾にしながら、倒れているクラウスから、麻酔銃で打ち出したダーツを抜き取った。


「さテ、目的も達しましたのデ、私はこれデ!」

「逃がすと思ってるのか!」


 サーベルを引き抜く、ラバン

 しかし、ナイアが手を上げると同時、護衛の兵士の筋肉が、異様に膨れ上がっていく!


「あなた方の相手をするのは、私のこの作品でス!

 苦労したのですヨ? 過去の文献を頼りニ、兵士の肉体を強化シ、命令を遂行するだけの人形とする薬を作り出すのハ!」

「君の悪趣味な作品だが、その薬を除去する特効薬はもう我々が完成させた!

 君はソレで強化した犠牲者を兵士として隣国に売り出すつもりのようだが、もう無駄だ!

 いい加減、おとなしく投降したまえ!」

「いいエ! ラバンさマ! その必要はありませン!

 なぜなラ! 私は今ここで手に入れた特効薬を基に、さらに私の作品を完成に近づけるからでス!

 もともト! 私が見つけた文献でモ、特効薬の存在は示唆されていましタ!

 ですガ、私では本体を再現するだけで精一杯デ、特効薬まで手が回らなかった!

 だかラ、私は待ったのでス!

 王位継承権が低いのをいいことニ、研究に明け暮れているあなたなガ、私の作品に対する特効薬を開発してくれるのヲ!」


 バルコニーから飛び降りるナイア。

 兵士の一人を切り捨てるタイタスと、特効薬を浴びせかけるラバンに、嘲笑が響く。


「私の作品の完成に協力してくれテ、ドウモありがとウ!

 お礼に、姫君にも、仕掛けをしておきました!

 地下に監禁していますのデ、見に行くとよいですヨ!」



 # # # #



「逃がしたか……チッ!」

「落ち着け」


 普段飄々としているラバンが、らしくもなく舌打ちをするのを横目に、タイタスが納刀する。

 イザラは、これまで縁のなかった闘争の空気に、ただ、当てられていた。


「しかし、特効薬を奪われるとはね。

 前々から、人の研究成果を盗むのは得意な男だったが、まさか自分がその被害にあうとは……」

「気にしていても仕方ないだろう

 特効薬への対策には、どのくらいかかるんだ?

 それまでに、ヤツを捕まえるよう、騎士団を動かさねばならん」


 目の前で、二人の会話が、ただ、流れていく。


「残念ながら、あれで優秀だからね。

 遅くて1週間、設備さえあれば、2・3日で完成させるだろう。

 サンプルさえなければ、あと1か月は持ったはずなんだが……」

「そうか。難しいな」


 それをさえぎるように、イザラは声を引き絞った。


「あ、あのっ!」

「ん? ああ、すまない。タイタス、イザラ嬢をどこか落ち着けるところに」

「いえ! そうではないのですっ!

 その、私がクラウス様に打ったのは、特効薬ではなく、本物の麻酔薬なのです!

 特効薬は筋肉を無理やり強化する症状には有効ですが、その、性転換には、あまり効果がありませんから!」


 そう、イザラは特効薬ではなく、麻酔薬をクラウスに打ち込んでいた。

 もともと、特効薬はナイアの作り出した人間を異形の兵士に変える毒への対策に生み出したもの。

 同じナイアが作成した、同じ身体を変容させる毒とはいえ、性別を変える効果に有効性はない。


 つまり、イザラは、クラウスの姿を見るに堪えず、麻酔薬を撃ったのである。

 そして、ナイアが嬉しそうに持って帰ったのは、特効薬ではなく、麻酔薬。


「ふ、ははははは! そうか! ははははは! そうか、そうか!」

「おい、ラバン!」


 笑い出したラバンに、盛大に眉を寄せるタイタス。


「いや、すまない! よくやってくれた、イザラ嬢!」

「いえ、私は、その、必死で……」

「そうだろうね。

 後は私たちで何とかするから、タイタスの屋敷ででも、身体と心を休めてくれたまえ。

 あそこは質素だが、なかなか落ち着ける部屋だ。

 何度も無断で遊びに行っている私が言うんだから間違いない!」

「おい、ラバン」

「ああ、タイタス、イザラ嬢を送って行ってくれたまえ。

 ついでに、君のトコの騎士から、捜査に優れたものを頼む。

 私は、隣国の姫君を助けに行くとしよう!」


 機嫌よく部屋を出ていくラバン。

 タイタスは静かにため息をつくと、


「屋敷まで案内させてもらうが、かまわないか?」

「ええ、よろしくおねがいしますわ」


 イザラの手を取った。


 # # # #


 それから、すぐに騎士団が派遣され、ナイアの包囲網と、追跡がはじめられた。

 イザラは、修道院で神に祈る生活へと戻りながら、それを見つめていた。


「ヤツは研究はともかく、逃走には素人のようだ。

 足跡がはっきり残っているし、宿での偽名も分かりやすい。

 追跡は順調だな。数日もすれば、捕まえることができるだろう」

「そうですか。それは、よかったです」


 そんなイザラを、タイタスが訪ねてきたのは、事件から数日後の夜のことだった。

 大きな事件に巻き込まれたイザラを気にしてくれているのだろう。

 あの後、タイタスの屋敷に案内された夜も、タイタスはずっと眠れなかったイザラについていてくれた。


「それと、隣国の姫君だが、やはり、ナイアの毒が使われていたようだ。

 ヤツは姫君を犠牲にしても、俺たちの足止めをしようとしたらしい」

「それは――大丈夫なのですか?」

「ああ。ラバンが何とかした。

 俺は薬には詳しくないが、全身に回った毒を一気に中和すると危険だからと、ラバンが毎晩、宮殿に通って、少しづつ毒を取り除いて対応したそうだ。

 隣の国では、噂になっている。

 真夜中に怪物の声が響いていた宮殿から、異国の貴族が姫君を救い出したとな。

 現実には、真夜中の怪物の正体は姫君なんだが、こちらの方が都合がいいから、噂のままにしているということだ。

 もともと、ナイアが姫君をダシに隣国の王族をゆすったせいで戦争になりかけたようだからな。

 このままいけば、戦争もなくなるだろう。

 ラバンは焦っていたがな」

「まあ、そうなんですの。ふふ」


 うなずきながら、笑うイザラ。

 少し長く笑いすぎたせいか、タイタスは、怪訝そうな顔をした。


「どうした?」

「いえ、タイタス様も、意外に冗談をおっしゃる方なんだな、と思いまして」

「あいつの影響か……少し、話し過ぎた。これで失礼する」


 不快な感情は見えないものの、元の不愛想に戻って、立ち上がるタイタス。


「また、今夜のように、来てくださいますか?」

「……ああ、明日も来る」


 イザラは真夜中の修道院から、その背中を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢は必死に戦った! すらなりとな @roulusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ