20:意思の弱い者
聖斗は真紅を連れて、とある小さな喫茶店へとやってきた。
真紅はコーヒーが好きだ。
だから彼女が喜んでくれればなと聖斗なりに考えた結果である。
店内には落ち着いた雰囲気があり、客もまばらで居心地が良い。スピーカーから流れるクラシックの音楽も耳に優しく、ゆったりとした時間が流れているような気がする。
聖斗達は奥にある窓際の席で、湯気の立つ香り高いコーヒーを前にしながら向かい合って座っていた。
こうしていると学校での騒ぎが夢だったかのようにすら感じられて、聖斗はつい頬が緩んでしまう。けれど忘れてはならない、真紅と共に成し遂げる甘楽達への復讐――その為にも昼食の時間も真紅との話を通じ、情報を整理しながら最善手を導き出さなくてはならないのだ。
「黒曜さん。加藤さんの家で一緒に話した時、言ってたよな。証拠を掴む為に甘楽達の中から一人、こちらに引き入れる必要があるって」
「ええ、証拠の詰まったスマートフォンを明け渡して頂く必要があります」
「でもさ……お前だけは助けてあげるからこっちに来い、って話をするにしてもさ。俺達が思っているより連中の結束が固くて、誰一人として乗ってこなかったら俺達の方が詰まないか? 俺達がスマホの中のデータを狙ってるってバレたら、データをまるごと削除して別の手段を取り始めたり……甘楽の耳に俺達が仲間達を引き入れようとしているって話が入ったら、一斉に指示を出してさ。誰も聞き耳を持たなくなるかもだし……」
「まあ聞いて下さい。加藤くんはスマホの中に残っていた不正の証拠を目にしました。甘楽さんがもっと狡猾な人間ならその時点でスマホのメッセージアプリでのやり取りは危険だと、もっと見つかりにくい別の手段を講じて良いものを、彼らはスマホの管理を厳重にしただけです」
「うん、加藤さんが言ってたな。パスコードを複雑化したり、二度と置き忘れたりしないように徹底したって」
「破滅の一歩直前まで行きかけたというのに、彼らはスマホでのやり取りという基本的な手段は変えていない。高校生にとって誰もが扱えるデバイスで、データの共有から何からとても簡単、メッセージアプリを介せばいつでも何処でも指示を出せ、クラスメイト達で共謀して何かを実行に移す際にもこれ以上に便利なツールはないでしょうから。そう簡単には手放せないのでしょうね。」
「ごちゃごちゃしたやり方より……扱いに長けた慣れてるもので徹底的に、確かにそっちの方が合理的だもんな」
「けれど緋根くんがさっき言った通り、わたし達までもがスマホの中に証拠がある事を掴んでいると、それが甘楽さん達に伝われば……いくら合理的とは言え、流石に手放すでしょうね。利便性よりも安全性を取る。スマホを介さず、より見つかりにくい別の手段を取り始めれば、彼女達が不正していた事実を掴むのは難しくなる。となれば真実は再び闇の中。振り出しに戻るよりも面倒な事態になりかねません」
「じゃあやっぱり……俺達が証拠を入手するのは難しいんじゃ……」
「ふふ、結局のところ甘楽さん達もそう思っているからこそ、今の状況があるわけです。また誰かが気付きそうになったらスマホでのやり取りから別の手段に切り替えたら良い、裏切り者が出そうになってから押さえ込めば良い。後手に回っても何とかなると、そんな風に楽観的だからこそ付け入る隙が大いにあるわけです。わたし達は今出来ているその隙に向けて、一度きりの弾丸を撃ち込めば良い。確実に――急所を捉える一発をね」
ばんっ、と指で銃を撃つような仕草を見せる真紅。そしてその後、彼女はゆっくりとスマホを取り出していた。
画面をタップしながら何かを開く。それは以前にも聖斗が見たクラスメイト達のテストの成績一覧だった。
「では急所とは何処なのか、という話です。まず急所には絶対に成り得ないものから考えてみましょう――例えば、主犯格である甘楽さんと親しい人物ならわたし達の誘いに頷く事は決してないですよね」
「まあそうだな……甘楽を守ろうとする。じゃあ……その逆で、甘楽とはあまり仲良くない人を選ぶって事?」
「それだけでは足りません、仲が良くなくとも甘楽さんから差し出されるテストの答えという甘い蜜にどっぷりと浸かり、ヘドロの底に沈み込んでいるような人物も当然いる。そういう方も決して急所には成り得ない。あの環境に依存しているから、その環境を守ろうと必死です」
「難しくなってきたな……友人関係、依存関係、グループの中にも色々あるわけだから……その中から一回限りのチャンスで引き抜く相手を見つけるだなんて」
「言いましたよね、緋根くん。そもそも彼らは意思の弱い人間だと。けれど当然強弱はある。友情という絆で意思の弱さを補完している者、今の腐った生活に依存しそれを守ろうと意思を固めている者。そしてわたし達が撃ち抜くべき急所とは……その中で最も意思の弱い人間。感情に左右されやすく、周囲に流されやすい、心の弱い人間を撃ち抜くのです」
真紅はスマホを操作してクラスメイト達の成績が線グラフになって表示されている資料を開いた。
そしてその中の一人を指差した。その人物は甘楽と一年の頃に同じクラスだった人物で、二学年からは別クラス。甘楽の成績が急に伸び始めた以降、その時期と合わせるように折れた線が急に跳ね上がっている。
けれど二年生の一学期の期末テストだけ急激に下降しているのが見て取れた。だがそれはその一度きりで、それ以降はずっと良い成績を維持し続けている。
「あ、あのさ……黒曜さん。テストの成績が悪くなる事と、黒曜さんが言っている意思の弱さがどう関係してくるわけ? この期末テストの時だけ忙しかったとか、面倒だったとかでテストの答えを覚えなかったとか原因は色々あるはずじゃない?」
「確かにその時の環境やモチベーションによって、皆さんがいくらテストの答えが分かっているとは言え、人間ですからね。成績にもブレは生じます」
「でしょ? ほらこの人もさ、めちゃくちゃって程じゃないけど、テストの点数落ちてるよ? ていうかあれ……? 二年の一学期の期末だけ点数を落としてる人が多い……? 落ち幅もさっき黒曜さんが指差した人程じゃない……けど」
「緋根くん。お気づきになられましたか? そうなのです、二年生の一学期の期末テストだけ成績を落とす生徒が目立つ。そしてその落ち幅も一定ではない。ここがとても重要なポイントなのです」
「んああ……分からん。その後のテストにはまた成績が戻ってるし、期末だけテストの答えを共有するタイミングが遅くなって、覚えきれなかったとか? それくらいしか思いつかない」
「緋根くん。この時――今年の夏、彼らの感情を激しく揺さぶるような、そんな出来事が起きたのです。周囲で起こったその何かによって感情を揺さぶられ、テストの答えを暗記する事すら集中出来ず、点数を落としている」
「夏……? 期末テストは七月だもんな……何かあったっけ……俺が見ていた限りじゃ、いつも通りだったような」
「いえあったのです。緋根くんの見ていない所で――彼らにとってあってはならない事が起きたのです。緋根くん、わたし達がさっきお話した加藤くんはね、彼らを破滅へ追い込む為に必要な傷跡を、わたし達にとって希望に繋がるピースを残してくれていたのです」
「加藤さんが……って、あ!?」
そう。加藤は言っていた、甘楽と仲の良い人物のスマホを開き、不正していた証拠を見つけたあの時。それは今年の六月、一学期の期末テストの前――。
「そうです、緋根くん。加藤くんが不正を暴きかけた事で彼らは激しく動揺した。その感情の揺さぶりが一学期の期末テストに表れているのです。そして意思の弱い人程、感情を揺さぶられ、周囲の状況に流される――」
「そうか……黒曜さん! じゃあこの……一学期の期末で最も成績を落としているこいつが……!」
「――はい。この方こそがわたし達が撃ち抜くべき、急所なのです」
甘楽を中心に渦巻くヘドロの溜まった底で最も意思の弱い人間。
たった一発の弾丸で彼女達を破滅に至らす事の出来る――急所。
その人物の名は、木下 響。
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