魔法使いのねがいごと

天灼 聡介

第01夜

「僕は昔、魔法使いに会ったことがある……」

 それは運命的でも、劇的でも、感動的でもなく。その魔法使いは、ほぼ一方的に、それこそ強制的な形で出会うと、ある日忽然と姿を消した。

 しかしながら、幼い彼にとってのその何気ない日々の一幕は、人に話せば馬鹿にされ、挙句の果てには笑い者にされた結果。彼のこの思い出は次第に綻び記憶は薄れ、物が埃をかぶるようにやがていつしかそのまま忘れていったのだ――。



 最近の夏はやたらと早い。昨日まで寒いと思えば、次の日からは冷たい麦茶とアイスキャンディーが欲しくなるというのだから四季も風情もあったもんじゃない。何をそんな焦って子供の機嫌のようにころころと態度を変えるのか。

 そんな季節の激しい変わり目の頃、前日の夜に暖房のタイマーをどうするか少し考えた末に、解除しないことを選んだことを(東雲つむぐ)はひどく後悔をした。

「あつい……」

 そう一言、ベッドに寝そべった状態で呟くと、つむぐは額に流れる汗を拭うと乱暴に暖房の電源を落とした。やがてベッドから気怠そうに起き上がると、まだ寝惚けた様子で洗面所へと足を向けた。

 顔を洗い、歯を磨き、つむぐの頭がようやく回転を始めた頃には時刻はちょうど正午を指していた。

日曜日の休日、帰宅部で一人暮らしの高校生らしいというところか。特にやることがあまりないにも関わらず、明日は休みだからという理由だけで夜更しをすればこういう結果にもなる。

 つむぐは一通りの身だしなみを整え、部屋に戻ると椅子に腰掛けた。そのまま天井を見上げたのは、やることがないのか、それともやる気がないのか。しばらく動かずに天井を見上げていると、携帯電話の着信音が唐突に部屋に鳴り響いた。

 つむぐは視線を机の上に置かれた携帯電話に移すと、ディスプレイに表示された着信相手に頬をぴくりと動かした。鳴り響く携帯電話をしばらく手に持ちながら、少し迷った後に携帯電話を耳に当てる。

「はいはい」

 つむぐは気怠そうに声を出すと、電話先の相手は呆れた様子で返事を返した。

「何がはいはいだ。おまえ絶対今、どうしようか迷って電話に出ただろ?」

「いや、僕の気が乗らないだけだよ。さっさとどう話を切り上げるか、その方法を迷ってたら時間がかかった」

「それはあれか、うざいってことか」

「素直に言っていいのか?」

 つむぐは特に感心のないような感情のない平坦な声で話しならが、その視線は再び天井に戻っていた。

 電話先の相手は返事の代わりに深く溜息をつくと話を続けた。

「遠慮しとくよ。それで、今日の祭りのことなんだけど、悪いんだが待ち合わせ時間を七時頃に変えってもらってもいいか」

「うん、ああ祭りか……。別に何時でもいいけど、そもそも野郎二人が祭りに行くのに、わざわざ時間なんかそこまで気にする必要もないだろ。適当に時間を決めておけば、そのうち会えるよ」

 つむぐは気怠そうに話しながら、視線を天井から外した。

「そう言うなよ。一人で行くよりかはましだろ」

「僕は一人なら、どのみち行かないよ」

「ああ、わかったわかった。まあとにかく、その時間ってことで、決まりでいいのか」

「ああ、それでいいよ」

 つむぐは話を終えると、携帯電話を机の上に置いた。

 そして何気なく見た窓の外には、雲ひとつない青空と暖かな陽射し降り注いでいる。子供達の無邪気に遊ぶ声を聞こえてききながら、もう季節が夏なのだとつむぐは感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る