第36話:助言、保護、反故

「どういう意味ですか?」


 思わず問うと、彩瀬さんは両手を挙げてひらひらと揺らせて見せた。

 それが何を意味するのか、オレには全く理解できなかった。


「俺もう行くけど、あとひとつだけ言わせてくれ」


「何ですか」



「神谷くんを大切にした方がいい」



 心臓に鈍痛が走った。


 西日が彩瀬さんの整った顔立ちを照らし、まるでオレの胸の奥までその光が射し込むようだった。



「どういう、意味ですか」


「そのまんまだよ。じゃあ俺帰るから」



 呆然とする俺をよそに、彩瀬さんは駅の方へと消えた。





 頭に熱感を覚えたまま帰宅すると、アパートの廊下に神谷が座り込んでいて、オレを見るなり、


「いおい!」


 と声を挙げて駆け寄ってきてふらふらのオレを抱きしめた。


「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」


「大丈夫だ、悪いがひとりにしてくれ」




「嫌だ」




 珍しく低く厳しい声で神谷は言った。




「別に下心はねえよ。でも俺はおまえと一緒にいたい。こんな状態のおまえを放っておけない」


 


 どこまでもめんどくさい男だ。俺は疲労困憊で、結局根負けした。


 鍵を開け、神谷をリヴィングに入れ、自分はシャワーを浴びた。熱い湯で何もかもを洗い清めるような気持ちで。


 だがそれも裏目に出た。のぼせてしまったようで、浴室から出るとまともに歩けなくなっており、意識も半覚醒状態だった。神谷にベッドまで連れて行かれて、そのまま眠ったらしい。



 どこまでも深く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る