第13話:バンド名決定
「キツネさんがいい」
水沢タクトはそう言ってまたメロンソーダのくるくるしたストローを口に含んだ。先日のファミレスではなく、キャンパスから近い純喫茶だったが、タクトはコーヒーや紅茶に微塵も興味を示さず、ただ「メロンソーダが飲めるか否か」という基準で入る店を決めるらしい。
「キツネ、さん……?」
「なんでまた……?」
大真面目な幼児園児(年中さくら組)に聞くと、
「これ!」
と言ってタクトは両手をキツネの形にしてみせた。
「これ、かっこいい」
…………。
「キツネって英語でなんだっけ?」
「FOXだけど……」
「じゃあ『REAL』と『FOX』と武器系の——」
俺とアキラが半ば引き気味にぼそぼそと相談していると、
「REAL GUN FOX」
と、タクトがあっさりと言った。
「りある・がん・ふぉっくす……」
俺とアキラは思わず復唱する。
「意味的には筋は通らないけど、バンド名なんてそんなもんでしょ。それにGUNを真ん中に入れるのは縁起がいいかもね、ジミヘン然り、ミッシェル然り」
タクトが言いながらまたメロンソーダをすする。
「お、俺は良いと思う!」
思わず叫んでいた。
「だって、俺ら三人の言葉だし、まあ俺はGUNを言えなかったけど、タクトくんが選んでくれたのがしっくり来た! それに、REALとGUNが来るとシリアスになりすぎるけど、FOXが入るとポップでかわいい感じになって、良いバランスだと思う!!」
「ありがとう、須賀くん。あとは三津屋くん次第だけど——」
「俺は希望の『REAL』が入ってて、おまえらが納得してるならあんまりこだわらねえよ。いいじゃん、リアル・ガン・フォックス。略称は『リアガン』とかになってキツネ消えるかもだけど」
アキラが言うとタクトが一昔前の『ガビーン』みたいな顔をしていた。
「あ、あとね、もうひとつ提案がある」
タクトが身を乗り出して、グラスを手に取るのではなく、子供のように自分がストローの位置まで唇を運んでちゅるちゅるとメロンソーダを飲んだ。
「僕たちの、つまりリアル・ガン・フォックスのメンバー名を、ラストネームは漢字、ファーストネームをカタカナにしたら統一感が出るかなって。アキラくんも僕もカタカナだから、須賀くんにも『ユウト』になってもらおうかと思ったんだけど、それだと僕とかぶるから、『ト』をデリートして、『須賀ユウ』になってもらう」
め、命令形?!
「要するにアレか、須賀ユウ、水沢タクト、三津屋アキラ、か」
「そゆこと」
言い出したタクトも頷くアキラも、『水沢タク』という選択肢などはなから存在しないかのように会話を進めていた。
でもいいよ、この二人と一緒にバンドやれるなら。
「じゃ、スタジオ行こうか。今日はユウくんにベースとヴォーカル、両方をやる時にアドバイスしたいことがあるし、アキラくんにはテンポが安定しすぎてる癖を直すコツを教える。それに、これは初めてだけど、僕の音の色のこと、ちゃんと説明した方が良いかもしれない」
そして十五分後、例の地下ブースで、俺とアキラはまた天然天才アマデウスにしごかれていた。
「ユウくん! 手元見るなって言ったでしょ! いくら慣れてないからって細かいピッキングに引っ張られて肝心のヴォーカルがおろそかになるなんて論外だよ!」
「あのねアキラくん! 『俺はこんなに正確に叩けます〜!』っていうアピールいらないから! それだったらメトロノーム置いとくから! もっと人間味のある、僕の曲にあるグルーブ意識して!」
——き、厳しい……。
しかしベース&ヴォーカルに慣れていない俺はともかく、あの『スーパードラマー』三津屋アキラにタクトがここまでダメ出しするのが意外だった。確かに、4年も三津屋アキラのストーカーまがいのことをやってた俺から見ても、アキラのドラムは常に正確で、乱れることがない。
だが、タクトはそこがダメだという。
「じゃあ休憩しよっか。そしたら二人に、僕のきょう何とかの話する」
きょう何とか。
「タクトくん、それってアレかな、色の話? 共感覚のこと?」
「え! ユウくん知ってるの?!」
「俺は知らねえ」
「色んなものが色と結びつけられる感覚だよね?」
「そうそうそうそうそう!! 知ってる人いたああああ!! わ〜! 嬉しい!!」
「俺は知らねえ」
タクトは心身共々満身創痍な俺たちなんてそっちのけ、また両手を挙げて踊り出し、たまたまテレビか何かで見た『共感覚』を知っていた俺に両手でのハイタッチを要求してきた。
そして俺とアキラが準備を整えると、タクトは鞄から大きなポスターのようなものを取り出した。と言ってもちゃんと巻いてあるのではなく、普通に画用紙を何枚もセロハンテープで貼ってあるだけで、何度も裏を補強している痕があるし、紙も年期が入っているのが分かる。
「これ! これが僕に見える音の色」
——冗談だろ……
共感覚の知識があった俺も、知らなかったアキラも、その巨大な表を見て言葉を失った。
短音にも、ありとあらゆる和音、コードにも、全て、若干ニュアンスの違う色が、クレヨンや絵の具で記してあって、それが軽く百を超えていたからだ。
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