コードネーム〈サクリファイス〉

Mt.ブコウ

第1話 【コンバット・ゾーン】

※この小説はフィクションであり、登場人物、団体名、地名、事件等は全て架空のものです。



(1)湾岸戦争


 1991年、イラクによるクウェート侵攻をきっかけとした湾岸戦争が勃発ぼっぱつした。その危機を受けて、国連安全保障理事会は、同年1月15日までにクウェートからの撤退をイラクに要求し、拒否した場合はサウジアラビアに派遣されている多国籍軍による武力行使を認めていた。


 多国籍軍の中心であるアメリカは、日本にも自衛隊参加を求めてきたが、憲法上の制約により、できることは巨額の資金(130億ドル)の提供だけであった。そのため日本は、アメリカから『金は出すが、血は流さない』と批判された。


 国際貢献のあり方を問われた日本は、停戦直後に海上自衛隊をペルシャ湾掃海任務に派遣した。自衛隊の海外派兵は禁じられていたが、『遺棄いきされている機雷を処理するのは戦闘ではない』と言う苦しい見解で強引に派兵した。


 国際平和協力は人的貢献もしなければ尊敬を得られない。いわゆる〈湾岸のトラウマ〉で、その後自衛隊は、世界各地になし崩し的に派遣されることになった。


 湾岸戦争そのものは、多国籍軍側のワンサイドゲームで2月末には戦闘が終結していた。そして、そこで使用されたアメリカ軍のハイテク兵器は、戦後の兵器開発に大きな影響を与えた。各国はその有効性に度肝どぎもを抜かれ、兵器のIT/デジル情報化による戦闘効率向上に躍起やっきになった。

 

 ある意味それは、自衛隊装備のIT化進展には好都合であった。『陸海空すべてにおいて、高度なC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、監視、偵察)機能を早急に整備しなければ、派遣される隊員の命は守れない』促進派はそう主張した。間違いではないが方便ほうべんであるのも事実であった。しかし、その考え方が主流になり、限られた防衛予算の中でIT関連の優先度がアップした。その結果自衛隊は、世界でもトップレベルの防御力(戦闘力)を短期間で保有することになった。



 (2)始動


 2016年5月 神奈川県S市 R研究所


 防衛装備庁ぼうえいそうびちょうの関連施設であるR研究所は、昔からこのS市に位置していた。駅からさほど離れておらず、近くには小学校もあった。通学時間帯には、ランドセルを背負った子供たちが、周囲をへいおおわれた研究所の前を楽しそうに歩いていた。どこか奇妙さを感じる光景だが、この地域の人々にとって、当たり前の日常風景にすぎなかった。とはいえ、この施設が機密のかたまりであるのは間違なく、一般人の立ち入りは、厳重に制限されている。


 カーキー色のくたびれたジャケットを羽織はおり、汚れたジーンズをいた男が、その正門から入ろうとしていた。身長は185㎝以上あり、適度にビルドアップされている。まるで格闘技の選手のような姿だが、顔には愛嬌があった。

 男は慣れた様子で身分証明書を提示する。初老の守衛は、怪しむ素振りも見せずそれを確認した。


「おはようございます。今日は私服ですか?」

「ええ、すぐ外に出ますから」


 穏やかな笑顔で答える男に、守衛は自然なふるまいで敬礼をおこなった。おそらくは元自衛官なのだろう。入門を許可された男は、軽く返礼し施設内に入った。


 彼の名は平直樹たいら なおき。システム研究部の〈308〉に所属する研究員だ。職場は正門から最も離れた場所にあった。広大というほどではないが、施設内はそれなりの広さで、歩調ほちょうを速めても五分ほどかかる。古びた三階建ての屋舎おくしゃが見えてきた。そこがシステム研究部だった。


 直樹の所属する〈308〉は、その、名前のとおり三階にあった。システム研究部の例外として、部門の固有名称を持っていなかった。通常ならば〈火砲かほうシステム〉や〈NBCシステム〉などの、研究内容が名称になる。しかし、この3階の8番目の部屋にはそれがなく、部屋番号の〈308〉がその代わりになっていた。


 直樹はドアを開けて室内に入る。そこは、まるでPCソフトの開発室のようであった。部屋の両側には1から6までの、半透明のパーテーションで仕切られたブースがあった。その詳細は、1は直樹の担当する〈仮想空間総合〉、2は〈仮想空間システム〉、3〈OICG(次世代個人戦闘火器じせだいこじんせんとうかき)〉、4〈IHIS(統合型ヘルメット・アセンブリー)〉、5〈高機動パワードスーツ〉、6〈資材〉と、いささかSFじみたものであった。

 〈308〉が、部門の名称を持たない理由がそこにあった。ここはヴァーチャル・リアリティのトレーニング・システム構築を目的に発足した部門で、装備開発という概念から外れていた。例えば、OICG、IHISと高機動パワードスーツは、他部門で正式に研究開発されているが、〈308〉内のそれは、ヴァーチャル・リアリティの中だけの存在で良く、現実の抱える問題点(最も大きな問題は電源供給)は、無視できた。もちろん、システム完成後は、現実とのインポート、アウトポートは可能であるが、現状はゲーム上のアイテムと変わりがなかった。


 部屋の突き当りは、パーテーションのない空間で、質素な四人掛け応接セットと、その奥に、やはり質素な机にPCモニターが2台並んでいた。椅子いすに座っているのは、この持て余し気味な空間の主である、〈308〉室長、八児啓介やちご けいすけであった。五十一歳という年齢相応の白髪頭しらがあたまでアンダーリムの眼鏡をかけていた。直樹の入室に気がついたはずだったが、構わずモニターを見続けている。


 直樹は八児の前に立った。


「戦争ごっこというものは、時代と共に様変さまがわりするようだね」


 そう言って八児は、モニターに向けていた目を直樹に合わせた。


「戦前生まれの私の父親は、棒切れを振り回して――」

 八児は、見えない“ライフル”を横に向けて構え、「バーン」と楽しそうに声の弾を撃った。


微笑ほほえましい遊びだね、なによりも演技力が要求される」


 何度かやり取りしたことのある話題なので、直樹も腹は立たない。八児は〈308〉の研究を壮大な戦争ごっこに例える癖があった。


「私の世代は、もう少しリアリティがあった」

「リアリティ……モデルガンですか?」

「今考えると良くできていたな。弾は発射されないものの、よく似た外観で火薬による音や光、そして匂いだよ、演技を続けるには申し分なしだ」

「やはり演技は必要ですか?」


 笑いながら話す八児に直樹もつられてしまった。思わず吹き出してしまう。


「まあやっていることは積極的なかくれんぼだからね」


 八児は笑いを収め、モニターに目を戻してマウスを動かしている。どうやら直樹の話す順番のようだ。


「私はエアーガンとFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)の世代なので……ご存じだと思いますが」

「今日は君の集大成かね?」


 回りくどい聞き方であった。今日はヴァーチャル・リアリティ・トレーニング・システム(以下VRTS)の仮バージョンのテストが行われる。八児はそれに問題がないのかと聞いているのだ。


「何年私の上司を努めていらっしゃるのですか?」


 直樹は、冗談交じりに責めるような口調で言った。八児は顔を上げ、きまりが悪そうに笑った。それはそうだろう、〈308〉発足時に強い要望で平直樹を装備開発庁に編入させたのは八児啓介なのだから。


 平直樹は、いわゆる就職氷河期しゅうしょくひょうがきによって自衛隊に入った人間だ。それなりに有名な大学を卒業予定ではあったが、氷河期ピークの1999年就職戦線はそれほど甘くはなかった。そこで直樹は、大学卒業後に自衛官の幹部候補生採用試験かんぶこうほせいさいようしけんを受けて合格した。身体も大きく、体力にも自信があった。やりたくもない仕事でくすぶっているよりも、多少は興味のある仕事にきたいと考え、陸上自衛隊幹部候補生学校(久留米)に入学した。もちろんすぐに後悔がやってきた。それほどまでにA幹エーかんの道は厳しかった。しかし、なんとか卒業することができ、幹部初級課程も終えた。普通ならば、どこかに新米幹部として配属されるべきだが、意外なところから声がかかり変更された。それがこの〈308〉であった。


(何もかも俺が悪い、あれはやりすぎだった)


 直樹は〈308〉に編入された原因を思い出していた。大学時代、マイナーな娯楽であるサバイバル・ゲームに熱中していた直樹は、雑誌社主催の全国大会を連覇した。そして、主催者から強豪チームとの対戦を依頼された。〈チーム・リックン〉と名乗っていたが、それが陸上自衛隊の隊員で編成されたチームであることは分かっていた。だから直樹は、全力で叩き潰した。サバイバル・ゲームにはサバイバル・ゲームの戦い方がある。なにしろ弾が20m前後しか飛ばないのだから極端な接近戦になる。直樹はおとりと地形の理(会場は雑誌社提携フィールド)を利用して、三戦三勝した。


(一勝ぐらいさせればよかったか……)


 幹部候補生学校時代も随分ずいぶんといじられた。とある教官は『あの平直樹様ですか』などと揶揄やゆしたり、射撃訓練時も『サバゲーと一緒にするな!』と固有の怒鳴どなられ方もしたりした。とはいえ、直樹の成績は優秀だったので自然にそれは消えていった。

 

「よろしい、移動を許可する。他のメンバーは越生おごせに直行している。よろしく頼むよ」

「はい、ありがとうございます」


 八児は、〈資材〉の長田文枝おさだ ふみえに車のカギを渡すように指示した。パーテーションで仕切られているとはいえ、それほど広くない〈308〉だ。大きな声で話せば伝わる。


「10年だよ……」


 直樹の質問への答えだ。〈308〉は今年で10年目になる。


「平君、私が君を引き抜いたわけは、サバゲーの件ではない。あの小論文だよ」

「FPSと実戦の比較論ですか?」

「そうだ、陸自に不足しているものは【実戦のリアリティ】。その言葉に強烈にかれたし、私もそう思った」

「……」

「このVRTSで、それが解消されることを願う」

「はい、お任せください」


 落ち着いた雰囲気の30代女性の長田から、庁用車のカギを渡された。


「お願いします」


 〈資材〉の責任者である彼女も〈308〉発足時からのメンバーだ。今日という日の大切さを理解している。長い年月と少なくはない予算をつぎ込んだVRTSなのだ。失敗は許されない。



 (3)共犯者たち


 一般の車両と全く変わりのないセダンの庁用車は、送迎用としても使用されるので、乗り心地の良いものが選択されていた。とは言っても、S市から埼玉県の越生までは結構な距離があった。途中朝霞あさかに経由地点があるので、なおさら距離が延びている。運転があまり好きではない平直樹は、うんざりしながらも、なんとか経由地のコンビニにたどり着いた。そこで陸上自衛隊朝霞駐屯地りくじょうじえいたいあさかちゅうとんちの現役陸士を同乗させるためだ。


 待っていたのは、20代前半と思われる男女二人であった。直樹が近づくと、二人はそろって敬礼した。男の陸士が口を開いた。


「東部方面――」

「ああー、待ってください。そういうのはいいですから、名前だけお願いします」


 自衛隊員独特の長い所属階級を報告しようとしていたので、直樹は慌てて止めた。


加藤正一かとう しょういち、1士です。本日はよろしくお願い致します」


 そう言って加藤は敬礼を下げた。幹部候補生学校を卒業している直樹は、普通ならば3尉なので、上官にあたると考えたのだろう。 加藤は、直樹と比べると少し小さく見えるが、それでも180㎝近くはあるはずだ。なによりも、彼はなかなかイケメンであった。


水野絵里みずの えり、同じく1士です」


 彼女は軽い会釈えしゃくで自己紹介をした。髪は短くカットしてあるが、顔には女性らしい柔らかさと愛嬌があった。


「平直樹です。中島さんから聞いているとは思いますが、ご協力お願いします」

「中島中隊長と平さんは同期なのですか?」

「はい、候補生学校で一緒でした」

「平さんの噂は聞いていますよ」


 楽し気に話す水野に、直樹は嫌な予感がしていた。彼女たちの上官の中島健司なかじま けんじは、候補生学校の同期で親しくはあったが、自称江戸っ子で口も悪かった。そんな人間の話す噂なんて、ろくなものではないはずだ。


「……なんと言っていました?」

「信用ならないひどい奴だと」

「……」


 予想どおりすぎて言葉が出なかった。これ以上の雑談は、それこそ碌な話にはならないと思い、直樹は越生に向けて出発することにした。


「後ろに乗ってください。楽しいゲームに二人をご招待します」


 朝霞から越生までの距離は45㎞ほどあり、高速道路を利用しなければ2時間近くかかった。無論、平直樹たちは平道で移動している。車は川越付近に差し掛かっていた。渋滞が発生していたか、迂回うかいしてもさほど時間短縮できないので、直樹は市内の通過を選択していた。


「平さんて、あの“ドクター・シュワルツ”なんですか?」


 景色を見ているのに飽きたのか、加藤正一が直樹に話しかけてきた。彼の言った“ドクター・シュワルツ”とは、オンラインのFPSゲームで直樹の使用していたハンドル・ネームだ。あまり触れられたくない話題だったので、それとなくごまかそうと思った。


「まあ、そうかもしれません」

「自分は“REALコマンドー”です」

「……はい?」

「だから、自分のハンネは“REALコマンドー”ですよ。何回もバトルしましたよね? 全部ボコボコにされましたけど」

「……」


 ルームミラーで後部座席を確認する。憎たらしいほどのイケメンがニヤニヤしている。


「なんの話?」


 水野理恵が加藤に聞いた。話の内容が全く理解できないようであった。


「“バトル・プレイス”ってゲームの話だよ。平さんは伝説のプレイヤーなんだ」

「伝説?」

「“ドクター・シュワルツ”がメンバーにいる陣営は負けたことがない。サーバー側の架空のプレイヤーじゃないかって噂されたほど強かった」

「それが平さんだっての? ソースは?」

「中隊長だよ」


 に落ちない話であった。中島がそれを知っているはずはなかった。“バトル・プレイス”の“ドクター・シュワルツ”は、VRTSのプロトタイプを使用したデモンストレーションで、そのからくりを知っている人間は限られていた。


(そうか……八児さん、実績を中島に教えたのか)


 やれやれと直樹は溜息ためいきを漏らした。加藤にもそれを教えても良いが、少し前置きも必要だなと思った。


「中島さんから今回の件は特定秘密であると聞いていますか?」

「はい」


 特定秘密という言葉に二人の口調は変わり、ルームミラーに映る表情も硬くなっている。どうやら、話す準備が整ったようだ。


「“ドクター・シュワルツ”はいかさまです」

「……」


 ポカンと口を開けている加藤の顔がやけに可笑おかしかった。直樹は笑いながら話を続けた。


「加藤君はマウスとキーボードでプレイしていたと思いますが?」

「ええ……もちろん」

「“ドクター・シュワルツ”は違います。彼は特殊な入力装置によって、あの強さを発揮していました」

「特殊な入力装置ですか?」

「はい、お金もべらぼうにかかっていました。“REALコマンドー”がかなわないのも当然です」

「……」


 加藤が苦虫にがむしをかみ潰したような顔になった。


「それはどんなものですか?」


 水野がミラー越しに目を合わせて聞いた。加藤とは違い、その顔は好奇心に満ちあふれている。直樹は意図的に曖昧な答えを返した。


「すべては越生で分かりますよ」


 車はようやく川越市内を抜けた。順調ならば40分ほどで目的地に到着だ。簡単なことであった。言葉での説明よりも、実際の体験が明確な答えになる。水野も加藤も納得するしかない。


 有名な越生梅林おごせばいりんのさらに奥にその建物はあった。以前はオフィス用品の倉庫で、アクセス用の道幅は広い。約1000㎡(300坪)の屋根の高い平屋建てで、駐車場も広大だ。先行している〈308〉のメンバーの車が10台ほど止まっているが、10分の1にも満たない占有率だ。


 ワイシャツ姿の男が外に出ていて、誘導するように手を上げている。平直樹は、その男の近くに車を止めて降りた。


「遅いですよ平さん。システムの新井さんが激おこですよ」

「すみません。予想以上に道が混んでいまして」

「また社長出勤って言われますよ」


 ヒステリックに抗議している眼鏡の男は〈仮想空間総合〉のメンバーである石田茂樹いしだ しげきだ。彼は直樹の右腕と言ってもよい存在だ。


「この二人が中島さんの?」

「はい、加藤さんと水野さんです」

「よろしくお願いします」


 遅れて車を降りた加藤正一と水野絵里が、そろって石田に挨拶あいさつをした。直樹の時とは異なり、敬礼したりはしない。


「これから長い付き合いになると思います。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って石田は、建物の中に二人を導いた。



 (4)【コンバット・ゾーン】


「な、なんだ……ここは?」


 中に入るなり、加藤がきょろきょろしながらつぶやいた。直樹は普通の反応だなと思った。

 倉庫然とした外観とは違い、内部は商業施設そのものだった。二重構造になっており、手前のエリアには自販機が並んだ広いロビーと、未完成のフロントがあった。奥のエリアは、それらしい雰囲気の金網で仕切られ、そのゲートには物々しいフォントで【コンバット・ゾーン】と書かれていた。

 初めて見る者はだれだって驚くだろう。


「直樹」


 中年太りの男が、直樹を手招てまねきで呼んでいる。


「なかなかそれらしくなってきましたね」

「外装の整備の許可が出ないから、内側から始めている。八児さんにお前から頼んでくれよ、このままじゃ間に合わないってね」


 直樹をお前呼ばわりするこの男は、大学時代のサバゲー仲間だった平野昭ひらの あきらだ。直樹と同い年の彼は、持ち前の行動力で就職氷河期をものともせずに大企業に入社した。しかし、行動力があり過ぎるのは、決して良いことばかりではなかった。平野は、このプロジェクトに飛びついてしまい、就職時の幸運を棒に振っていた。


 平野は直樹に、そこに座れとロビーの6人掛けのテーブルを指さす。石田が心配そうに腕時計を見ている。


「石田、お前は肝っ玉がちっちゃいね。旧友が5分ぐらい話をしようってんだ。そんな嫌な顔をするなよ」

「5分ですよ」


 平野がムッとした顔で石田を睨んでいる。

 長所は短所になりうる。それは平野自身が証明している。そしてその逆もまた然りだ。石田の神経質なまでの細かさは、時間にルーズな直樹にとって、実にありがたい長所であった。

 5分というリミットが定められたが、それで充分であった。この古い友人に聞きたいことは、一つしかなかったからだ。


「金額は決まりましたか?」

「2千円にした。1時間2千円。映画とほぼ同じだ。妥当だとうだろう?」


 【コンバット・ゾーン】は、新しいアミューズメント・コンテンツとして、来年一般公開する予定だ。体感型FPS。目新しいアイデアではなく、小規模の施設はすでにいくつか存在する。だが、これほど本格的なものは、ここが初めてだろう。直樹は、VRTSのテストベットとして、このアミューズメント施設を活用しようとしていた。もちろん、研究所から提供するシステムは低いレベルに留め、ブラックボックスも多数設定してある。


「それでペイできるのですか?」


 映画は一度に数百人が動員可能なので、客一人の単価は2千円でも利益は出る。しかし、ここでの最大プレイヤー数は32人に限られている。インフラコストも、映画館の倍近いはずだ。


「弾は別料金だよ」

「……なるほど」


 平野は、直樹の隣に座っている自衛隊の二人に目を向けた。


「本職の方ですか?」

「その言い方は抵抗がありますが……」


 水野が苦笑いでうなずいた。


「訓練では弾の使用数は少ないでしょうが、ゲームの世界では別です。みんな1時間あれば1000発は撃つでしょうね」

「そうですね、自分はゲームをよくやっていましたから分かります。それで、いくらですか?」


 興味をそそられたのか、加藤が楽しそうに質問した。


「1弾倉100円です」

「ぼりますね……」


 平野は30発100円だと言っていた。1000発撃てば、それだけで3000円だ。つまりは、1時間5000円で計算可能なのだ。


「それだけじゃない、人間は喉も乾けば腹も減る。待っている時間は別のこともしたくなる。利益を上げる変化球は多彩たさいだよ」


 平野は得意げに話を続ける。対象は直樹に戻っていた。


「阿部さんから許可をもらった。専用の銃を玩具メーカーと開発中だ。普及すれば大きな収入源になる」

「聞いています。まずはM4だとか」

「メジャーだからね。89式の方が良かったか?」


 つまらない冗談だが、直樹は声に出して笑った。少なくとも平野が無計画ではないことが分かったからだ。この設備の存在価値は大きい、システムの問題点、装備の耐久性、フィードバックしてもらう事項は多数あった。


(ある程度普及してもらわなければ困る。VRTSが非人道的と言われないためにも、ここのゲームで下地を作る必要がある)


 真の目的はそこにあった。直樹の作り上げようとしているVRTSは、徹底したリアリティを追及している。おそらく精神的ダメージを受ける者が多発するだろう。その際に、VRTSがここのゲームの延長線上にあるものという認識があれば、非難の矛先をかわせると想定していた。


「5分経過しました」


 感情の込められていない機械的な音声で石田が言った。平野が腹立たし気に舌打したうちをした。


「さて、戦闘の時間です」

「はい」


 直樹の呼びかけに、加藤と水野が返事をした。ゲームと分かり安心したのか、明るい笑顔であった。


(その笑顔も今日で終わりになる。君たちには私の共犯者になってもらう)


 5人で怪しげなゲートをくぐった。

 直樹たちは【コンバット・ゾーン】に入ったのだ。



 案内された部屋には、木製の看板かんばんでブリーフィング・ルームと掲示されていた。プレイヤーたちが、最初にゲームの説明を受ける場所だろう。とはいえ、ここは未完成で、殺風景な室内に折り畳みテーブルが何脚か置かれているだけであった。

 見慣れた〈308〉のメンバー達が、平直樹を待ち構えていた。


「社長、ご出勤お疲れ様です」


 石田茂樹が怒り心頭だと忠告していた〈仮想空間システム〉責任者の新井保あらい たもつが、嫌みを言って近づいてきた。不機嫌さを隠そうともしていなかった。ここは素直に謝った方が良さそうだ。


「申し訳ありません。さっそくですが、状況を教えてください」


 つべこべ言い訳をしても、年上の新井には逆効果だ。それよりも、彼が自信を持っている仕事の話をするのがベストだと直樹は考えた。


「プレイは可能だ。80%だがね」

「不足している20%は、やはり奥行きですか?」


 頑固親父がんこおやじのような新井の表情が和らぐ、システムの問題点を覚えていた直樹に感心している様子だ。


「視覚聴覚的には表現できている。問題は実際の空間との兼合かねあいだよ」


 フィールドで実際に人間が動き回れる空間は、縦35m、横20mの大きな体育館レベルの広さしかない。それを広大な戦闘エリアに変革するには、周囲に実在しない空間をプラスしなければならない。新井はそれに不備があると言っていた。


「物理障害物が足枷あしかせだよ。まあこれはVRTSでも同じか……」

「位置センサーの問題は解決しましたか?」


 システムにはもう一つ問題点があった。それはエリア内の位置情報で、メートル単位のズレが発生していた。


「ああ、答えは逆だったけどな」

「逆ですか?」

「センサーの精度が良すぎた。天井の8個の高性能センサーを、安物の4個に減らした。見事に改善したよ」

「と言うことは、2個だけで位置検出している?」

「そうだ、半分は故障時の予備だからな」


 天井の高さも10mほどしかなく、近すぎるが故の不具合だったようだ。とは言っても、精度を下げる決断はなかなかできない。下手をしたら泥沼化しそうな問題を、短期間で解決した手腕しゅわんは流石だなと思った。


「見せてもらいますよ、新井さん」

「あいよ」


 面倒めんどうくさそうに、手をひらひらさせて新井は部屋を退出した。彼のテリトリーであるシステム制御室は、エリアの裏側にあるのだ。



 入れ替わりで〈OICG(次世代個人戦闘火器)〉責任者の阿部光男あべ みつおが、得体えたいの知れないなにかをかかえてやってきた。彼は小柄なので、いかにも重たそうに見える。


「はい、ライフルだよ」


 阿部は、かかえていたものを直樹と加藤正一、水野絵里に配った。


「なんですかこれは?」


 加藤があきれたように言った。阿部からライフルだと渡されたものは、プレス加工で作られたおもちゃに見えたらしい。


「なにって、M4カービンだよ」

「これが……ですか?」


 水野があちこちをいじくりまわしながら質問した。


 阿部は極端な話し下手なので、答えにつまっている。直樹は助け舟を出すことにした。


「今はそう見えないかもしれませんが、仮想空間では完璧なM4になります」


 二人は信じられないといった様子で“M4カービン”を見ている。


(なるほど)


 直樹は感心していた。加藤も水野も、渡されたものがトイガンと分かっていながらも、銃口を人に向けず、トリガーにも指を掛けない。きちんと銃口管理教育がされているのだ。


「加藤さん、撃ってみてください」

「しかし……」

「大丈夫です。中島さんの教育方針は今確認させてもらいました」


 加藤は、「それでは」と言って、トイガンを構えて、だれもいない方向に向けてトリガーを引いた。

 銃弾の発射音とはまるで違う、カツンという機械的な音が響いた。


「……これは」


 なにかに驚いている加藤の隣で、水野がセレクターレバーを切り替え、フルオートで試射をする。


「……反動がそっくりですね」


 阿部が開発したトイガンは、外観を重要視していない。それは仮想空間内でどうにでもできるからだ。彼が心血しんけつを注いだのは小銃特性しょうじゅうとくせいの再現であった。全長、重量は、本物と寸分の狂いもなく、加藤達が驚いたリコイルやトリガータッチ、リロードの感覚まで、ほぼ完全にM4カービンをコピーできている。


「見かけは悪いですが、これは凄いものですよ」

めてもらって悪いが……そんな大袈裟おおげさ

なものじゃない」


 恥ずかしそうに阿部が言う。


「じゃなきゃ、イルマにデータを渡したりしない……」


 イルマとは市販トイガンでトップシェアを誇る民間企業だ。先ほどの平野昭の話では、阿部はイルマに専用トイガンの発売を許可したという。


「すべてですか?」

「そうだよ……小型カメラと弾薬制御と通信、全部市販品の応用だよ、なにも惜しくない」

「見返りは?」

「電池だよ。その辺のノウハウは奴等やつらにかなわない」


 直樹はなるほど思った。阿部の所属する〈OICG(次世代個人戦闘火器)〉本来の研究は複合火器だ。アサルトライフルとグレネードランチャーを組み合わせ射撃コントロール装置で制御する。一時期トレンドになり、日本を含む主要国で研究開発が始められた。ただ、複合火器にはクリアすべき問題が二つあった。一つは軽量化、もう一つは電源だ。阿部は、その電源の問題解決に民間のアイデアを活用しようとしていた。


「なぜ89式じゃないのですか?」


 平野昭とのやり取りを阿部にも振ってみる。


「あんなの……売れるわけがない」


 き捨てるように阿部が言った。直樹は、平野と顔を見合わせて笑った。



 平直樹と陸上自衛隊の二人は、トレーニングルームに移動した。ここからは石田茂樹も平野昭も同行しない。戦闘準備の最終段階に入ったからだ。

 奥行きが10m近くある細長いこの部屋には、仕切りを兼ねた台があるだけで、他はなにもないただの空間であった。


「ここ射撃場ですよね?」


 部屋の構造からそう判断した加藤が、台の上にトイガンを乗せた。勘が鋭い、正解だ。その台はそのためにあった。仮想空間がスタートしたらもっとはっきりする。


 部屋の左側面には出入口とは違うドアがあり、それが開いた。


「すまんすまん、充電が今終わったよ」


 汚い工業用の台車にヘルメットらしきものを3個乗せて男が入ってきた。彼こそが、VRTSの肝要かんようである〈IHIS(統合型ヘルメット・アセンブリー)〉の責任者、古川明夫ふるかわ あきおだ。彼のHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)が存在していなければ、直樹の構想もなかった。


「これはゲーム用だからね」


 古川が忙しそうにヘルメットと予備マガジンを台に乗せている。30歳になったばかりであったが、頭髪が薄く実年齢よりもかなり老けて見える。


「それでは網膜投影もうまくとうえいは、なしですか?」

「当たり前だよ。あれはVRTSで使うからね。これはゲーム機のVRゴーグルを発展させたものだよ」


 おそらく世界で最も進んでいる網膜投影技術、それが古川のHMDだ。網膜に直接結像されたその映像は『見る』という行為の最終到達点だと直樹は思った。目がくらむほどの鮮明さで、驚くべき拡張性を持っていた。網膜投影の弱点である眼球運動がんきゅううんどうへの対応も、完全ではないが克服されつつあった。


(まあ、あれは特定秘密の中でもトップクラスだからな)


 それにより〈IHIS〉にある試作HMDは、開発者の古川でさえも持ち出し禁止で、厳重に管理されていた。


「それでは、始めようか」


 古川の言葉に、直樹は少し緊張した。テスト段階のゲーム施設とはいえ、VRTS実用化の第一歩だ。これまでの思いも込められる。


「まずはヘルメットを装着してくれ」


 ボコボコしたオートバイのヘルメット。それが第一印象だった。ディスプレイが内蔵されたバイザーは上がったままだ。


「結構重いですね」

「これでも軽量化した。前は2㎏をオーバーしていた」

「今は?」

「1.5㎏、88式鉄帽に合わせてある」

「……」


 加藤と水野が呆れていた。自衛隊の88式鉄帽と同じ重さにしてあると言っていた。ひどいジョークであった。

 直樹はヘルメットをかぶりあご紐を止めた。上出来であった。頭にフィットして左右に振ってもズレたりしない。懸念された重さも、さほどではなく、むしろバッテリーも含めてこの重さに仕上げた技量に感服していた。


れないように通気性も考えてある。頭髪にも優しい」

「平さん、これって笑いどころですか?」


 水野がひそひそ声で聞いてきた。


「笑ってあげないと、不憫ふびんですから」


 水野と加藤が、見え見えの愛想笑いをする。それでも古川は満足した様子で、「バイザーを下げると仮想空間が始まる。覚悟はいいか?」と、過剰な演技でゲーム開始を宣言した。


(確かに……演技力は必要だな……)


 八児啓介の言葉が思い起こされた。直樹は右の口端を上げてバイザー閉じた。


「イエス・サー!」


 加藤と水野も続いた。困ったことに、なかなか乗りが良かった。

 


 仮想空間が開始された。今見えているものは、ヘルメット上部のカメラが捉えディプレイに映し出されたもの。聞こえているものはヘルメット左右のマイクが拾い音声データとしてスピーカから出力されたもの。そのすべてが拡張されている。


 直樹は辺りを見回す。なにもないただの空間だった部屋が、ブースのある本格的な射撃場に変貌していた。トイガンを置いた台は高級そうなウォールナットの銃置き場に、10m程しかなかった奥行きも、50m以上に延長されている。もちろんトイガンも完璧なM4カービンに変身している。


「髪がある!」


 水野理恵が大きな声で言った。その方向を見ると、頭髪ふさふさの古川明夫が、なぜかマリーン(アメリカ海兵隊)の軍服を着て立っていた。


「髪だけじゃない、その気になれば性別だって変えられる――新井さん」

『聞こえていたよ。だれがいい』


 ここでのやり取りは、システム制御室にも流れているらしい。これは便利だなと直樹は思った。いつでも新井保に質問可能だ。多分それは山ほどある。


「初音ミキ」

『好きだな、お前も……』


 一瞬で古川がアニメ顔の初音ミキに変わった。水野たちが「おおー」と、驚きの声を上げた。


「それでは、ライフルを撃ってみましょう」


 初音ミキ姿の古川が近づいてきた。元がむさい男と知っていると、この可愛らしい少女も、なんだか気持ち悪く感じてしまう。


「こ、声も、口調も変わるんですか?」


 今度は加藤だ。驚愕きょうがくの表情が見て取れた。現実にはヘルメットをかぶっているはずだが、仮想空間内ではCG処理された顔が見えている。


『視覚聴覚的には不可能はない。要はリアルな映画だからな。初音ミキだろうが坂本龍馬だろうが、なんだって出すことができる』

「新井さん、でも、わざとCGって分かるレベルにしていますよね? それはなぜですか?」

『VRTSでは本物と見分けができないレベルにするが、ここではまずい。あくまでもゲームでなければ心理的インパクトが強すぎる』


 納得のいく回答だ。ここは一般人相手のアミューズメント施設だ。

現実と間違えてしまう記憶を与えるわけにはいかない。パソコンのFPSがどんなにリアルになっても、それを現実の記憶と誤認する者はいない。なぜならば、自分の意志決定がマウスとキーボードをかいして行われるからだ。しかし、ここは違う。本物と見間違える銃を持ち、走り、構え、撃つ。当たれば相手は倒れる。撃たれたら自分も行動不能になる。現実の記憶と入れ替わる可能性は捨てきれない。


(やはり規制は必要だな……レイティングシステムも)


 映画やVRゲームに比べて、ここの疑似体験は毒性が強すぎる。薄めなければ害が出てしまう。


「さあ、ライフルを構えて、ターゲットを撃ってみましょう。みなさんは、プロの方なので、使い方の説明はしませんよ」


 初音ミキがアニメ声で言った。


(新井さんなら大丈夫か……今心配しても仕方がない)


 直樹は気持ちを切り替えた。まずは新井の構築した仮想空間の出来ばえを確認する。後のことは、後で考えたらいい。


「3人同時にトレーニングできます。各自手前の射撃ブースに入ってください」


 直樹たちは射撃ブースに入り、置かれているM4を取った。


「ターゲットは50m、セミオートで3発撃ってください」


 ミキの指示に従った。チャンバーに初弾を送り込み、セレクターレバーを“SAFE”から“SEMI”に切り替えた。そして、円形のターゲットに照準を合わせる。ダットサイトは装着されていない。普通のアイアンサイトだ。直樹はトリガーを絞った。大きなマズルフラッシュと共に、5.56×45㎜NATO弾特有の乾いた発射音が響いた。続けて2発撃つ、チンという空薬莢の落ちた音が聞こえた。その方向を見ると、3発分の空薬莢が転がっていた。


「凄い……まるで本物だ」


 加藤の声が聞こえた。実銃を知っている者の驚き方だ。M4カービンは、特殊小銃として自衛隊の装備に含まれている。彼はそれを訓練で撃ったことがあるのだろう。


 弾を撃ちこんだターゲットが、吊り下げられた状態で近づいてくる。ハリウッド映画でよく観る光景だ。直樹の射撃結果は良くなかった。黒丸から2発も外れている。


「陸士の二人は流石ですね。あれー、“ドクター・シュワルツ”はバラツキがひどいぞー」

「……」

「気を取り直して頑張ろう! さあ、ここからがこのゲームの醍醐味だいごみだよ。視覚拡張をするから、ちょっとまっててね」


 視界に様々な情報が追加されていく。方位、地形、現在地などの位置情報。実行中のミッション、敵味方の識別、装備の種類と残弾数などの戦闘情報が、理想的な配置で表示されている。


(常時表示の情報はこんなものか……あとは照準だ)


 直樹は腰だめでM4を動かしてみる。その着弾点である十字型照準が現れた。


「素晴らしい……古川さん、他の情報は音声コマンド?」

「本物は凄いよ、ABC兵器(原子兵器、生物兵器、化学兵器)の情報まで表示できるよ。だけど、これはゲーム用だから基本的なものだけだね」

「狙撃モードは?」

「『アップ』って言ってみて」

「アップ」


 スコープをのぞいたような視界に切り替わる。通常の状態とは動きが異なった。照準は常に中央にあり、銃口に連動して周囲が動いている。


「倍率は変更可能?」

「いくらでも、月のウサギだって狙えますよ。もっとも、弾はとどきませんけど。あ、戻すのは『リターン』だよ」

「リターン」


 視界が元に戻る。直樹は驚嘆の溜息をついた。このシステムに照準補正を加えたら、アサルトライフルでも遠距離狙撃が可能になる。

 自慢げな顔の初音ミキが、ゲームの継続を告げる。


「ターゲットが変わるよ。ポップアップ式のテロリスト10人をフルオートで排除してください。民間人もいるから気を付けてね。予備マガジンも台に置いてあるからリロードしてもいいよ」


 実行ミッションの表示が“ターゲットを撃て”から“テロリストを10人倒せ”に変更され、射場もあっという間に拡大した。

 直樹は残弾を確認した。まだ27発残っていたがマガジンを入れ替える。残数表示が31発に変わった。途中のリロードは不可能と考え、無駄弾なしの1人3発でのクリアを狙った。


「始め!」


 耳障みみざわりなブザーが鳴った。直樹はセレクターレバーを“FULL”に切り替えM4を構える。ヘルメットがストックにぶつかり、コツという“リアルな音が”聞こえた。


(なるほど現実に戻る瞬間がある……これなら――)


 物思いにふける暇はなかった。標的が現れる。サングラス姿のAKを構えたテロリストだ。直樹は素早く照準を合わせ、トリガーを軽く引いた。3発分の薬莢が排出され、命中音と共にターゲットが倒れた。続けて2体同時に現れる。銃を構えている者と下げている者、優先順位は明らかだ。速やかに銃弾を3発ずつ送りこみ倒した。比較的小さなポップアップが立ち上がる。女性であった。武装はしておらず、合わせた照準の色が青に変わった。


(照準色での敵味方判定。まぎらわしい、これは改善点だ)


 彼女から照準を外し、次の標的に合わせる。色が変わらない、撃ってもよい標的だ。直樹は銃弾を叩き込んだ。

 残りの6体も的確に処置し、残弾数1でゲームを終了した。


「お疲れさま。やっぱり現役は凄いねー。最速は水野さん、続いて加藤さん。“ドクター・シュワルツ”は3位でしたー」


 初音ミキがバカにしたような顔でこちらを見ている。直樹はなぜかムカついて、システム制御室の新井を呼んだ。


「新井さん、古川さんを、元のハゲに戻してくれませんか?」

『5年後の古川じゃどうだ? ピカピカだぞ』

「いえ、今のハゲでお願いします」

『分かった』


 新井は性格が悪い、初音ミキから古川への変身には、わざわざモーフィングが使用された。その髪の毛が激減していく過程に、加藤と水野が爆笑していた。



 平直樹と加藤正一、水野絵里の三人は、メインフィールドである【コンバット・ゾーン】に移動していた。空間のビフォアー・アフターを確認するために、HMDのバイザーを上げてある。

 3人はリアルの空間で【コンバット・ゾーン】の観察を行っていた。


「障害物が多いな」

「それにこの柔らかい床、なんか歩きにくい」

「テニス・コート四面程度の面積しかありません。広く見せるには工夫くふうが必要ですよ」


 全員ゲームプレイの標準装備をしていた。簡易的なタクティカル・ベストを着用し、ひじひざにはプロテクターも付けている。グローブとブーツも古川明夫から支給された。一般向けの娯楽施設らしく、安全確保には万全をしている。


『ゲームを始める前に少し説明をしておきたい』


 新井の声が聞こえた。多分演出だろうが、無線機に近いモノラル音声であった。


『仮想空間では見えているものがあるとは限らないし、あるものが見えるとは限らない』

「さっきの空薬莢のように?」

『まあな。我々が苦労したのは、実体のないものにいかにリアリティを持たせるかだ。そこにある障害物だってそうだ。一部は仮想空間で建築物に変わるが、2階があってもそこには上がれない』


 新井は滅多めったに無駄話をしない。そんな時はなにかに迷っているのだ。直樹はそれを察し、「なにか新機軸でも?」と、先回りの質問をした。


『実験的に、低レベルの体性感覚再現たいせいかんかくさいげんシステムを導入してある』

「皮膚感覚? それは難しいと言っていましたよね?」

『だから実験だよ。ゲームでは過剰すぎるので使わないが、VRTSでは別だ。間違いなく必要になる』

「……」

『まずは体験してみてくれ、後で三人の評価が聞きたい』

「……了解」


 低レベルの体性感覚再現。直樹は、気温や湿度、雨風あめかぜの気象現象のことだと推察した。


『バイザーを下げろ、戦闘開始だ』


 普通の古川が別室から指示を出した。今この【コンバット・ゾーン】にいるのはプレイヤーの三人だけだ。直樹たちは、そろってバイザーをおろす。


 ――そこには驚愕の空間が広がっていた。



 まさに戦場であった。舗装ほそうされている幅5m程の道路があり、中央には破壊された車が何台か放置されている。道路の右脇には、弾痕だらけのホテルらしき建築物があり2階から煙を上げていた。左側には開けた空間があった。ち果てた看板に【MOTOR POOL】と書かれているので、駐車場の設定のはずだが、車は一台もなく、代わりに壊れた机やテーブル、ロッカーなどの廃棄品が雑多ざったに並んでいた。


(右側はホテルで視界がさえぎられている。あの駐車場がメインフィールドか……ということは、目的地はあのビルか)


 平直樹は把握できる情報から、ゲームの目的を推理した。この道路を遮蔽物しゃへいぶつに隠れながら進み、突き当りのバリケードで囲われている5階建てのビルを破壊する――


「戦車?」


 左側からキャタピラの音が聞こえたので、その方向に顔を向ける。

加藤正一と水野絵里が、倒れた自動販売機に隠れつつ同じ方向を見ていた。やはり現役は違うなと、直樹は感心した。


「M1ですね。友軍らしいです」


 なるほど、音声にはリアリティがある。加藤の声が違和感なく直樹に伝わった。


「第三戦車小隊、それらしい名前がついています」


 水野が言っているのは、HMDに表示されている情報だ。1000m先に4両のM1エイブラムスらしき戦車がいて、こちらに向かっている。その上に青色の文字で第三戦車小隊とラベルが貼られていた。

 その小隊が散開を始めた。なにかを探知した様子だ。


「ハインド?」


 特徴あるバカでかいローター音が聞こえてきた。Mi-24ハインドに間違いない。視界にもそれが3機現れ、赤いラベルで機種名が示されていた。ハインドが対戦車ミサイルで先制攻撃を仕掛ける。かわすすべもなく4両のM1から炎と煙が上がった。青い文字のラベルが消える。それは第三戦車小隊の全滅を意味していた。遅れて、わずかな振動と生暖なまあたたかい風が直樹に伝わった。


(これが……体性感覚再現?)


「来ますよ、隠れて!」


 M1を片付けたハインドが、向きを変えて接近してくる。直樹は指示に従い物陰に隠れた。ローター音が大きくなり、振動と風圧も強くなった。ハインドは近くまで来ている。暴力的な23㎜連装機関砲の射撃音が響いた。弾は道路脇のホテルに打ち込まれ2階から上を瓦礫がれきの山に変えてしまった。ハインドが目の前を通過していく。爆風と爆音、そして地震のような振動が直樹たちを襲った。


「これは凄い……」


 ハインドは任務を達成したらしく、そのまま去っていった。


『小隊の残存兵力を報告せよ』


 漠然ばくぜんとした命令が無線で聞こえた。画面右上に通信ウインドウが開き、ひげ面の男が映った。青色の文字で大隊指揮所と書かれている。直樹は、これはゲームが本格的に始まったのだなと思い、演技を開始する。


「こちらシュワルツ、残存兵力は、コマンドーとエリー合わせて三名」

「コマンドー?」

「エリー……」


 演技にてっしきれない若造わかぞう二人が呆れてつぶやく、直樹は構わずそれを続けた。


「状況を説明されたし」

『了解したシュワルツ。君たちの支援に向かっていた戦車小隊は、残念ながら全滅した。今後の支援も不可能だ。なんとか独力でそこから離脱してほしい』

「離脱方法は?」


 視界に周囲のマップがズームアップされる。下部に矢印形の直樹たちが点滅している。


『君たちの現在地はここで間違いないか』

「はい」

『その街は周囲を地雷で囲まれている。脱出ルートは、そのまま道路を北に進むしかない』


 矢印が道路に沿って北上していく。そして、直樹が懸念けねんしたビルに突き当たった。


『このビルは敵の拠点だ。破壊もしくは制圧しなければ脱出できない』

「保有兵力と装備は?」

『少数だ。最大でも15名。装備も貧弱だ』


 予想どおりすぎて、直樹は吹き出しそうになったが、もう少しだけ付き合うことにした。


「スナイパーは?」

『複数存在の可能性がある。近くのホテルにM203を準備してある。それを有効活用してくれ』


 さきほどハインドに破壊されたホテルが点滅している。拠点制圧にグレネードランチャーは必需品だ。まずはここに向かうしかない。


「了解」

『すまない、幸運を祈る』


 それらしい顔つきでひげ面がび、通信ウインドウが閉じた。


「結構無茶苦茶ですよね」

「まあね、ゲームですから」

「それで、どうしますか?」


 どうやら直樹がリーダーのようだ。2人は作戦の指示を求めていた。


「HMDに表示されているミッションを遂行すいこうしていきましょう。M203を装備して、敵拠点を制圧する。簡単ですよ」

「CQB(近接戦闘)には装備不足ですよ」

「スモークぐらいはあると思いますよ」


 加藤と水野が不安そうにしている。自衛隊の訓練とも、モニターの前で遊ぶFPSとも違う独特の雰囲気がこのゲームにはあるようだ。それは直樹の求めているもの、【実戦のリアリティ】なのかもしれない。


「始めましょうか、撃たれても死にません。気楽にいきましょう」

「はあ……」


 浮かぬ顔の二人をよそに、直樹は前進してコンクリートブロックに体を付けて隠れる。コンクリートのはずだが、肩に当たる感覚は柔らかい。元の素材のウレタン張りの板そのものだ。


(一般向けじゃあこれが限界か……)


 わずかに興覚めした直樹であったが、ここは気を取り直し、演技に集中する。

 ホテルまでは直線距離で10m、途中の道路上にセダンの車が放置されている。直樹は加藤にそこに移動するように命じた。


「水野さん、加藤さんが何事もなく到着したら、ホテルの入口に向かってください」

「平さん、呼び捨てにしてください。なんか変ですよ」

「呼び捨ては苦手です。それではさっきのコードネームで呼びます。聞こえましたかコマンドー」

「了解……シュワルツ」


 走っていた加藤が、息継いきつぎしながら応答した。


「到着」


 まずは狙撃される危険を回避する。スナイパーがいるとすれば拠点ビルの高層階だろう。すでに射程内だが、加藤のいる車から先は射線が切れる。わずか数m、素早い移動でやり過ごす。


「エリー」

「移動します」


 水野が前面だけに集中して走る。加藤は身体を乗り出し警戒する。彼女の側面を守るためだ。


「到達しました」


 彼女は入口右側で壁を背にして、膝立ちで銃を構える。


「私も向かいます。援護を」


 直樹もそこに向かう。水野の銃口が光った。彼女がなにを撃っているかの確認はしない。走る速度を上げ野球のスライディングのように滑り込む。


「一人排除しました」

「他に敵影なし!」


 直樹も銃口を上げて周囲を確認する。銃声を聞かれたので直ぐに仲間が駆けつけるはずだ。一旦いったんホテルの内部に身を隠す。


「ドアを開けます」


 直樹はドアを押した。音もなく開き、銃声も聞こえない。頭を素早く動かし中を視認する。敵は見当たらない。


「コマンドー直接突入して右側を警戒。エリーはコマンドーにタイミングを合わせて左側を警戒」

「了解!」


 イケメンが走ってくる。水野は突入のタイミングをはかっているので、直樹は二人のために周囲を見張る。

 加藤と水野が風と共に突入した。この風はリアルな風だ。直樹も後に続く。

 三人は扇状おおぎじょうに広がり担当エリアを警戒する。

 部屋には遮蔽物が全くなく、敵の気配もなかった。直樹は銃口を下げる。自分が息を切らしていることに初めて気がついた。


「クリア……」


 加藤と水野もそれにならった。


「あれですかね」


 加藤が奥の方に木箱を見つけた。だれが見てもそれとわかる仕様だ。演出にひねりがない。


「エリー、コマンドーと一緒に見てきてください。M203なら取り付けてもいいですよ」

「はい」


 直樹はガラスの落ちた窓から辺りを監視する。FPSなら、そろそろ敵が現れる頃合いだ。


(来た……)


 道路の向こう側、駐車場に放置された事務用品を盾に、敵兵が接近してくる。


「急いでください。お客さんです」

「数は?」

「4」


 AKの発射音が聞こえ、ほぼ同時に窓から室内に着弾した。ハインドの砲撃で崩れた瓦礫に当たり、土煙つちけむりを上げている。直樹は頭を下げざるをえなかった。これで敵にイニシアチブを取られた。

 加藤がグレネードの装着を終えたようだ。直樹を見ている。


「入口側に、使用武器は任意で選択」

「了解」


 加藤が速やかに移動し、いきなりグレネードを発射した。爆発音と短い悲鳴が聞こえた。直樹は頭を上げて、退避を目論もくろむ敵兵に銃弾を撃ち込んだ。頭に当たったらしく男は崩れるように倒れた。

 水野も直樹の隣に駆け寄り、倒れたロッカーに向けて40×46㎜グレネード弾を発射した。後ろにいた敵兵は、ロッカーもろとも吹き飛んだ。


「コマンドー何人?」

「2です」


 動くものはいない、ひとまずは全員排除できた。ならば、次が来る前に、ここから離れようと直樹は思った。『敵の武装は貧弱』、ひげ面はそう言っていたが、手榴弾ぐらいは持っているだろう。遮蔽物のないこの部屋に投げ込まれたらひとたまりもない。


「移動します。マップを出してください」

「マップ」


 音声コマンドは古川明夫から一通り聞いていた。全体マップを画面に広げ、直樹はそれで加藤と水野に移動ルートを説明した。


「スナイパーを避けます。ここを出たら建物の裏に周ります」

「道が狭いですね、挟まれたらアウトですよ」

「そうですね。でも、建物の凸凹があり、隠れる場所も多そうです」

「脇は地雷原。ということは、この道はフィールドのはしですか?」


 水野は、その質問をすることで、これがゲームであるという認識を保とうとしていた。彼女の表情に、のめりこむことへの恐れが浮かんでいた。


「そうです。地雷原側からの攻撃はないと考えてもいいでしょう」

「さっきのハインドみたいなヤツが現れる可能性は?」

「ありえますが、ゲームバランスが悪すぎます。ひげ面は我々だけで制圧可能と言いましたから」

「なるほど、こっちが正解ルートですか」


 加藤の顔にも余裕が戻った。ハンサム顔で笑っている。


「行きましょう、グレネードは持てるだけ持ってください」



 ホテルの裏道に入った。道幅は2mもなく、直樹たちは縦一列で進んでいる。水野絵里が言っていた地雷原は、木製のさくで区切られていた。


(ここから先は壁ということか)


 所詮は大きな体育館程のフィールドだ。立ち入り禁止エリアを設けて、その狭さをごまかすしかない。とはいえ、新井保の仕事は見事であった。柵の奥には岩だらけの荒地が広がり、遠くには煙を上げている都市も見えた。音響効果も見事だった。小さく響く爆発音、砂ぼこりに合わせた風の音、なんら違和感を覚えない。


 ――先頭の加藤正一が敵を発見し、警報を発した。


「前方に戦闘車両! 大型火器を搭載、おそらくM2!」


 古いトラックが地雷原の外側を走っていた。荷台にブローニングM2を無理やり乗せて射手もスタンバイしていた。まともに撃ち合うと無傷では済まない相手だ。しかし、隠れようにも、周囲には12.7㎜に耐えられる遮蔽物はない。

 ならば選択肢は一つだ。撃たれる前に倒す。それだけだ。


「コマンドー、グレネードで車両を撃破しろ。エリー、ドライバーはどうでもいい、射手を狙え。M2を撃たせるな!」

「了解!」


 歩兵にとって大口径機関砲ほど恐ろしいものはない。薄い壁など平気で貫通し、ボディアーマーなど役に立たない、当たればどこでも致命傷だ。

 ポンという間の抜けた音で、加藤がグレネードを発射した。直樹と水野も、射手を狙って撃ちまくっているが有効弾を与えられない。

 グレネードが外れ、トラックの後方で爆発した。加藤が次弾を装填そうてんし、再び狙いを定めている。

 M2の銃口が光った。背筋が凍るような風切り音と共に12.7㎜弾が来襲する。そのあり余る破壊力で、柵を粉々にし、後方にいた加藤をも吹き飛ばした。


「!」


 加藤は、ホテルの壁に激突し崩れ落ちた。大口径弾が命中したのだ。凄まじい人体破壊が発生しているはずであった。しかし彼は、血を一滴も流さず普通の顔で横たわっていた。そして、墓標ぼひょうを残して消えていく。


(なるほど……)


 仮想空間と現実とは区別できるようにする。新井は、そう言っていた。随所ずいしょに非現実的なイベントを交え、プレイヤーにゲームであることを自覚させる仕組みだ。


『ヒット!』


 女性の声でヒット宣告され、直樹の視界が真っ暗になった。戦場で考え事をしてしまった。撃たれても当然だ。


『あなたは行動不能になりました。その場で待機してください。復活までの時間は3分です』


 画面に、射殺されたプロセスのリプレイが再生されている。12.7㎜が頭に直撃していた。現実なら跡形もなくなっている。


(頭だから3分か、身体なら2分、手足なら1分といったところか)


 3分の待機時間は、ゲーム性を考えると長すぎる。だが、ヘッドショットのペナルティなら別だ。少なくともFPS経験者ならば納得するだろう。

 リプレイが終わった。視界は暗くなり、【行動不能、その場で待機】の文字と、復活までのカウントダウンだけが見えている。残り時間は2分弱だ。その間自分は死んでいるのだなと、直樹は思った。不思議な感覚であった。ゲームで撃たれてゾンビになっている。それだけの話であったが、なぜか死というものを意識してしまった。


(私も同じか……敵がどこにいてなにを考えているか、それが分かる前提で行動していた)


 候補生学校時代の嫌な記憶がよみがえった。

 直樹は戦闘訓練が憂鬱ゆううつであった。教官は教範きょうはんを絶対視しており、市街戦にもそれを当てはめようとしていた。直樹はそれに噛みついた。『近接戦闘は不確実で流動的なもので、型にはまった動きでは全滅してしまいます』と進言した。しかし教官は、『サバゲーと一緒にするな』と冷たく答えただけであった。

 テロの時代の戦場では生き残れない訓練だ。だから戦闘に勝つためのリアルな訓練をしなければならない。直樹はそう考え、機会があるごとに、個人の戦闘能力向上とスキルアップの重要性を訴え続けた。

 その結果がVRTS構想だった。


(まあいいか……何度でも死んで、確実な方法を見つける。それこそがリアルな訓練だ)


 復活の時間が近づく、15秒前になった。直樹はタクティカル・リロードを行い、その時を待っていた。


『ゲームオーバーです』


 哀し気な音楽と共に、再び女性の声で宣告された。緊張が一気にける。自動でバイザーが上がり、直樹は現実の世界に戻された。


「……撃たれちゃいました」


 すぐ近くにいた水野が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……」


 直樹は愕然がくぜんとした。現実世界の水野に違和感を覚えていた。仮想空間と現実との比率が狂っているのだ。


「平さん、これ凄い! 面白すぎる!」


 加藤は楽しそうだ。二人のアンバランスさが、直樹を正常に戻していった。


殲滅戦せんめつせんか、『サバゲーと一緒にするな』と言いたいね)


「新井さん、全滅ゲームオーバーですか?」

『そうだ。もう一回やるかね? 今のステージは難易度中だ。低いのから高いのまでたくさんあるぞ』

「……いいえ」

『陸士の二人もか?』


 二人は直樹をチラリと見て、「私達も」と言った。

 それぞれ違った側面もあるのだろうが、これでVRTSの第一段階は終了した。直樹は、最大の功労者である新井を労うことにした。その方法は簡単だ。彼の仕事の感想を言えばいい。


「新井さん、あの風と振動はどうやって?」

『ただのファンだ、向きは4方向のみ。振動は床全体が揺れている。本当に低レベルだよ』

「でも臨場感がありました」

「爆発と連動したら凄いですよね」


 水野と加藤は率直な感想を言った。無意識ながらも良い仕事をしてくれた。


「確実に進化させてください。VRTSに必要です」

『簡単に言うなよ、馬鹿』


 言葉は悪いが、口調から嬉しさが伝わってきた。


(これで下絵は完成した。あとは拡大して地上絵に仕上げるだけだ)


 直樹はVRTSをナスカの地上絵に例えた。

 得体の知れないオーパーツ、現状は相違そういない。地上絵の描かれた理由は、タイムマシンが発明されない限り不明なままだろう。だが、VRTSは違う、つくられる理由は明確だ。【実戦のリアリティ】を具現化することだ。


(急がなければ……存在意義を確立しなければ、VRTSもオーパーツ化してしまう)


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