不老不死の実験
柴野
不老不死の実験
『不老不死実験の参加者募集中!』
その文面に惹きつけられ、あたしは思わずチラシを手に取っていた。
テレビで時たま流れている不老不死実験の話。その被験者の募集のチラシだろう。
あたしはごくごく普通の女学生。
ちょっぴり容姿に自信があるだけで、他に突出した点はない平凡な女だった。
だがあたしはチラシを読んで、ふと思ってしまったのだ。
「参加してみたいな」と。
家に帰るなり両親にその事を話した。
その時にはかなりの揉め事になったものの、あたしは既に二十歳。成人だからと両親を押し切って、なんとか応募した。
どうしてそんなにやりたがっていたのか、自分でも分からない。でもきっと、好奇心だけがあたしを突き動かしていたのだと思う。
しかしあまり期待していた訳ではない。応募してしばらく経った頃には、もうそんな事は忘れていた。
だが突然、あたしの元にこんな電話がかかって来たのである。
「おめでとうございます! あなたは被験者に選ばれました……」
そう言われたあたしは、例の事を思い出した。
まさか当たるなんて。嬉しさと共に、不安が込み上げて来た。
あたしは現在大学三年生。四年生へ向けて忙しいのに、そんな事をしている暇があるのだろうか。
だが選ばれてしまったものは仕方ない。あたしは曖昧な気持ちのままに、電車に揺られて実験場へ向かった。
実験場はとある山奥に建っていた。
壁一面白に塗られており、まるで小さな病院みたいだ。戸を叩くと、中から一人の青年が出て来た。
「やあこんにちは。君が助手さんかい? 美人だね」
あたしはそう言われ、少しドギマギした。
確かに自分でも美人な方だとは思う。思うのだが、会っていきなり「美人だね」と言われてもどう対応していいものか迷ってしまう。
「え、えと、はい。あなたが教授ですか?」
「いかにも。僕がこの不老不死実験の研究をしているしがない博士だよ。さあさ、中へ入りたまえよ」
教授の案内で実験場の中へ。
中も一面の白壁であったが、そこら中に家具が置かれていて実験場というよりは家という感じだ。きっと教授はここを住処にしているに違いなかった。
「……。それで、さっきあたしの事を助手と言ってましたけど」
「ああ。被験者に選ばれた子だろう? 被験者、つまりそれは僕の助手の事だ。分かるね?」
少し偉そうな態度にあたしはイライラしつつも、「はい」と答える。
「よし。賢い子だ。それで君に任せたい事があるんだ。もうすぐ完成する例の薬には、幾つか欠かせない物があってね。被験者になってもらう前に、少し手伝って欲しいんだよ」
てっきり薬ができた上での話かと思っていたあたしは驚きを隠せない。
その上一体あたしに何を手伝えと?
来たまえと言われたので階下の研究室へ向かうと、そこには実験器具が色々と置かれた異臭の漂う空間が広がっていた。
「驚いたろう。さあさあ、こっちだ」
そう言って若い教授が手にしたのは、白透明の容器に入った青い水。
「これが薬ですか?」
「そう。これを飲めば不老不死になれるんだ。永遠に死なず、老いぬ体。それは長らく人間が求め続けた理想だ! それを僕が実現する! 素晴らしいだろう。君もそう思わないかい?」
確かに不老不死はすごいと思う。それへの憧れであたしもここに来ているのだ。しかし今はそんな事はどうでもいい。
「あたしは何をすればいいんですか?」
「ああ、そうだったね。それは簡単な事さ」教授はニタリと笑った。
「今、卵子の調子はどうだい?」
「はぁ?」と声が漏れた。
この男、何を言っているのか。
「だから卵子だよ。この不老不死の薬に足りない物、それが卵子。僕ができるんだったらいいけど、僕は男だからね。君の分を取り出すしかないんだよ。ただ結構な手間がかかるんだ。君はそれでも了承してくれるかい?」
――ああ、そういう事か。
「分かりました。いいですよ」
「よかった。じゃあ少し準備が必要だから一週間、僕と一緒にここで暮らしてくれないか? 悪い思いはさせないつもりだよ」
しばらく大学を休んでしまう事になるがまあいいだろう。断る必要もないので、あたしは受け入れた。
そうして、教授とあたしの一週間の生活が始まった。
そしてあたしは、教授がかなり変態だと知った。
夜中、あたしと隣のベッドで寝たガル。
お風呂に入っている時、隙あらば覗きに来る。
トイレの時すら無遠慮に鍵のない扉を開け、「ご飯だよ」とか言ってくる。
建ったの一週間で彼への好感度はダダ落ちだ。勿論、出会ったばかりだったし好感度なんて元々あまり持ってはいなかったが。
実験なんかどうでもいい。あたしは早く家に帰りたくなった。
そうこうしているうちに一週間が過ぎていた。
「今日がいよいよ手術の日だね。準備はいいかい?」
「早く終わらせて下さい」
寝台に横たわると、何かの液体を渡される。
それをグビっと飲むなり、意識が遠くなり始めた。
――麻酔薬か。
そう考える暇もなく、あたしは眠りに落ちた。
目が覚めると、教授のニタリとした顔が目の前にあった。
濡れた唇の感覚。教授の満足げな笑み。
まだ朦朧とする意識の中でも分かる。これは、
「教授、キスしました?」
「ああ。君がいつまでも目が覚めないから心配してね。白雪姫のお話で王子が姫を起こすシーンがあるだろ? あれを思い出したんだよ」
「最低最悪ですね」
眠っている女にキス。なんていう変態なんだ。
だが無事に手術は終わっていたようで、卵子は取り出せたらしい。
喜ぶべきなのか怒るべきなのか悲しむべきなのかよく分からない状況である。
「今すぐ薬を作り始めるよ。一日はかかると思うから、助手くん、君はゆったり待っていてくれ」
あたしは返事もせずに、手術室を出た。
翌日。
教授は朗らかな笑みを浮かべてあたしの前に現れた。
「できたよ! さあ見てくれ」
コップの中に入った青色のドロっとした液体。これが完成した例の薬なのだろう。
「飲んでいいですか?」
「分かっているだろうが安全性は保証できない。それでもいいね?」
そんなのは承知の上。元々実験とはそういうものだろう。
だが、コップを手に取ったあたしを教授はすぐに制した。
「ちょっと待ってくれ。一つだけ、飲む前に一つだけ聞きたい事がある。……君は僕の事、好きかな?」
「普通に嫌いですけど」
「そうだよね。でも僕は愛してるよ。君と出会った時、一目惚れしたんだ」
だからどうしたのだというのだろう。どこまでも変態。
大きく溜息を漏らし、あたしはコップを傾け、不老不死の薬を――飲み干した。
その瞬間、明らかな変化が訪れた。
身体中に、何かとてつもなく熱い物が溢れ返り、暴れ出したのだ。
「う、ごぷ」
あたしは地面にぶっ倒れ、身悶えする。
だがおかしい。思うように体が動かない。
声が出ない。熱は増し、体の至るところが焼けるように痛み出す。
教授に助けを求めようとしたが、彼はこちらをただじっと見下ろしているだけだった。
熱い。熱い熱い熱い熱い熱い。
だがその熱もだんだんと引いていき、体は冷え固まってしまった。
「これで君は不老不死だ。嬉しいだろう? さあ、僕の愛しの助手くん。ふふっ、ふはっ、あははははははははっ!」
笑って笑い、笑い転げながら教授は、あたしの体を抱く。
そしてスカートを捲り、服を剥がして――。
かくしてあたしは、人類初の不老不死者となった。
銃で胸を撃たれても、毒矢で射られたとて死なない体。
見た目は何年経っても変わらず、永遠の美貌を誇り続けている。
体は硬質化し、ダイヤモンドより硬くなったのだという。臓器は全て停止、どうして脳だけが生きているのかは不明だ。
しかし不老不死実験は失敗とされ、何回か繰り返した後に本当の意味で成功したのだという。失敗の原因は、卵子を入れたせいだった。
でもあたしは知っている。
教授がわざと失敗したんだって。
あたしに惚れた教授が、あたしを永遠に愛でる為にこんな風にしたんだって。
声が出ぬまま、指一本動かせないままであたしは今日も教授と唇を重ねる。
「愛してるよ」
『死ね。クズ変態』
そう心で返しながら。
不老不死の実験 柴野 @yabukawayuzu
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