龍が恋した名もなき武士

VAN

第一話 絶望と絶望龍

 薄明るい朝、濃霧で奥が見えないほどの悪天候はまさに劣勢の我が軍の行く末を暗示しているかのようだった。


 『ブゥウウウゥゥゥゥ』


 法螺貝ほらがいが後方から聞こえると足軽たちが坂を下って行った。それに続き甲冑を着た兵たちが。

 それをただ見る時間は私にとって苦痛だった。多くのものが戦いは誉だ、とか男は根性とか。周りの奴らは自分の命よりも名を優先している。

 私には名前がない。親も生まれた時には死んだのかわからないがそこにいなかった。育ての親も私には無関心で彼らの私の呼称はいつも「お前」だった。だが、親が名のある武士だったからか、そんな親に憧れて私も武士になった。その決断を今では後悔している。


 「前ぇ、ゆけぇ!」


 私たちもついに前線へと駆り出された。早朝の寒さのせいか、体が凍えるように震えている。私たちは見えない先を目指して進んでいった。


 一人の兵が言った。


 「相手はあの徳川公、この戦い勝てるのだろうか。」


 「何を言う、我々は御恩を受けたまわったものぞ。そんな弱音良く吐けるものよ。」


 私がそれでも戦うのはこの兵が言った通りである。龍田公には感謝しきれないほどの御恩がある。生きるために必要なありとあらゆるものをもらってきた。

 

 「だが、私は私だ。この戦い、負けるに近づいたら私は逃げる。」


 私は誉を持つ彼らにそういった。


 「馬鹿者!それが君主に対する貴様の態度か!」


 「もういい、彼奴は根っからの不届きものじゃ。貴殿がそう言っても何もかも無駄じゃ。それにこの戦、勝機は薄い。彼奴の思いは正しいのかもしれん。」


 一人の兵がそう言ってその場をまとめた。彼はこの中で最も年配の者であり、この団をまとめるお方だ。彼の言うことには大体の人が耳を傾けるのだ。




 霧が濃くなる一方、戦闘は始まらない。いくら進んでも景色は変わらないのだ。


 「おかしい、そろそろ味方と合流するはずのだが。」


 先陣を切った足軽たちが見当たらない。というか足跡がない。


 「ふむ、道に迷ったか。この霧の中では何もできんな。」


 「ひとまず来た道を戻るぞ。各自離れる出ないぞ。」


 その時だった。


 『エクステンド・ブレイズ!』


 その不思議な発音とともに先陣にいた者が燃え始めた。なにが起こったかわからない私たちは怯えるしかなかった。


 「何だこれは!何かの術か!」


 「退け!退けぇ!」


 あのお方がそういうと私たちも後ろを向いて我先にと走り始めた。


 『エクステンド・ブレイズ!』


 逃げた先頭の奴らも薪のように燃え始めた。


 「こうなったら・・・」


 「刀を抜け!我々は龍田様に使えるもの!この命捨ててでも戦って見せようぞ!!」


 『おお!!』


 私以外の兵たちは刀を抜き、雄たけびをあげて奮い立たせた。


 『エクステンド・ブレイズ!』


 一人ひとり体が発火していく中でも、彼らは一切動じない。

 そして彼らは深い霧の中を切り裂くように無我夢中で進んでいった。そして彼らを私は見えなくなるまで見ていた。

 霧の中で時々赤く光る。その度、悲鳴と焦げ臭いにおいが私を襲う。

 私は逃げることを考えたがすでに足は動かない。戦うどころか逃げる勇気も私にはなかったのである。


 霧の中から人影が一人、二人と増えていき私に近づいてくる。兵はもう私しかいないらしい。

 霧の中から怪しげな服装をした人間かそれ以外の存在が現れた。


 「あとは貴様だけだな。」


 彼らは私に手をかざした。するとありえないことにその手から光の陣のようなものが現れた。


 「貴様ら、どこの衆の者だ」


 「我々はロイテッド共和帝国第1魔術団だ。国境を犯した貴様らを消し済みにするために来た。」


 「・・・?ということは外国の者か。徳川公め、外国と手を組んでいたとは」


 「トクガワコウ?まあ、そういうことだな。大人しく炭となれ犯罪者よ。」


 ただ死を待つしかない私に走馬灯がよぎった。

 



 とある城内、私は龍田公直々に呼び出され対面で話をした。

 龍田公は御身な方で家来全員の名前を憶えてくださり、また一人ひとり親身に寄り添ってくれるお方で会った。


 「主よ、名前は名はないのじゃったな」


 「ええ、なんせ産みの親はすでに浄土へ旅立ってしまいましたから。それに今の親も私に名をつけぬままどこかへ消えてしまいました。私はそういう人間なのです。」


 「なら、私が名をつけてやろうか。」


 「いえ、私はすでにという名前がありますゆえに。」


 「ほっほっほ!貴様は面白いやつじゃなぁ!」


 そういって私の戯言を龍田公は笑ってくださった。


 「本題じゃが、この度徳川公との戦は正直言って分が悪い。必ず勝てるとはいえんのじゃ。だから、この戦い我は貴様らに無理に戦ってほしくないのじゃ。」


 「といいますと?」


 「戦が始まる前にこの地を離れよ、我はそれを悪として罰しはしない。」


 龍田公は優し気にそういった。


 「本当によろしいのですか?」


 「ああ、この我が許そう。」


 だが悲しそうにそういった。


 「それでは名無しよ、下がってよいぞ。」


 私はそんな龍田公に一礼し、部屋を去ろうとした。


 「待て名無しよ、これを持って行け。」


 龍田公は部屋に立ててあった龍の家紋が入った刀を持ち、私の所に持ってきてくださった。


 「龍田の家紋の龍は、昔祖先が龍と契約し共に暮らしたという元もない話から来たものよ。古くから語り継がれたこの話は、話せば長いがもう必要ないじゃろう。この戦でおしまいじゃ。」


 「よろしいのですか?こんな私にこのような宝を。」


 「ええい、持って行け。私には必要のないものだ。」


 私はその刀を受け取った。それは従来の刀より重く、何かが宿っているかのように暖かく感じた。


 「ゆけ名無しよ、貴様に龍の加護があらんことを。」


 私の走馬灯はここまでだった。




 場面は戻り、絶望的な状況。このままでは私も薪である。

 その時私の胸が熱くなるのを感じた。それと同時に足の震えは止み、頭が冷えていく。手は自然と刀の塚を握っていた。


 「ほう、この状況でも諦めないか。貴様らは大馬鹿だな。」


 それでも、私は諦めなかった。

 『勇気』というのだろうか。不思議ともう怖くはない。


 「私は、名無し。龍田公に使える一人の武士である。」


 「ふむ、憶えるのに耐えがたいものだな。では、さようなら。」


 「いざ、参る!!」


 初めて抜くその刀は、最初に持った時とは違い、軽石のように軽く、刀の波紋がゆらゆらと動いているかのように美しかった。


 だが、その時日の光が私たちを照らした。先ほどまで霧で薄明だったこの場所を日光が明るく照らした。

 誰もが、空を見る。霧が切り取られたかのように頭上は雲一つとない澄んだ青空が。

 だが、そこには黒く羽ばたく何かがいた。


 「絶望龍だ・・・」


 不思議な奴らはひどく怯えていた。

 そのなにかはゆっくりと私たちの所へ降りてきた。それは首が長く、黒い鱗のようなものに鋭い牙と爪を持った、それはまるで、龍田の家紋の龍であった。


 そして彼らに向かって急降下し始めた。


 『エクステンド・ライジング!』


 術を唱えるも龍は無傷である。鋭い爪で一気に4人を3等分にした。


 「まずいです、このままでは全滅します!」


 「いったん退いて対龍兵器で仕留める、この犯罪者はおいて行け」


 『エクステンド・エスケープ』


 まばゆい光とともに彼らは消えた。


 だが、龍はまだいる。ぎろりと鋭い目で私を見た。


 『あら、立派な男かと思ったらただの腰抜けね』


 再び私の足は震えていた。刀もさっきより重く感じる。


 『どうするの?戦うの?』


 「ふ・・・ふざけるな!」


 『どうやら、私の見込み違いのようね。諦めて死んで。』


 龍はあの鋭い爪を振りかざした。音切れるが近づいてくる。

 半ば諦めで震える刀でそれをはじこうとした、が結果は見えていた。

 凄まじい衝撃とともに視界が斜め下にずれていく。体が激痛を覚えるがそれをもだえることは出来ない。手も足も動かない、口を動かそうとするも感覚がまずない。私は彼らと同じく3等分にされたのだ。


 そして、私は死んだ。


 『あなたの絶望、面白いわね』


 最後に龍はそう言った。




 



 


 


 

 

 



  



 

  


 

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