真夜中の友達
サヨナキドリ
夏は夜
真夜中に目が覚めてしまった時は、まるで世界から切り離されてしまったように感じていた。布団の中で目を閉じていても、頭の中がうるさくて眠りにつくことができない。家の中は暗くしんとしていて、起きている家族もいない。俺はサンダルを履いて、玄関の鍵を開けて外に出る。ハーフパンツにTシャツという格好で寝ているから、そのまま外に出ても別に誰かに気を使うということもない。車も通っていない道を、横断歩道でもない場所を横切って進む。そうして着いた、家からすぐ近くの公園に、今夜も彼女はいた。
「こんばんは。また起きちゃったの?」
ブランコに座る彼女の隣に、俺は腰を下ろした。彼女の名前を俺は知らない。彼女も俺の名前を知らない。同じ中学校の制服を着ているけれど、学校でも見たことがない。俺は彼女の問いかけにうなずくと、漕ぐともなしにブランコを揺らした。それからお互いに、ぽつり、ぽつりと話をする。思い返しても、何を話していたか思い出せないような、ほんとうに取り止めもない話だ。けれどそうしていると、頭の中でぐるぐる回っていた言葉が、細い糸となって口から出ていくようで、頭の中が少しずつ静かになっていく。
「……もう、帰った方が良さそうだね。すごく眠そうな顔してるよ?」
彼女がそう言うと、俺は少しふらつきながらブランコから立ち上がる。
「……おやすみ」
「うん、おやすみ」
それから俺は家に帰って、寝床に入る。
そんなことが続いていたある日、いつもと同じようにブランコに並んで座りながら、俺はある危惧を口にした。
「……え?」
彼女が聞き返して、俺は繰り返す。俺のためにここに来ているなら、もう来なくてもいいと。彼女と過ごすこの時間は、俺にとってはかけがえのないものとなっていた。けれど、俺が彼女にしてあげられていることは何ひとつない。俺が彼女の重荷になっているとしたら、それはたまらなく嫌だった。
「……ないで」
俯いた彼女の言葉が聞き取れずに、俺は身を乗り出す。
「思い上がらないで!」
顔を上げた彼女の目には、確かに怒りが揺れていた。
「何?この世の全ての悪いことの原因が自分だとでも言うつもり?私が君と出会ったのは、私が眠れなくなった『結果』で、『原因』には君は何ひとつ関係ないから!君なんかがここに来るよりずっと前から、私はここにいたんだよ?考えてもみたことがある?誰も来るはずがない場所に、ずっと1人でいたのに、そんなところに君が現れた時の私の気持ち!隣で微睡んでいく君を見るのがどんなに嬉しかったか!君が私の『ひとりぼっち』に意味をくれたんだよ?」
そう言って、彼女はブランコから立ち上がる。
「さようなら。……次に会う時は、『おはよう』って言おうね」
そう言って立ち去る彼女を、俺は呆然と見送った。そういえば、彼女が帰るのを見るのはこれが初めてだった。
翌日、彼女は公園にこなかった。その次の日、今日こそは来ているかもしれないと、俺は公園にいくために夜中まで起きていようとした。だが、思いとは裏腹に、俺はその夜早くに眠りに落ちて、朝まで目が覚めることはなかった。
それ以降、夜中に目が覚めることはなかった。あの夜の出来事のせいか、あるいは単に残暑が去って、寝苦しさの原因だった熱帯夜が過ぎたからなのかは俺にも分からない。
どんな時であっても、夏休みは終わるということだけは変わらない。久しぶりに制服のブレザーに袖を通して、エナメル靴を履いた。
「おはよう!……やっぱりダメだね。せっかく朝起きられるようになったのに、君を見てると眠くなっちゃう」
真夜中の友達 サヨナキドリ @sayonaki
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