おやまさんのなみだ
青波星来
第1話
ここは日本の、とある村。
学校も、おみせやさんも、ありません。
この村にあるのは、たくさんのはたけと、そのはたけのやさいを もらってたべるサルが一ぴきと、そのサルがねむりにかえる、小さなお山が一つあるだけです。
このお山は、かたちがうつくしいわけでもなく、これといった とくちょうがあるわけでもありません。村の人いがいは、このお山のことをしる人は、ほとんどいません。
ある日、お山はいつものように、サルのはなしをききました。
お山はサルのはなしが大すきです。サルはあるけないお山のかわりに、村でおきたできごとや、いろいろなおもしろいことを、はなしてくれます。
「ふじのお山は、みんなに『ふじさん』ってよばれているんだ。日本一たかくて、みんなしっているからね。」
と、サルがいうと、
「いいなぁ。ぼくも、なまえがほしいな。」
と、お山はいいました。
すると、サルは目をキョロキョロさせながら、いつものようにお山のかたに生えている、松の木のえだにこしかけて、いいました。
「あれ、しらないの? 村の人はきみのことを『おやまさん』ってよんでいるよ。これ、きみのなまえでしょ?」
「おやまさん?」
お山はあこがれていたなまえが、じぶんにもあるとはじめてしって、ふしぎなきもちになりました。
「ぼくにもなまえがあったなんて、うれしい! こんど村の人にあったら、おれいをいわなくちゃ。」
すると、そこに、くろいふくをきて、くろいサングラスをした男が、トラックにのって やってくるのがみえました。
「あっ、だれかきたよ。村の人かな?」
と、お山はサルにささやきました。
村の人なら、おれいをいうチャンスです。
「うーん。みたことがない人だなぁ。」
と、サルはくびをかしげました。
その男はトラックからおりると、にだいから大きなはこをおろし、そのまま はこをおいて、かえって行こうとしました。
「たいへん! あの人、わすれものをしているよ。おしえてあげなくちゃ。」
お山はあわてて、男にこえをかけました。
「おじさん、わすれものですよ。」
こえをかけられた男はビクッとして、ふりかえりました。
男のくろいサングラスが、たいようの光をはんしゃして、サルのかおにあたりました。
「なんだ、おやまさんか。」
と、男はいいました。
「おじさん、ぼくのなまえを、しっているの?」
はじめて じぶんのなまえがよばれたのをきいて、お山はうれしくなって、ききました。
「もちろん、しっているよ。だから、おやまさんに、おみやげをもってきたんだ。あのはこがそうさ。」
「おみやげ? ぼくに?」
お山はおみやげをもらうのもはじめてで、とてもおどろきました。はじめてのことだらけです。
「そうだよ。ひとりじゃさみしいとおもって、おみやげをもってきたんだ。」
「わぁ、ありがとう! うれしいな。」
お山はうれしいことが二つもいっしょにおきて、かんげきして、とび上がりたいきもちになりました。でも、お山はとぶことはできないので、からだをゆらして、よろこびました。
すると、お山に生えている木もいっしょにゆれて、みんなでよろこんでいるみたいです。
お山があまりによろここんで、からだをゆらしたので、お山に生えている木のえだにこしかけていたサルは、すべりおちそうになりました。お山がこんなにうごけるなんて、サルははじめてしりました。
そして、サルはすべりおちそうになりながら、はっとして、あわててお山のみみもとにかけより、いいました。
「だまされちゃダメだよ! あれは、かってにすてたらいけないゴミを、だまっておいていこうとしている、わるい人だよ!」
「わるい人……?」
お山は、はじめてじぶんのなまえをよんでくれた人がわるい人で、じぶんをだまそうとしていることが、しんじられませんでした。
でも、なかよしのサルがじぶんにウソをいうはずはありません。
お山はショックで、なみだが出てきました。なみだがどんどん出てきて止まりません。こんなにかなしいことも、はじめてです。
「おじさん、ぼくをだまそうとしているの?」
「えっ……。」
男はじぶんのウソがばれたとわかり、すばやく走って、トラックにのりこみました。いそいでエンジンをかけて、走りさろうとしました。
でも、うんてんせきのまえのガラスに、サルがきゅうに、とびのってきたので、おどろいて手をはなしてしまいました。
サルはすぐに木にとびうつって、木のみをトラックにむけて、なげました。
「うわぁっ!」
サルがなげた木のみが男にあたり、男は大ごえをあげました。
そこに、お山の上のほうから、たいりょうの水がながれてきて、男と、男がのったトラックと、男がおいていこうとしたゴミのはこが、ぜんぶながれていき、お山からすっかり おしながしてしまいました。
「ぎゃぁーっ! たすけてー!」
お山のなみだがこう水になって、わるいものをぜんぶ、ながしてしまいました。
それからは、お山にゴミをすてにくるわるい人は、いなくなりました。そして、村のお山はまえとおなじく、サルがねむりにかえる小さなお山にもどりました。
でも、一つだけ、まえとかわったことがありました。
それは、お山のなみだがながれたあとに道ができて、そこから村の人たちが、お山にやってこられるようになったことです。
まえよりもたくさんの村の人が、お山にのぼってこられるようになったので、お山はまえよりもたくさん、村の人たちにあえるようになって、まえよりも たのしくなりました。
お山はうれしくなって木をゆらしました。
ゆさゆさゆささ ゆっさゆさ
ざわざわざわわ ざっわざわ
すると、木から木のみがお山の土におちて、そのおちた木のみが、めを出して、そのめがあたらしい大きな木に、そだっていきました。
その大きくそだった木から、おいしそうな木のみがなりました。その木のみをサルがひとくち、たべました。
「うーん、おいしい!」
お山に木のみがいっぱいなったので、サルはもう、村のはたけのやさいを、もらってたべることは、なくなりました。
村の人たちは、はたけしごとをしながら、
「このごろ、サルが村のはたけのやさいを、とっていかなくなったなぁ。」
と、ふしぎがりました。
こうして、日本のとある村はまえよりも、たくさんのやさいが しゅうかくできるようになって、まえよりも へいわになりました。
おやまさんのなみだ 青波星来 @seira_aonami_
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