異世界で剣神と称えられる陰キャ高校生くんは、現代日本で幼馴染たちとの距離感を測りかねています~最恐の魔王暗殺計画の裏で美少女と学園ラブコメ~
古澄典雪
プロローグ 幼馴染と妖精と妹
湿り気を帯びた風が教室の入口から忍び寄り、その冷たさに意識を引き戻される。季節は初夏。梅雨時であり、どこかの誰かが天気を変える仕事に愛想をつかしてしまったように、ここ最近はずっと雨がぱらついていた。
時計に目をやると、あと五分で今日の授業が終わることが分かる。先生の話をすらすら受け流しながら、放課後の事に思いを馳せていた。
先生たちには大変申し訳ないのだが――俺が集中力及び体力を最も使うのは授業時ではなく放課後だ。これは授業に集中していないというよりは、放課後に消費するエネルギーが並外れて多いと言った方が適切だろう。
俺は普通に授業を聞いている。
ノートを出来るだけ綺麗に取ってもいる。
しかし放課後と比べてしまうと――。
なんてことを考えているうちに、チャイムが先生の話を遮った。
「――あー。間に合いませんでしたね。この話は次回に持ち越しってことで。じゃあ、挨拶お願い」
先生の呼びかけに応じて、学級長が号令をかける。恙なく一日の前半戦が終了した。それを嚙み締めつつ、席から立ち上がって荷物を鞄に詰め込み始める。
部活動に所属していない俺はこのまま直帰しても全く問題はないのだが、授業後は図書室に二時間ばかり籠ってから帰ることにしている。勉強熱心と言う訳でもなく――まあ、現実逃避だ。
今では習慣化していて、この時間が一種の癒しになっている。
さて、移動するか……。
鞄を肩に担ぎ、椅子を戻す――と、足音が俺の席の方へと近づいてくる。俺の席は最後列の廊下側から二番目、つまり教室の後方入り口に近いわけなので、それ自体は不自然なことではないのだが……。
ちらと刹那の間視線を左へと向ける。その瞬間を見計らったかのように――その女子生徒は、俺に向かって微かな笑みを形作った。幻かと思うほどに淡く、生涯忘れられないと思うほどに美しい笑み。
全く見当たらない――と言えないのは、現在この高校に在籍している三学年が、才ある者に異常に恵まれているからだ。
確か世界に認められるレベルの天才とか、或いはテレビに引っ張りだこの役者も居た……気がする。陰で生きる俺には欠片も縁がないので記憶が薄い。
少女は俺の傍らを通り過ぎる時に、「またあとで」と可憐に囁いた。周囲の生徒には絶対に届かない声量で、そう告げた。俺は呻きに似た声で「……ん」と返事をする。
○
三年生の受験勉強はまだ本格化していないらしく、図書室はがらがらだった。なんとなくいつも座っている席に腰を下ろす。
えーと?確か課題が出たのは……古典と英語、か。それほど量が多いわけでもないし、すぐに終わるだろう。教科書とノートを広げ、筆箱からシャーペンを取り出したところで、隣の席に誰かが座るのが分かる。
「……こんにちは」
「……こんちは」
目を向けずとも――もっと言えば挨拶の声を聴かずとも、そこに座ったのが誰かは分かる。入学からずっとこの配置で勉強をしているのだ。他にも席が空いているのに、何故この席を選ぶのかはよく分からないが――まあ、入り口から遠い席の方が好きとかそう言う感じだろう。
彼女は
……正直それ以外の事はよく知らない。俺が踏み込もうとしないせいもあるが、迂闊なことをしてそのミステリアスな雰囲気を壊したりはしたくないと思ってしまうのは自然の摂理だ。
仕方ない。
俺は教科書の文字列に目を向けて、シャーペンを手に取った。彼女も教材を机に広げ始めている。
実を言うと、挨拶以外で会話をした経験はほぼ無に等しい。まあ、皆勉強をしようと思ってきているわけだからな……。
……うむ。
○
肩を優しくつつかれる。俺が意識を現代語訳から現実に向けると、葉坂さんが俺を見て、次いで時計に目を向けた。閉館間際だというメッセージ。軽く頭を下げると、葉坂さんもこくりと頷いて、そのまま図書室の出口へと向かって行った。
また集中しすぎた。俺の悪癖の一つだ。……見方によっては悪いことではないのかもしれないが。少なくとも勉強の役には立つから。
俺も彼女に倣って机の上を片づけ、図書室を出る。
そして校舎を出る。小雨がまだ降っていたので、傘を差す。
勿論、葉坂さんと一緒に帰るような事はない。
六時半を少し過ぎた頃に家に着いた。鍵を開けて入ると――リビングには二人の少女が居る。
一人は妹の桜で、もう一人は宮咲舞衣。いつも通りの光景。ひっそりと安心感を覚える。
「……ただいま」
「おかえり」
「お帰りなさい」
桜は落ち着いた緑色のパーカー姿だ。いつだったか――袖が余っているよと言った時に、こういうものなんだと返された記憶がある。
舞衣は制服のままだった。舞衣が私服を着ているか制服を着ているかは五分五分。次の日の運勢が占えるかもしれない。
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「勉強に集中しすぎて時間を忘れてたんでしょ?兄さんのことだから」
「……まあ、そうだけど」
「ユメはすごいよ。定期試験でもずっと上位だし」
「……桜。部活に心血を注ぎながらも試験三位さんが自慢してくるんだが」
「い、いや!そういうことじゃなくて!」
「可哀想に……頭を撫でてあげましょうか?兄さん」
「……いや、それは遠慮するけど」
言って、台所に立つ。手を洗ってから冷蔵庫の中身を吟味してメニューを捻りだす。
桜と舞衣も台所に来て、三人で晩御飯を作り始める。一応、晩御飯は三人で作るというのがルールだった。誰かが遅くなる時は二人で作るけど。
……うちの台所は広いとは言えないので、三人で居ると割と窮屈で――偶に腕が触れたりもするが、それを気にするような間柄でもない。桜と舞衣が楽しそうに話すのを見ながら、俺はこれからの事について思いを馳せていた。
○
晩御飯を食べ終えて、舞衣が桜に勉強を教えたりしながら過ごすうちに、午後九時半になった。ので、舞衣が隣の家へと移動する。
つまり舞衣はお隣さんで、俺と桜の幼馴染と言うことになる。舞衣は――桜を加えてもいいが――俺が本来関わりようがない場所で咲く花で、こんな風に談笑できるのは、俺と彼女が幼馴染だからで、兄妹だからだ。その幸運にどれだけ感謝したかわからない。
「じゃあ……兄さん、また明日」
「ああ。また明日。おやすみ」
午後十時ごろに、俺たちはそれぞれの部屋に向かう。桜は睡眠時間が結構長い方で、このくらいの時間から眠らないと次の日に響くらしい。
そして俺はそうではない。
部屋の扉を静かに閉め、電気を消す。ベッドに横になる。一つ息を吐いた。
掛け布団から左腕を出して、手の甲を天井に向けた。淡く透き通った青色の光が現れ、手に欠けた月の紋章を形成する。紋章の色がじわじわと変わっていき――赤く染まったところで、俺は目を閉じた。
欠けた月。
この世界ではさして意味はない。
欠けた月。
あちらの世界では深い――罪深い意味がある。
欠けた、月。
『夜を血の色に染め上げる闇色の悪魔』。
暗殺者。
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