カムチャッカ・リリー

 ■ 戦後の記録より


「この星に明日は来ないかもしれないが、奴らを昨日の存在にしてみせる。せめてこの娘たちが礎となれるよう……」


 ……黒百合は咲いているか? 養分は血か、香か?




 ブレーメン砦攻略戦開始後、十時間経過。


 人類圏とフランクマン帝国が主導する有志連合軍は戦闘純文学者たちの反抗で一進一退の攻防を繰り広げたものの、防空網の一角に穴をあけた。

 ブレーメン中央部に位置する円形粒子加速器コロセム。その中心部にチート能力者を乗せたモーダルシフターを撃ち込み、橋頭堡を築いた。


 直ちに、滑走路が整地されブレーメンの制空権をほぼ掌握した。抗ライブシップ・バクテリア弾による空爆ならびに対艦攻撃が敢行され、艦(シップ)たちは文字通り、座して死を待つばかりとなった。

 着底した戦艦は砲座の代用にならない。歴史が証明する通り、大艦巨砲主義がそんな用途で生き延びた例はない。


 戦闘純文学者たちは、コロセムを放棄してブレーメンの最高峰マウント・オメガへ撤退を余儀なくされた。彼女たちがコロセムで何をしていたか。断片的な記録が残っている。


 量子真空を応用した宇宙的シェルターというか、ノアの箱舟というか、とても奇妙な脱出策を模索していたようである。




『黒百合は咲いているか? 養分は血か、香りか?』(略称:黒百合)




 謎めいた計画の全貌が解明されたのは、戦後数十年を経て、魔女たちの遺骨が収拾された後だった。


 戦局の鍵を握るこれについては、あとで触れたい。物語を進めよう。


 ライブシップの中でも屈指の部隊統制能力を持つシア・フレイアスターがなぜ、ここまで劣勢を強いられたか。じつは、揚陸艦シアのクローン培養器は、艦を乗っ取ったワロップの魂に満足な肉体を与えなかった。

 せめてもの嫌がらせである。まがい物の大脳は生前のシアの足元にも及ばず、コロセム守備隊の壊走を招く主因となった。




 ■ 人類圏揚陸艦


 電極につながれた士官がモニターにブレーメンの透視図を映した。


「このように北極のマウントオメガから枝状に地下通路が伸びています」

「ところどころぼやけた個所がありますが?」 量子突撃銃や念力迫撃砲を背負った奇襲隊員が挙手した。

「戦闘純文学者によるジャミングです。全域をカバーできる熟練者がいない事から、少人数によるゲリラ戦が予想されます」


 士官の返答をうけ、仰山が勝利の笑みを浮かべた。「取るに足らん! せいぜい連中をよがらせてやれ」

 血走った目の隊員が虚空をまさぐりながら叫んだ。「お、女だ! 女が俺のものに」


「焦るなよ。まず、ぶっ放すのはこっちだ」 隊長が銃を掲げていさめる。

「お前ら、あいつらに本場の味を教えてやろうぜ!」

「「おう」」


 隊員達は怪気炎を上げ、輸送機に乗り込む。


 ■ ブレーメンの最高峰オメガ山麓


 一個師団を軽く呑み込めそうな大口が大地にぱっくりと開いていた。


 量子双眼鏡をのぞきながら、偵察員が疲れたようにいう。

「あれを昇るんすか? マジ、きついっすよ」


 半径一キロのクレーターは深さは五十メートル程度。中心に針のような岩山が聳えている。艦砲射撃による大穴が周囲にいくつも開いている。


「量子レーダーに感、あり。総員、回避!」 


 観測員の義務を果たし終えると義男は『リトラクト』のスキルを発動した。靴先にぼうっと紫色の半円が輝き、腰に浮揚感を覚えた。両脚を交互に蹴って手近な岩陰まで滑る。

 隊員たちは既に迎撃態勢を分担していた。空に大きく弧を描く白煙めがけて、ある者は拳を突き上げ、別の者は両腕を大きく開いて光の盾を作る。


 加害者に相応の懲罰を加えるべく、観測班は発射地点の特定を開始した。「おい、凪子はどこへ行った?」 班長が義男の相方を探している。問答無用で彼めがけて鉄拳が飛ぶ。


「予言者の信頼回復に努めますと言ったのは、お前だろうが!」

「す、すみません。急いで探してきます」

「今度ばっくれたら、お前ら銃殺するからな!」

「こ、心当たりがあります。すぐ戻ります」


 義男は憤懣やるかたない表情で背丈ほどもある洞窟に入った。また、アレが出たのか? 彼は回想する。凪子は降下前夜に見た悪夢に苛まれていた。


「クロユリって知ってる? 彼女が繰り返しいうのよ。お前が自分を愛してくれるなら許すけど、殺しに来たら呪ってやるって。全滅させるって」


 彼女はトイレや更衣室に籠りがちになった。点呼に遅れる度に顔を腫らした義男が探し回った。


 洞窟の奥にうずくまった凪子は、ヘッドライトの照り返しを受けて、目じりをきらめかせた。


 カチューシャで纏めた黒髪の下で、柔らかい赤ん坊のような顔がへの字に歪んでいる。義男は凪子の長い髪をつかむと、引き寄せるように唇を重ねた。


「この世に班長より怖いものはねぇよ」

「あたし、わかるの! クロユリには産まれたばかりの娘が大勢いるの! 見逃してあげて」 

「どーすんだよ。今さら、撤退を具申できるかよ。二人で死にたいのか?」

「クロユリだって生き延びたいと思うの!」 凪子は許婚者を突き飛ばした。


「だったら、俺を殺してから行け。クロユリと添い遂げろ」 義男は凪子の前に立ちはだかり、腰に着けた携帯モーダルシフターを見る。黄色のゲージが点滅している。


 残量など構っていられない。『喉裂』のスキルを使えば、苦しむ前に凪子は命を失う。


 一方、凪子は次に来る惨事を予知済みだった。義男をすり抜けて、洞窟を出た後のコースまで察知する。

 裏切られた義男が復讐心を指先に溜めて、スキルを放とうとした瞬間、大きく地面が揺れた。


 鋭い岩に胸を貫かれた義男を見捨てて、凪子は全力で駆け出した。ふわりとスカートを揺らして屍を乗り越え、同時に風の動きから未来を読む。


 クロユリがあたしを導いている!


 彼女は、予言者を欠いたがために黒焦げとなった班員達の間に身を隠しつつ、運命に身をまかせた。

 小一時間たったころ、洞窟から黒いセーラー服姿の少女達が現れた。黒百合の髪飾りをつけている。


 ■ 地底湖


 その一団はカムチャッカ・リリー(KL)、黒百合隊と名乗った。何かにつけて、凪子を自分の色に染めようとした義男と違って、KLには威圧感がなかった。


 侵略者として裁かれる立場にある凪子に、選択肢を与えた。これから渡す物を携えて、現実世界の地球に帰るか、異世界(ここ)で処刑されるか。


 無事に生き延びる保証がないと抗議する凪子を、KLは「来れば判る」と案内した。

 入り組んだ枝道を抜けて一行は、巨大な地底湖のほとりに出た。岩の隙間から強襲揚陸艦シア・フレイアスターが見える。


「あの艦は本来の魂を失って死にかけています。悪しき別人に乗っ取られたのです。万物は本来在るべき場所に在るべきです」 


 KLのリーダーらしき女は漆黒の髪をかきあげて、長い耳から翡翠のリングを外した。爪で小さな突起を押すと岩陰に動画を表示した。凪子が生まれた片田舎が映った。

 リーダーは再生を途中で止め、言った。「これを現実世界の地球にいる、ある男性に届けて欲しいのです。KLが命をかけてあなたを…」


 凪子はリングをはたき落した。地面で数回バウンドして湖面に波紋を作った。


「あたし、こういう回りくどいプロポーズ、嫌いなんだ」


 凪子はリーダーの両肩を掴んで岩壁に押し付けた。「ひあっ?……え?……そんな、あの、違……」 焦る彼女に足払いをかけてそのまま地面に押し倒した。


「S班! そこで何をしている?」 構内放送が誰何し、スポットライトが浴びせられる。


 咄嗟にリーダーは凪子の腕をねじり、後ろを向かせた。「スパイを逮捕しました」



 ■ 偽女王シアの病室



 干物のように痩せ衰えた寝たきり老婆がいた。鼻にチューブが刺さっている。よく、統治できるものだ。凪子は聞かされていたイメージとのギャップに驚いた。

 これもまた、揚陸艦シアのクローニングシステムがワロップに課した嫌がらせの一環であった。DNAに早老病のコードを書き加えたのだ。

 彼女は一時間に一歳の割合で老けつつある。


「こんな状態で私から情報を聞き出しても勝ち目はありませんよ」 凪子は先制パンチを浴びせた。

 女王は息も絶え絶えに言った。「わたしが息のある間は負けるわけにはいかない」

「もうやめましょう。アダムとイブのどちらに落ち度があったにせよ、淑女的に解決策を話し合うのが知的生命体ではありませんか?」

 凪子の説得に女王はよわよわしく首を振った。「絶対に負けられない戦いがあるのだよ。特に女は、命をつなぐ戦いを勝ち抜かねばならない」


 女王の落ちくぼんだ眼窩がリーダーの方を向いた。「クミ、指揮を委ねる」 女王は縋るような目つきで命じた。



 洞窟内の気温は摂氏十五度で安定しているが、湿気が半端なかった。ブレーメンには彗星由来の氷がふんだんにあった。

 天井からしたたる水滴が太ももを伝う。

「人間の軍隊は女もズボンを履いて戦うんですって」

「まぁ、脚に纏わりついて動きにくいでしょうに」


 KLの女達は凪子に量子銃をつきつけつつ、揚陸部隊の侵入予定地点へ案内させた。

 揚陸艦シアの疲弊で戦闘純文学が弱まりつつあるのか、洞窟の壁がまだらに発光している。ときおり、完全な闇に出くわす。


 聞こえるのは女達の息遣いと、弦楽器を弓で鳴らすような雪洞の軋みだった。

「困ったもんね。メグ、手持ちの量子兵器は?」 クミは部下たちに申告させた。

「銃弾はともかく、ハンドボムなんかの量子爆薬系は無いに等しいです」 髪をひっつめた女がぶっきら棒に答えた。

「アヤ、ギヌンガガップの武器庫まで何とかたどり着けそう?」

「そうですねぇ。こちらの戦闘純文学者は初歩的な対人殺傷術式、それも脳血管障害を誘発したり、どちらかといえば治癒術を悪用したもの……を使える者も含めて三百名。艦の術式支援なしで戦うとなれば、カンストしたチート能力者あいてにせいぜいが百人てとこですねぇ」

 クミはぬめった氷柱を物憂げに眺めていたが、何か閃いた様に明るい表情を取り戻した。

「凪子、人間どもの味方をしてるのは狼男の他にいる?」

「えっ?」 蚊帳の外にいた凪子は急遽作戦会議に参加させられた。

「有志連合軍は帝国しか参加してなかったかと」

「そう?! じゃ、勝ったも同然ね」


 洞窟内の鬱屈した空気が吹き飛んだ。クミは具体的な作戦内容を指示し始めた。「洞窟内の蝙蝠、その他、生きとし生ける物すべての支援を得るわ。人類ってかわいそうな子」





 ■ チート兵ブルース


 渓谷の端に閃光が輝いた。有志連合軍が投入した戦車部隊はマウントオメガの泥濘に填まって身動きが取れない状態だ。

 ここぞとばかりに戦闘純文学者が量子要塞砲を発射。二台、三台と火達磨になっていく。ブレーメンの地表は氷と炭素コンドライトが主成分である。

 おまけに彗星の近日点接近により気温が上昇し、地面の液状化が始まっている。兵員輸送車が緩んだクレバスに呑みこまれるなど予想外の危機に直面した。


 いきおい、二十世紀に発達した機動戦は意味を失い、旧態依然とした塹壕戦に移行する。

 体力系に特化したチート能力者がぶつくさスコップを掘る羽目になった。


「異世界にまで来て穴掘りですかぁ。トラックに轢かれて死に損ですなぁ」

「光栄に思えよ。スコップは男の浪漫だ」

「それを言うならドリルでしょう?」


 モーダルシフターが唸る中、中年男達が泥をかきだしている。いくらチート能力者と言えスタミナは無限ではない。腹も減れば眠りもする。

 予知や透視など精神集中が必要なスキルはたちどころに無用の長物と化した。


 一方、戦闘純文学者達も同じである。敵を観測する。即ち、有視界での攻撃に特化している事をチート能力者側に見抜かれていた。


「セミアクティブ・ホーミングと同じじゃねーか」


 能力者達は遮蔽物ごしに迫撃砲を戦闘純文学者の頭上に撃ち込んだ。いきおい、血みどろの戦いとなる。


 肘から先が千切れた少女が砲座から崩れ落ちた。爆風をかいくぐって、先陣を切るクミの後をぼろ布を纏ったKL隊が駆ける。

 空を切る甲高い音が急速に接近する。後続のグループだ。防御系スキルを持つサチが術式を展開しようとするが、アヤにたしなめられる。


「無駄使いするな。どのみち間に合わない」 

「嫌です、あたしの妹が、チコがいるんです」


 サチは制止を振り切って砲弾が注ぐ中を走り出した。

「誰かサチを止めろ! メグ!」 クミが絶叫したとたんに、サチの生首が飛んできた。


「もう、嫌です。ギヌンガガップに着く前にあと何人親友を亡くさなきゃいけないんですか?」

 メグが首を大きく振るたびに目じりからしずくが飛ぶ。



 戦闘純文学者は、しょせんひ弱な女の集団で、銃火器の撃ち合いや肉弾戦には向かない。

 術式と言えば、中ボスを蹴散らす魔法少女めいた派手なエフェクトに目を奪われがちだが、実際の戦場で使い物になるかといえば別問題だ。


「こんな負け戦に犬死、どんな意味があるんです?」 彼女はリーダーに噛みついた。

「この星に明日は来ないかもしれないが、奴らを昨日の存在にしてみせる。せめてこの娘たちが礎となれるよう……」

 クミはジュラルミンケースをどっかと地面に降ろした。確認のために蓋を開くと、筒状の透明カプセルがぎっしりと詰まっていた。容器の中身は黒百合の花だ。



「……黒百合は咲いているか? 養分は血か、香か?」 アヤが量子レシーバーで暗号通信を行っている。

「咲いている。今の所は。香は手に入ったか?」 相手が謎めいた返答をする。

「入った。ここにいる」 クミがWEBカメラの前に凪子を連れて来た。



「わかっているんです。時間稼ぎ。あたしたちは捨て駒なんです! どうしてあたしたちが礎にならなきゃいけないんですか?」

 メグの頬をクミが思い切りひっぱたいた。

「ブレーメンも女王も時間の問題だよ。だからこそ、せめて黒百合には生きのびてもらわなきゃ、だろ?」

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