運命にあらがう三女神(モイラ)たち

 ■ The ship who vengeance(復讐する艦)


 カルバリー、モーリー婦妻とその仲間達は中央諸世界の応召を拒否した。彼女たちは危険な状態にあった、いや、自ら渦中に飛び込む構えだ。

 懲罰艦隊はライブシップに対する人種アレルギーを緩和する立場にあった。火力が劣る人間と彼女たちが共存する方法は、人間の法律で彼女らを縛ることだ。

 彼女らは法の番人として、同胞を注視してきた。

「中央諸世界政府の方針は間違ってる。人類の殲滅でなく、謝罪と賠償を勝ち取るべきよ。わたしたちには正す義務がある」

 モーリーはカルバリーに早まった行動は慎むよう懇願した。「ええ、新婚旅行先はおとめ座銀河団よ」 カルバリーは妻の不安を熟れた唇でぬぐった。


「今、フランクマン帝国は総統が扉の向こうへ出払ってて手薄ですよ。総統府のワープドライバーを奪いましょう!」 副隊長が作戦を説明する。

 シア女王近衛艦隊に参加している部下から隠密通信が届いた。総統府の建屋は非常時の脱出船として稼働状態にあるらしく、地球を単騎で制圧できる規模だという。

「抗ライブシップ・ウイルス弾ダモクレスを総統府に装弾し、超空間から女王旗艦直上へ、トス・ボミングを仕掛けます」

「なぜ、急降下爆撃でないのですか?」 モーリーは撃ち損じを懸念して、副隊長にたずねた。

「大逆賊が偽物であった場合、曲射軌道でないとダモクレスの方向転換が難しいのです」

「それでは、敵に迎撃の時間を与えてしまいます」

「総統府が頑丈な設計であることは疑う余地もありません」

 副隊長はカルバリーの腹心だ。彼女の言うならば、と妻は安堵した。


 ■ The ship who revealed(啓示する艦)


 枕越しに生々しい息遣いが聞こえる。

 やすらぎを求める女ならば、誰もが男の腕に堕ちたいと願う。彼女は何度も何度も同じ名前を口にした。縋るような目線が返答を求めている。重くのしかかるように甘えられても、構う方は鬱陶しさが募るだけだ。男は口をそろえてそう言うが、逆の側からも言わせてもらうおう。汲めども尽きぬ女の不安で飽和するほど、あなたの度量は小さいのかと。

 男がむっとしてネクタイを結んでいると、か細い声が聞こえた。「ねぇ、今夜は帰ってくるよね?」

「会議だと言ってるだろ。エイリアンどもがとうとうハワイを落したんだ。ゲティスバーグの出航が決まった」

「会議会議、あたしより会議が大事?」

「仕方ないだろう。地球上にはもうアメリカしか無ぇんだよ。グルーム湖から俺たちは打って出る」

「明日は帰ってきてくれるんでしょう?」

 しっとりとた濡れた髪の隙間から見つめる瞳は男の気休めを許さなかった。

「……戻れるといえば嘘になる。ゲティスバーグに載せるAIが稼働するまでは」

「そう」

 女はベッド下に隠してあったアーモンドを口にした。

「リュセフィーヌ!」 ことん、と崩れ落ちた女を抱きかかえ、男は医局をめざした。





 ミツバチが唸るような音に満ちたトンネルを彼女はものすごいスピードで飛んでいた。

 やがて光に満ち溢れた出口が見えてきた。とても奇妙な姿の天使が彼女を迎えてくれた。そいつは髪がなく、耳が尖っていた。


「わたしは、シア」

「きゃああああ!」

 全身ツルツルで、気持ち悪いほどヌルヌルなそいつが女の声で喋ったので、てっきり男かと思っていたリュセフィーヌは失神しかけた。

「ごるぁ! 人の話を聞きなさいってば」 天使はおもいっきり女の耳をつねった。

「ぎゃあ、痛い痛いおかあさん」 リュセフィーヌは母親よばわりさせるほどの威厳と迫力を天使に感じた、

「そう、わたしはあなた方の世界を救う聖母です。あなたは死ぬ前になす義務があります」

「あたしみたいな女に何ができるというんです?」

「リュセフィーヌ、夫を振り向かせたければ、目覚めた後こういいなさい。『戦艦ゲティスバーグのAIをオープン初期化してね(はぁと)じゃなきゃ、離婚する』」

「はぁと、括弧閉じまで言うんですか?」

「そうです」

「……」

「亭主を取り戻したくば、エリア51で建造中の究極戦艦ゲティスバーグをわたしに捧げなさい。さすれば、あなたの旦那は仕事から解放されます」

「そうなんですかっ? 喜んで♪」




「……などと、意味不明の供述をしとります」

 アナフィラキシーショックの処置が施され、瀕死状態から脱したリュセフィーヌに関して主治医がそう述べた。

「おお……そんな手があったのか……何という僥倖だ……おお、女神よ……」 夫は電撃を受けたかの様に身震いし、いずこかへ走り去った。 


 ■ The ship who flashed(閃いたる艦)


 舷窓に映る自分の顔にグレイスは嫌気がさした。ちょうど、スキンヘッドの頭頂部に彗星の輝きが重なっている。いやだなあ、なぜこんな仕様にした? メイドサーバントの設計者に殺意が湧いた。いわく、水中での抵抗力低減のためだの、遺伝子操作で頭髪を翼へ分化させただの。彼女にとって心底どうでもよかった。

 おまけに、繊維に働きかけて発動する戦闘純文学を封じるためにビキニの水着しか与えられてない。せめて殺されるなら女の子らしく死にたいものだ。


「やだやだ。グレイスさん、もっと前向きに生きようよ~」 彼女は弱気を踏みにじるのが大好きだ。マゾ的喜びすら感じる。

 彼女は自身の姿と向き合った。そして、彗星と自分を重ねた時に、啓示を得たのだ。これは、使える。


「おか~さん」 彼女は独房の外で指揮に勤しむブーケに呼びかけた。彼女は鞭で打たれたように動きを止める。「今、なんと?」



 ブーケはグレイスをくびきから放ち、ぎゅっと抱きしめた。


「ごめんなさいね。お母さん気付かなくて。グレイスは女の子だものね。でも、戦争が終わるまでドレスはお預けよ。ウイッグの他に、お洋服以外で欲しいものはあるかしら?」

「んとね、何でもいい?」 グレイスは上目づかいで、じらして見せる。子どもを産めない女の母性本能をくすぐるやり方は、シアで散々試してある。

「な~んでもいいわよう。母さんの超生産能力でできるものは何でも。武器以外ならね」

「わたし、天体望遠鏡がほしい! 彗星を観察するの。だって、退屈なんだもン」

「まぁ! お安い御用よ」 ブーケは嬉々としてグレイスの前に望遠鏡をプリントアウトした。


 まんまと引っかかった。現実世界の女は哀れだ。こちらの世界の女と比べて向上心がない。高度百キロから上の主導権を男から完全に奪い取ったのは戦闘純文学者の女たちだ。

 グレイスはしばしばブーケの仕事を中断させ、窓辺に呼びつけた。そして当たり障りのない範囲で情報を引き出し、他愛ない星空の話をした。ブーケの猜疑心をほぐし、ノートに膨大な計算式を書きつけても怪しまれない空気を作った。


 そして、彼女は遂に結論を得た。あのたなびく彗星の輝きは、あらゆる事象を束ねた世界線の集大成であると!

 何よりの証拠は、彗星の偏光が理論値より観測誤差の範囲をこえて逸脱している点だ。


 これはエネルギー保存則に反する、過剰な入力を示唆している。外的要因は何か? グレイスは彗星のふらつきを子細に観測した。

 彗星が「もう一つある」と仮定せねば、軌道の乱れが計算値とあわない。異世界の彗星どうしが干渉しあってるとしか思えない。


 たしか、ブーケは言っていた。「こちらではハイフォンというのね?」


 ハイフォンという名前以外の彗星があるのだ! そうだ、ツィフォンだ! 彼女の吟遊の中にあった。



 連絡船ペイストリーパレスが彗星に衝突されて、異世界の狭間を彷徨っている理由も説明できる。ハイフォン第八彗星は世界線を引きずっている。戦闘純文学者たちが彗星の時間軸に働きかけて時の流れを容易に緩める事ができた理由も世界線がこじれているせいだ。

 大宇宙はなぜ、このような不安定を許したのか? いや、必要としたのだ。二つの世界を天秤にかけ、取捨選択するための「支点」として!


 天秤をつつけば、逆転もありうる。グレイスは、糸口をつかもうと躍起になった。

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