死活の境界線

■ハイフォン第八彗星 ダストテイルを隔てて一万キロ


葉巻型の砲艦は型破りな新兵器を次々繰り出して、初戦の劣勢を覆した。今は神出鬼没の雷撃艇でネチネチと敵の防御力を削っている。

相手の強みを理解し、適切な方法で手足を奪うやり口は正に陰険その物だ。

射程の長い殴り合いに特化した無軌道強攻装甲戦艦を殺すには、内懐から攻めればいい。


そんな寝技を砲艦━━量産先行試作型ライブシップ・ワロップは得意としていた。弛みきった顎にかかる茶髪の隙間から、三白眼が熟考する棋士のようにコンソールを睨んでいる。

彼女が脚を組み替える際、スカートからでっぷり脂肪のついた骨盤を包む、白い物が見えた。


「あの娘、クローデルというのね。虐め甲斐があるわ」


にじみ出る狂気に彩られた女は、ある種の様式美と言えよう。彼女が主観を爆発させた時に、勝ち目はない。そして、彼女はサンダーソニアの旨みだけを遺伝していた。

ワロップに父親はいないが、夜明けを告げる雌鶏と同種の運命共同体がいる。


ハウとスコーリア、二大巨頭が抜けた移民党は、敵対勢力の餌場となった。そして過半数議席と言う民意をはき違えた権力を得て、キャセイ上院議長が次期女王に選出された。


描写を憚られるほど焼け崩れた遺体と決闘の現場を視察した際、アバス首相は脚本通りだと自画自賛した。

ハウの後援会はセンセイの豹変ぶりに困惑したものの、政策の続行こそが民意だとばかりに、連絡船USSペイストリーパレスから盗んだ技術で、ライブシップの成る木を無断飼育した。

その結果が、闖入者による襲撃である。成長が芳しくないからといって、サンダーソニアを肥やしにしたのが間違いだった。彼女はキャセイに傾いていた。

これも自然の自浄作用だろうか、彼女は女王の為に倒された。


移民党の失敗を教訓に、残留派は量産タイプ・ワロップを作り上げた。サンダーソニアの凶暴性だけを種として、キャセイが繁殖に勤しんでいる。



「いいか! 三千世界最強を謡う戦艦の血脈に恥じるな」

「気が散る!」  ワロップはアバスの声をインカムごと投げ捨て、体重をシートに預けた。風の抵抗を受けたスカートが純白の果実をさらす。


「さぁ、囀ってちょうだい」 目つきが恐ろしくて、こいつと関わるとヤバいと誰も思うだろう。

ワロップ艦首の砲口から無数の燐光が沸き起こった。


■ クローデル戦闘指揮所


燐光の群がビームを振り回して戦艦を追い回す。


「十二時の方向に微小な重力波探知、多数。ジャミングで振り切りますか?」 強者の笑みを失ったクローデルは、窮鼠のように厳しい現実から逃げ惑う。


彼女より二回りも小さい童女が的確な指示で支えた。「幼稚な飽和攻撃か。馬脚を露したな。クローデル、ミサイル・ビーンズだ!」

戦艦クローデルは前方に機雷をばら撒き、頭から被るとみせかけて急上昇した。

「この勝負、もらった!」 コヨーテは嬉しそうに小躍りし、下着を見せる。小型無人機は推力不足でビーンズに次々と衝突、爆散した。

「ワープデバイスを内蔵できる技術が未だないのだな」 コヨーテは鼻白み、自信に満ちた目でクローデルに向き直る。

「相手は未熟だ。恐れるに足らん。残りの発生器にパワーを集約、ブチかませ!」

「はいっ」


強攻装甲艦が砲撃の逆光に呑みこまれた。彗星の尾がめくれ上がり、大火球が花開く。量子レーダーから敵影が消失。


「やった!」 とたんに、戦闘指揮所の照明が落ちた。会話の絶えた船内に空調機の音が響く。

コヨーテが小さくため息をした。

「ブレーカー、上げてきます。ついでに珈琲でもいれますぅ?」

緊張の糸が切れた クローデルがよろよろと席を外す。


いきなり、予備動力に切り替わり、緊急警報が鳴る。


「大規模な重力波探知、見ろ、真上だッ!」


コヨーテがアーム付きモニタパネルをクローデルに向けて蹴り上げる。

「あの…ブルーとホワイトの走査線がいっぱい」

「そっちじゃねぇぇぇっ!」 コヨーテはスカートを押さつつ、ネコ目娘をはり倒す。


ワロップは無人機を捨て駒にして、彗星を飛び越える時間を稼いだ。とぐろを巻いてクローデルに迫る。


「距離一万五千、会敵まで三十秒」 ネコ目娘の瞳に兵装リストがスクロールする。

「とうとう馬鹿をこじらせたか? あの女」 コヨーテはフリルの袖を優雅にゆらして一覧を上下に捌いていたが、心を決めたようだ。

「ソリッド・フリスクですか?」 量子個体ロケットを束ねた銛が、詳細データ込みでクローデルに示される。

「ああ、死角を消したつもりで旋回してやがるが、止めてみせるぜ」 コヨーテは間男を殺す妻のように冷やかに笑う。

クローデルが艦尾スラスターを吹かして敵機と正対する。腹部のウエポンベイが開き。リボルバー式のランチャーが現れる。


「ワロップ、射程内に侵入!」「貰ったァ!」


若い女の怒声と衝撃が戦闘指揮所を震わせる。哀れな羽虫を捉えようと強靭なクォーク製の蔦が手を伸ばす。

コヨーテが見積もるほどワロップは愚かでなかった。「あの女郎!」


ワロップは副砲を斉射。砲弾を遠心力と加速力に乗せて、八方へ撒き散らす。


「やらせるか! 反物質フィールド展開」 動転しつつも次善の策を探るコヨーテ。

「まず、フリスクをパージしないと……」 クローデルが銛の切り離しを試みるが、出力が足りない。

「ええい! 武器は無いのか?」 もとより、ガチの艦隊戦が前提の艦である。コヨーテの期待に沿う格闘兵器は無い。


ワロップは、主砲を臨界させ、クローデルめがけて、加速に加速を重ねる。


「まさかの自爆特攻ですカーーーーーーーーーーーーーーッ」

「わはははははははははははははははははは!!!!!!!」


死ぬ覚悟をした者と、しない者の最期はこうも違うものか。


「ぶみゃーーーーっ!」

「死ね死ね死ね死ね!」

「シアーーーーーっ!」


三者三様の断末魔に、本来は生れ出るべきであった命の叫びが重なり、光芒が彗星の尾すらも呑みこんだ。

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