死闘!妹世界樹

 ■ 悪夢



 夏はこんなにも暑いものか? グレイスは幼い頃の記憶と比較した。あまりの日差しに耳鳴りがする。

 それが蝉の鳴声と一体化し、彼女の世界を混沌に陥れた。


 太陽は絶対神であり、麦藁帽で恩寵を遮りながら、焼けた地面を踏む事に疑問すら感じた。


 彼女は、煉獄に苛まれながら無実を訴えた。



 全身汗だくで彼女は目覚めた。意味不明な夢の終幕にグレイスは安堵した。


 ここはどこだろう? 刺激臭がする。消毒薬に満ちた空間だ。彼女は、はっとして飛び起きた。身に何もつけていない。

 彼女は、自分の翼を敷布団にしていた。どうりで、暑いはずだ。


 メイドサーバントは、太ももに常温対消滅炉がある。その出力を飛翔に使う。今の彼女はアイドリング状態だ。

 歩行時の余剰パワーは衣類を通じて、術力に変換する。服は翼のカバーと錨とフィルターのようなモノだ。


「困ったわ。何か、着る物があればいいのに」 一糸まとわぬ彼女は、灯を点す簡単な戦闘純文学すら、使えない。


 彼女が指先に力を込めると、鍵爪が伸びた。「スコーリアと言ったけ……あの女が羨ましがってたわね。はっ!」 渾身の力を込め、壁に叩きつける。


 めり込んだ腕を一気に抜く。パネルが外れた。「巡洋艦USSペイストリー・パレス?」 銘板に、そう書かれている。


 どこかで聞いたような。彼女は記憶をまさぐる。


「連絡船じゃん!」 見守るだけの簡単なお仕事です。ただし、侮ると危険。


 これは、船内を探検するしかない。グレイスは壁の穴から排気ダクトに入った。梯子がある。

 彼女が昇り始めると、微かな声が聞こえた。


 ムッとする熱気の中、エルフ耳をそばだてる。


「……ちゃん…お……え……ね……ち」

「ソニア!」

 彼女は、鍵爪をダクトの壁に交互にめり込ませ、上へ上へと急いだ。


 次の瞬間、沢山の声が重なり合い、彼女の耳をつんざいた。


「「「「「「「お姉ちゃお姉ちお姉姉姉姉ちゃ姉」」」」」」」」


 グレイスは、おもわず顔をそむけた。


 すると、周囲の壁という壁に妹の顔がびっしり並んでいた。間延びした低い声で姉を呼ぶ。


「お?ね?ぇ?ぢゃ?ん」


 グレイスは失神した。



 ■ 回想


 シアの引渡しを要求すべく、メディアはフランクマン帝国を目指していた。


「どの面を下げて」という形容は、今の彼女にピッタリだ。


 部下であり親友であったシアの引渡しを、恋人に要求する。


 どうして、こうなってしまったのだろう? 彼女は顔を曇らせた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「戦略創造軍は、フランクマン・ロムルスの帝星にでも攻め込むつもりですの?」 シアは、モニタ越しに尋ねる。

「デスバレー総統は地球の盟友…のはずよ。今回の案件も、彼の潜界航行艇が『偶然』発見して、通報してくれたの」 メディアが一笑に付す。

 彼女は、国連大量破壊兵器撲滅委員会の先兵として、超大国の指導者とサシで腹芸を競い合って来た。

 世界の絶妙な平和は、「大人の事情」を許容しあう寛容さに支えられている。これ以上、触れぬがシアの身のためだろう。


「でも、恒星コンサイスはフランクマン・ロムルスの領域でしょう。よく、彼が許してくれましたね」

「今回の件でロムルス側の協力や援助は一切、受けられないわ。来たのは激励の電報一本だけ」


 ふうん、つまらない男ね。とシアが興味を失ったように吐息した。


「おか〜さん、そんなに鈍感だから、イイ男つかまえられないんだ」 グレイスが、イケずな通信をよこす。

「そうよそうよ。デスバレーのヲッサンは、中央作戦局長に気があるのよ!」 サンダーソニアも、たたみかける。


「ちょ、あなたたち!」 メディアは、尖った耳を真っ赤にして、否定する。

「厄介払いを頼むついでに、手の内を見せようってんでしょ。『俺の胸にいつでも飛び込んで来い』な〜んて。メディアさん愛されてるのねぇ〜」

 グレイスが、アヒル口を尖らせて、キスのマネをする。ソニアは交差した腕を自分の肩と脇腹にあてて、後ろを向く。

「ちょ、っちょ、っちょ…」 メディアは赤面した顔を両手で隠す。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ■ 原初世界樹 


 複数の視線を感じて、グレイスは吐き気がした。少し離れた位置から、何度もチラ見されて鬱陶しい。


 彼女は堂々と胸を張った。男みたいに平坦だけど、劣等感はない。なで肩から、すらりとのびた翼や手足は柔らかい曲線を描いている。

 首筋のエラや肌はサメその物だが、つややかで傷一つない。

 ふっくらした膝の裏には、蛇腹式の放熱ダクトがある。彼女達がスカートしか履けない理由の一因だが、それがどうした。素足を美しく見せる手入れは誰にも負けない。


「出てきたらどうなの?」 グレイスは素肌を見せつけるように、姿勢を正す。


「……あ…いた…か」 はっと、声のした方角を向く。生い茂った枝に妹の首が実っていた。

「どうして? 何でよ?」 グレイスの強気がたちまち萎える。

 彼女は、犯人に対して、母親譲りの冷静な敵意を燃した。「待ってて、助けるから。そして、あなたをこんな目にあわせた奴をぶっ殺してやる!」 

 すると、妹は喜ぶどころか、まばゆい光線を吐いた。


 射線上にある枝を薙ぎ払い、グレイスの眼球めがけて落とす。「死ぬのは姉さんよ!」


「何で?」 とっさに横っ飛びで避けるグレイス。

「養分になるのよ!」

「は?」 突き刺さる光線を側転の連続でかわす。「誰のため? あなたのため?」

 姉の問いに、妹は手りゅう弾の雨で応えた。頭上から奇襲を喰らったグレイスは、翼を広げて急上昇する。予想外に広大な空間だ。地面で小さく爆ぜる音がする。


「キャセイ女王陛下のためよ!」 大音量の讃美歌が響き渡る。どんな不意打ちにも動じないグレイスだが、光線で風切り羽を焼かれた。たちまち、旋回をはじめる。

「エコーロケーション……姉さんの特技でしょ? 封じてあげたわ」

「うっ」 グレイスは焦った。彼女はコウモリのように残響を利用して、暗闇でも周囲を把握できる。


 地面が回転しながら迫って来る。


 何か……何か、策はないかしら? 彼女の思考が加速する。シアが授けた俊敏な計算力。「みつけた!」


 彼女は先ほどの回避行動中に、光線が照らした室内の状況を、おおよそ掴んでいた。


 チャンスは一生に一度しかない。


「そこか!」


 グレイスが鍵爪で樹の根元を抱きしめた。膝の放熱ダクトが蒸気を振り絞る。ぐいぐいと爪がめり込み、樹皮がささくれる。

 根が粉々にくだけ、どっと樹液が溢れる。


「テイルズ・オブ・フレイム!」 グレイスが使える決め技の一つ。膝を敵の傷口に当て、加熱する。


 樹が根元から爆発的な炎に包まれる。怒髪天をつくように劫火が湧き上がる。調子はずれな讃美歌が、虫の息になる。


 妹の断末魔を背に、グレイスは高みへと昇った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る