カノコイ3~彼女だって恋をしたい。燥華婦人(ミセス・ドライフ
水原麻以
「彗星を偵察する簡単なお仕事です?」 高額報酬には裏があるんデス
黒歴史を書き換える事ができるだろうか?
たとえ、全世界を悪魔の祭壇に捧げたとしても、天地創造まで、時間を巻き戻せるとしたら、悪魔にとって契約する旨みはあるのだろうか?
やり直しが可能でも、再び始まる展開が、失敗する要素を含まない保証はない。太陽が地平線をゆらめかせていた。
自分史の暗黒面を後から白く塗り替える事は出来ない。歴史は確固として存在し、ぶれない過去があればこそ、人は反省を未来へつなぐ。
陽炎の彗星、ニアー=ステイクローズで過ごした三年間は、何色に染めればいいのだろうか?
腕利きの国連大量破壊兵器
士官学校卒業後、同族の姉妹を養育する費用を稼ぐために、査察官として従事した。最初の任務であろうことか
しかも、旦那はモビックとして前線に投入され、散々使い倒されたせいで、
シア・フレイアスターが、プリーツスカートの状態を気にせずに、テラスの風に吹かれていた時、テレパス通信を受けた。
『次の攻撃目標は、ハイフォン第八彗星。攻略期限は、マイナス二十二か月と、二十二時間二十二分』
どういうつもりかしら、とシアは首を傾げた。納期過ぎてるじゃん。パート契約の主婦っていつの時代もぞんざいな扱いよね。
長女が茅葺屋根の庇から、ひょいと日焼けした太ももを投げ出した。そのまま、ふわりとスカートを翻して着地する。
「わたしも聞いたよ。期限切れの依頼をよこすなんて、あのお婆さん、遂に、ばかを拗らせたのかしら?」
シアは、黙って娘の頭をこつんと叩いた。
「おか~さん、痛~い」
頭を抱える長女の所に、有翼の紺色セーラー服を着たスタイルのいい、栗毛少女が駆け寄って来た。
「おねぇ~ちゃん。また毒舌吐いてる。まる聞こえよ」
妹は、口に指をあてて、玄関を振り返った。小声でささやく。「あのお方が、いらしてるのよ」
ドアノブが回ると同時に、姉は破竹の勢いで森へ駆け出した。
さっ、と黒い影が家の中から飛び出し、数秒とかからず、長女に追いついた。そして、きっちり三秒で戻って来た。
「いはい、いはい、はひひひ~」
きっちりとお仕置きされたようだ。
唇と長い耳をつままれて、姉が泣き喚く。彼女を引きずっているのは、膝丈のスーツをきっちり着こんだ「あのお方」だ。チーム・フレイアスターの雇用主。アメリカ戦略創造軍
「アストラルグレイス・オーランティアカさんには、あとで馬鹿につける薬探しのお仕事、紹介しますね」
満面の微笑みを浮かべ、グレイスを睨む。
「おねえちゃんの黒れきしが、また一つ」 妹が囃したてる。
シアは目を細めた。養子とはいえ、親子は似るのものらしい。あの子達は、にっくき人類の天敵「特権者」が生みだしたドラゴンのブレスを浴び、思春期半ばにしてライブシップに改造された。経緯は異なるが、意に反して人間でなくなった者同士の絆がシアを選んだ。
母親となる事は、子供を産めないシアの到達目標だった。確率変動を自在に操り怪事件を巻き起こす精神生命体に、どんな敵意も跳ね返す家族愛を見せつけてやりたい。
ポプラ並木の隙間から数キロ先の私用空港が見える。我が分身、強襲揚陸艦シア・フレイアスターのマストが、眩しい太陽を灯にしている。隣に二隻のオーランティアカ級航空戦艦が仲睦まじく停泊している。特権者が虚構から紡ぎ出すゾンビだろうが、謎の銀河帝国連合艦隊だろうが、怖くない。
惑星ホールドミー・スライトリーは、シアのお気に入りの
心地よい風が吹き抜けるログハウス。窓辺には色とりどりの魔法植物が絡みついている。アンティークな北欧風の棚、英国式の茶器が並ぶ。
「期限切れの依頼をよこすなんて、どういうおつもりですの?」
シアは、ぷんぷん怒った。チーム・フレイアスターは母娘三人でやっている精鋭部隊なのだ。
「解決が長引いている、かなり厄介で拗れ捲った事件。不要不急の脅威ではあるが、先延ばしすれば悪化する」
妹が、括目して、安楽椅子探偵(シャーロックホームズ)を気取っている。
「で、歴代の先任者が育てた雪だるまが、現中央作戦局長たる君の所へ転がり込んできたわけだ。どうかね? メディア君」
メディア・クラインが、にこっと意地の悪い視線をシアの向ける。「ははぁ~なるほどぉ」 彼女も、負けじと骨董品の算盤を弾く。
「おか~さん、いくら吹っかけるの…痛っ!」 算盤の珠が、グレイスの鼻に、確実にめりこむ。
メディアは、顔を痙攣させつつ、娘達を追い立てる。 「さ~ここからはオトナの時間よ。こどもは、お外であそぼうね~」
姉妹は「にっ」と示し合わせたように一瞬微笑んだ。「「は~い。お宇宙(そと)で遊びま~す」」と声を揃えて駆け出した。
「よもや、亭主たるわたしも、追い出すんじゃないでしょうね」
部屋の奥の書斎から、割烹着姿の少女が現れた。身長百四十センチくらいの背丈のエルフ耳っ娘が、威厳を感じさせる口調で言う。
「あなた!」 シアが少女の方を向く。
「枕崎軍神!」 メディアが敬礼する。
「もう決戦兵器カゲロウでいいよ。中央作戦局長おん自らがご登場とは、かなり深刻なのね」
コヨーテ・枕崎は元男性で、シアの最初のハント対象だった。彼は雨男を究極にこじらせた不幸体質の持ち主で、本人の意志に関係なく災害をぶちまけるという、昔の日本にいたデスブログの主に近い。
生身の人間をモビック扱いするのはどうかと思うが、とかく、彼を隔離すべく国連は大艦隊を繰り出し、玉砕した。
結局、シアの登板となったが、彼の孤独に対する恐怖心が原因とわかり、彼と恋仲になる事で捕獲に成功した。特権者も恐れる確率変動の保有者として活躍後、精根尽きたのか人畜無害な女の子になってしまった。
払下げ婚というのか、シアとめでたく結婚した。夫妻でなく婦妻である。
とまれ、いよいよ銭闘開始である。ライブシップは人間様の様にカップ麺を啜るだけでは、生きてけない。私設宇宙港は全長千メートル級の艦を三隻収容し滑走路のほか発射台や管制塔やロボット整備士も備えた立派なものである。年間の維持費は天文学的だ。
とはいっても、秋冬物の新作ドレスを餌に整備や掃除に狩り出されるのはコヨーテであるが。
対する、国連側も年々膨れ上がるハンター報酬に手を焼いている。俄然、金銭交渉は激化の一途だ。
作戦局長と婦妻はテーブルを挟んで、発情期の猫のような声で値切り交渉をはじめた。
惑星ホールドミー・スライトリー軌道上。視界の下半分を茫洋たる青が、上半分を漆黒の空間が占めている。
シャトルの貨物ベイが展開し、ふわりと大型ロケットが射出される。充分な距離をおいて、キックモーターに点火。高度二百キロの高みをめざす。
「やってるやってる☆」
毛穴の奥まで解像度を保証する衛星ライブ映像にオーランティアカ姉妹がかぶりついていた。
彼女たち、ライブシップが備えるスキルの一つ、超生産能力で造った。六分の一サイズ美少女フィギュアが着るブラから恒星間弾道弾まで何でもできる。
実家のベランダに送り込んだ昆虫型カメラを通して、なまなましい光景が航空戦艦アストラルグレイスの艦橋に伝わってくる。
モニタからバイオリンの弓で絞め殺すような裏声が、艦内に響き渡る。激しい息遣い。床を打つ四肢。激しく動き回る指先。飛び散る汗。
「おね~ちゃん!わたしの番~」 再三に渡る妹の要求を拒み、モニタの前に居座るグレイス。
「おね~ちゃんの、くらみじあ~」 妹が禁句を放った。
「うっさいわね!」 姉がモニターの上から妹に飛びけりをお見舞いする。
「誰がクラミジアや」 ぐりぐりとルーズソックスで踏まれつつ、妹が耐える。
「わぁっ、とうとう、イクみたい」 すかさず、チャンネル権(死語)を奪った妹が、興奮する。
「ああっ、行っちゃう?」
「もう、行きそう、え~い、行っちゃえ」
「いくわよ~」
柄が黒光りして、先が尖って割れた物体が、はげしく動き回る。そして、しぶきをたっぷりとぶちまけた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
契約書が、ホカホカと湯気を立てている。三人の女は髪を乱し、机の前で呼吸を整えている。
「難産だったわね~」 万年筆をバッグにしまい、メディアがよろよろと立ち上がる。
青白い星が、両手を広げたよりも大きな尾を引いている。
オーランティアカ級航空戦艦が二隻、少し遅れて、フレイアスター級強襲揚陸空母が、ガス気流を飛びぬける。
「今回の任務は、エーテルポケットに陥った連絡船の監視だ。侮ると危険な仕事だ」 乱れたモニタごしに、中央作戦局長が依頼内容を確認する。
シア・フレイアスター号の飛行甲板には二百機のシャトルが待機している。積荷は例の偵察衛星だ。
「おか~さん、痛い~」
今度は、妹の方が耳を引っ張られ、お説教を喰らっている。怪我の功名というか、瓢箪から出た駒と言うか。
「わたしは、何をすれば?」 グレイスは、航空戦艦というより、兵站と超長距離兵員輸送艦的な側面が強い。
メディアは、即答した。「君は、万一に備えて救難の準備と、超生産能力でシャトルおよび衛星の製造を続けてくれ。サンダーソニアは特権者の攻撃を警戒してくれ」
「「了解」」 航空戦艦が高機動バーニャを巧みに吹かして、彗星のコマへ接近する
ハイフォンviiiは、テクニス群に属する短周期彗星だ。恒星コンサイスの第二惑星テクニスに、二年ごとに近づく。
「軌道離心率e=0.2039、公転周期p=2.1587。典型的なダビッド軌道ね。どうってことないわ」
サンダーソニア号が、前可変翼を水平に展開し、サンプルを回収する。
「ビヘイビアー・ラボラトリー」 ソニアが叫ぶ。翼端から二本の矢が虚空を走る。
閃光と爆散が同時発生し、彗星のダストがサンダーソニアの主翼に被る。後方を護るグレイス号から、真紅の短針が放たれ、リング状の帯となってダストを掴みとる。
艦橋のソニアが、向き直ると、虹色のグラデーションが視野全体に広がる。グレイス号の艦橋で、気配を感じたグレイスが振りむけば、七色の帯に包まれる。
帯の外から無数の矢印が、色の変わり目に向かってのび、数式や記号がつぎつぎと、書き加えられた。
三十万キロにおよぶ彗星の尾を、ビヘイビアー・ラボラトリーが多角的に解析した図だ。気難しい専門家先生がたの知識を、搭載AIが踏襲しており、分析結果は信頼できる。
「ガスの放出量は日計換算で約千トン、ダストは平均五万トン/日かしら」 ソニアが数値を読み上げる。
「成分が肝心なの」 グレイスが赤外線分光フィルターを解析図に適用する。おかしいわね、と首を傾げる。
「現在の主成分は二酸化炭素よ」 ソニアが赤く濃い部分を拡大して、指摘する。
「ええっと、恒星コンサイスからの距離は?」 グレイスの問いにソニアが即答する。「一億五千万」
「おかしいわ。だって、ガスは彗星の温度変化に伴って、炭酸ガス、メタン、アンモニア、水の順に揮発するのよ」
「ビヘイビアーの、をさーん!」 グレイスがAIを呼び出す。即座に、ちょび髭で禿頭の老教授が白衣姿で別窓表示された。
「先生と呼ばんか! バカモン」 お約束のリアクションに、グレイスが必死で笑いをこらえる。
ソニアは、くりくりした瞳を上目づかいで投げかける。幼女好きな高齢者のツボを踏まえた攻撃で、教授の矛先を沈める。
「あのね、せんせい。わからなくてこまった所があるんですぅ~」
「む!」 AI教授は、途惑い、咳払いで誤魔化す。「よろしい。本来は氷が放出されて然るべき時に、CO2が出ておるのはあり得ない」
二酸化炭素放出のタイミングは、太陽系であれば、木星から土星の間である。恒星に近づきすぎているのに、彗星の表面温度が低すぎるというのだ。
「特権者の攻撃?」 グレイスが、彗星に探査機を撃つ。
こういう不可解な現象は人間界を「いじり倒す」のが大好きな特権者の仕業に違いは無い。昔の人間は怪現象を妖怪のしわざで片付けたが、現代では特権者の攻撃で説明がつく。
「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応液、攪拌パターン赤。彗星付近に人類を探知」
確率変動の乱れに敏感な溶液が特権者の場合とは逆の反応を示した。
意外な調査結果に、オーランティアカの姉妹は目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます